第2話 第六王子の人生


 俺が過労死してから五年がたった。


あの日、視界が暗闇に覆われたあと、俺は真っ白な空間に立っていた。そこで自称神様に出会った俺は、幸運にも二度目の人生を歩めることになったのだ。


 どうやら山内のために犠牲になったのがポイント高かったらしい。しかも今流行りの転生とかいうやつで、剣と魔法のファンタジー世界で暮らしている。その上、神様の計らいで、俺は一国の王子として生まれ変われることになった。


 こんな粋な計らいをしてくれるなんてなんて素晴らしい神様なのだろう。


そう神様に感謝しながら俺は新たな世界に転生した。そして前世の記憶がある中、赤ん坊として産声を上げた時、俺は希望に満ち溢れた未来を夢見ていた。


二度目の人生こそは、他人のために生きずに自分のためだけに生きよう。悠々自適な最高の人生を送ろうと。


だが十歳になる頃には、その願いを叶えることが出来ないと気づいてしまった。



「アルス様。お食事の準備が整いました」


 一人部屋で本を読んでいたところに、メイドのルナがやってきた。俺は彼女の言葉に憂鬱な気分になりながらも、それを無理矢理押し殺して笑みを浮かべる。


「ありがとう、ルナ。直ぐに行くよ」


 本を棚へ戻し、俺は急いで部屋を後にした。六番目の王子が兄様達との食事に遅刻するなど、あってはならないのだ。


 小走りで食堂へと向かい扉を開ける。


急いだ甲斐あってか、食堂にはまだ兄達の姿は無かった。ほっと胸を撫で下ろしつつ、俺は自分の席へ腰を下ろす。このまま直ぐに食事を始められればいいのだが、そうもいかないのが六男だ。兄様達が来てから出ないと、食事は始められない。


それから俺は誰も居ない部屋で一人ため息を零しながら兄達が来るのを待った。


 待つこと数分。食堂の扉が勢いよく開かれると、一人の少女が中へ入ってきた。少女は部屋の中に俺しかいない事を確認すると安堵の表情を浮かべる。


「あらアルス、相変わらず早いわね!」

「レイナ姉様。近くの部屋で本を読んでいたので、直ぐにこれたんです」

「そうだったの。間に合って良かったわねぇ!」


 レイナ姉様はそう返事をすると、俺の隣の席へと座った。レイナ姉様の言葉に俺は苦笑いで返す。頷いているところを誰かに見られでもしたら、当人達に告げ口されてしまうかもしれない。この王城内で俺が気を休められる場所なんて何処にもないのだ。


レイナ姉様が到着してから更に二十分後。再び扉が開き、今度は二人の青年が同時に部屋の中へと入ってきた。金髪の優しそうな細目の青年に、赤髪の強面の青年だ。


「待たせたね、レイナにアルス!少し稽古が長引いてしまってね!」

「すまなかったな」


 二人はそう言いながら空いている席へ腰を下ろす。俺が三分の遅刻をした時にはぶち切れたくせに、自分達が二十分弱遅刻するのは問題ないらしい。兄というものはどの世界においても傲慢な存在だ。


 俺は本音を隠すように首を横に振ると、兄達に労いの言葉をかけた。


「大丈夫です!クルシュ兄様、レオン兄様、今日も稽古お疲れ様です!」

「あはは、ありがとうアルス!それじゃあ早速食事を始めようか!」


 クルシュ兄様がそう言うと、いつの間にか部屋の隅で待機していたメイドが奥の部屋へと消えていく。それからすぐに食事が運ばれてきて、ようやく昼食の時間が始まった。


 クルシュ兄様が食事を始めると、カチャカチャと食器がぶつかる音が不規則になり始める。俺達もそれに合わせるように食べ始めた。俺は一刻でも早くこの場から出ていきたいがために、口の中いっぱいに食事を放り込む。


 だがその行為も空しく、最悪の時間が始まってしまった。


「そう言えばアルス。今日は本を読んでいたんだって?私のあげた魔導書はもう読んでくれたかな?」


 穏やかな口調で話しかけてきたクルシュ兄様。だが兄様の青い細目は、蛇のような鋭さで俺を見つめていた。俺は兄様の気分を害さないよう、慎重に言葉を選んでいく。


「はい!クルシュ兄様に頂いた『水の魔導書』!凄く勉強になりました!今は新しく水魔法を使えるように訓練を始めようと考えているところです!」

「そうかそうか!それなら、魔術の専属教師をつけて貰うよう、私から父上に言っておこう!アルスなら立派な魔導士になるよ!」

「本当ですか!?有難うございます、クルシュ兄様!」


 俺がそう言うとクルシュ兄様は満足そうに笑ってくれた。魔術の専属教師をつけてくれるのは凄く嬉しいが、不安もある。


兄様の人選によって選ばれた専属教師を俺につけたことで、俺が彼等の派閥に属したと噂されるかもしれないのだ。


 そんな心配をする最中、今度はレオン兄様が食事の手を止め、俺の顔を睨みつけてきた。クルシュ兄様に先手を取られて苛立っているのが丸わかりだ。クルシュ兄様とは違って、レオン兄様は自分の感情を隠す気がないのだろう。


 豪快な人間だという事は分かるが、少しは俺の気持ちも理解して欲しい。


「時にアルスよ!お前もそろそろ剣術の訓練に参加したらどうだ?勉強ばかりでは体がなまって仕方ないだろう!」


 レオン兄様はそう言うとクルシュ兄様の方をチラリと見やる。クルシュ兄様はレオン兄様の方を見ることもせず、ただ黙々と食事を口に運んでいた。兄弟喧嘩をするのは勝手だが、俺を巻き込むのだけは止めてくれ。


 俺はこれ以上レオン兄様の機嫌が悪くならぬよう、出来るだけ嬉しそうに作り笑顔を浮かべながら返事をする。


「よろしいのですか?実はレオン兄様に頂いた剣を使ってみたいと思っていた所だったのです!」

「ははは、そうか!それなら私の方から父上に伝えておこう!来週の訓練から参加できるように準備しておくのだぞ!」

「はい!有難うございます、レオン兄様!」


 俺の嬉しそうな顔を見て、レオン兄様は満足げに頷くと食事を再開した。


 俺も同じように食べ始まるが、最早食事を味わう気分では無い。兄と食事をする度に気を遣わなくてはならない。しかも来週からは、その時間が今よりも増えてしまう事が確定した。


 俺が五歳の誕生日を迎えた時、兄達からプレゼントが届くようになった。それは五年経った今でも続いている。俺は兄達から頂いた幾つものプレゼントを、平等に嬉しがり平等に扱い続けなければならない。


それが死ぬほど面倒なのだ。


別に二人の兄と仲が悪いわけではない。寧ろ仲良くしたいとも思っている。だがそれを『派閥』という存在が邪魔をする。


 クルシュ兄様は第一王子派閥。レオン兄様は第二王子派閥。俺とレイナ姉様は今現在どの派閥にも属していない。でもそれは時間の問題だ。あと数年もすれば、どちらの派閥につくか選択を迫られる。その結果、血みどろの政略戦争に巻き込まれることになってしまう。


 そんな未来が見えているからこそ、俺の気分は沈みまくっている。


 折角二度目の人生を謳歌できると思ったのに、ここでも上司の機嫌を損ねないように生活しなければならないなんて、そんなのは絶対に嫌だ。


 しかし、俺が第六王子としてここに居る以上、その未来からは逃れられないのだった。

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