女冒険者は絶対に引退したい〜追放されたので、早期退職目指して堅実に頑張ります〜

変態ドラゴン

第1話 追放

 ひと仕事を終えた帰り道、先頭を歩いていたリーダーが勢いよく振り返る。


「湯浅奏、君を追放する!」


 それは唐突な追放宣言だった。

 『終の極光』を束ねる遠藤昴の命令は絶対。


「理由はもちろん分かっているよね! 協調性皆無! パーティーの一員という自覚が足りてないんじゃないの!?」


 ズバズバと私に対してダメ出しを重ねていく。

 それはもう徹底的に。


「もう代わりの奴を見つけたから、君は用無し!」


 剣士らしい筋肉の発達した腕を振り回し、最後はブレストプレートを軽く殴ってきた。

 どうやらかなり怒り心頭の様子。


 遠藤の言う通り、私は協調性がない。

 業務連絡どころか、挨拶でさえ出来ない始末だ。

 遠藤は、そんな私に対して根気強く接しようとしてくれていた。それが申し訳なくて、それでもヘルメットを取って会話をする勇気も出なかった。

 追放されるのも当然だ。


「今までは人手不足だからと大目に見ていたけど、代理の冒険者を見つけた。もう連絡は取ってあるし、既に何度か探索を共にしている。この意味が分かるか?」


 遠藤は、その体育会系な見た目に反して、かなり慎重派だ。事前準備を怠った事はないし、念には念を入れた打ち合わせによって大体のトラブルを難なく対処している。

 当然、代理の冒険者をパーティーに入れるに辺り、その性格やスキル、立ち回りなども計算し、何度も模擬戦や探索を経て判断している。


「噂をすればなんとやら。ちょうどいい所に。おーい、リヨナこっちだ!」


 遠藤が片手を挙げると、リヨナと呼ばれた女性もこちらに気がついて駆け寄ってきた。

 どこかで簡単な依頼でも受けてきたのだろう。腰に差した剣には血がついていたし、背中には仕留めたであろう魔物が括り付けられていた。


「お初にお目にかかります。ラステンブルク大聖堂が騎士のリヨナと申します。貴殿がユアサカナデでお間違いないでしょうか?」


 銀髪をポニーテールにまとめ、猫を思わせる吊り目の碧眼、装いは女騎士という感じだ。

 リヨナは足を揃えると、背筋を正して敬礼をした。


「本日より貴殿の代わりとして『終の極光』でタンクを務めさせていただきます。以後、お見知りおきを」


 握手を求められたので、それに応える。

 義理堅いのか、筋を通しているのか。

 それはリヨナに聞かないと分からないが、少なくとも悪意はなさそうな気がした。


 私よりも早くパーティーに馴染み、貢献するだろう。

 思ったより誠実そうな性格をしていて安心した。これで心残りなく去れそうだ。


「……」


 ただ一人。

 この状況を作り上げた人物である遠藤は、何故か不満そうな顔でそれを見ていた。






◇◆◇◆




 『終の極光』から追放された私は、冒険者ギルド本部の一階で依頼を漁っていた。

 資金に余裕はあるけれど、早期退職からの投資で老後をどうにかしたい私にとってお金はいくらあっても足りないもの。


 パーティーだと高単価の依頼をギルドから斡旋されるが、他のメンバーとの調整もあるのであまり頻繁には依頼を受けられない。

 稼ぐならソロ。安定はパーティー。

 そんな風に冒険者たちの間では囁かれている。


 それにしても……


 ここ数年で、冒険者ギルドに登録する人はかなり増えた。

 副業とか、第一のキャリア形成として選ぶ流れがあるらしい。


 冒険者ギルドは良くも悪くも実力成果主義。

 問題を起こさずに依頼を達成すればランクという信頼度があがり、様々なサービスを受けられるようになる。


 異世界やダンジョンが発生して早くも五年が過ぎた。

 スキルや魔法、魔物によって世界は文字通りガラリと変わった。

 就職も今ではスキルや魔法適性を大前提に書類選考するらしい。

 恐ろしい時代になったもんだ。


 防御系のスキルや魔法適性しかない私は、必然的に転職もできないという状況。

 なので早い所お金を貯めて老後に備える必要があるんですね。


 何か良い依頼でもないだろうか。

 掲示板に張り出されている依頼は最新のものだ。公式アプリを入れればいつでも依頼を引き受けられるが、時間的な猶予や報酬は減る。

 なので、特にこだわりがなければ掲示板をまず見るのが良い。


 討伐系の依頼が多い。

 どうやら薬草採取などは朝一番に新人や駆け出したちが持って行ったらしい。

 他にもないだろうかと半歩ほど下がった瞬間だった。


 背中に、とんと何かが当たる。

 慌てて振り返れば、そこには不機嫌そうに眉をひそめた魔術師がいた。


 腰ほどの長さのあるハニーブロンド。

 冷たい印象を与える金色の瞳。

 白磁のように真っ白な肌とナイフのように長く尖った耳。上背は二メートルはありそうだ。


 見ただけで分かる。

 異世界から来たのだろう。


「ぶつかっておいて、謝罪もなしか?」


 地を這うように低い声で、彼が口を開いた。

 背後の確認を怠ったとはいえ、こんなにも広い空間にいるのにぶつかるほど近い距離にいた方が悪いのではと思ったが、声が出ない。


「おい、貴様────」


 どうしようと悩んでいると、けたたましいサイレンと共に館内放送が流れた。

 緊急速報だ。


「神奈川のダンジョン【潮騒の川】に中学生三人組が忍び込んで消息が不明。手隙の冒険者は至急、ダンジョンに向かい捜索に加わってください」


 ダンジョンは良くも悪くも人を惹きつける。

 金銀財宝が眠るし、魔物を倒せばそれだけ強くなる。その魅力に本能的に惹かれてしまうのだ。

 冒険者ギルドは一般人の被害を防ぐ為にゲートや見張りを設置しているが、手が及ばない所もある。

 そういう隙を突いて、冒険者ギルドの許可を取らずに侵入するケースが多いのだ。


 こういう依頼では報酬が発生するが、メンタルケアなどが求められる場合が多いので、基本的に引き受けないのだが……


「あっ、おい、話の途中だぞ!」


 この場を離れる絶好の機会なので、今だけは中学生を救いに行くヒーローになります。

 これがズルい大人ってもんだぜ。

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