第43話 戦闘訓練

 一体目の斬撃をしゃがむことで回避し、その足元を薙ごうとした俺の頭上から二体目の剣が。

 それを更に回避しつつ二体目の横合いにまで踏み込んだ先には三体目が抜け出してきた俺を貫かんと剣を引き絞っている。

 

 その突きに一旦無理やりに剣を絡めて弾き飛ばし、そのまま三体目の後方へと抜け出して距離を取る。

 見れば、二体目の攻撃を違う方法で回避していたとしても詰めれる位置に別のゾンビ兵が待ち構えているし、更に別の個体が、距離を無理やり取った俺に向けて既に突っ込んで来ている。

  

 攻撃をいなしつつ更にステップで距離を取りながら考える。

 コイツラの連携めちゃくちゃいいな、と。


 :はっや

 :ジョンがドローン遠い設定にしてくれてるから全体図がよく見えるな

 :でも細部では何してんのかわかんねえ

 :探索者ってこんなエグいんか


 確実にこちらの選択肢を削り、不利を押し付けてくる。

 俺が打開しようと隙を見せても無理には踏み込んでこないため、一撃で仕留めるのも難しい。

 相当に連携が練られている。


 :ジョンが僅かに押されているな

 :おいおい、ジョン・ドゥってのはこの程度のやつなのか?

 :待て待て待て待て押されてるのがほんとならやばくないか?

 :唯一の情報源が!!

 :もっと強いかと思ってたんだけど


 だが見る限り、どれかの個体が指示を出している様子も、他に司令塔らしき存在がいる様子もない。

 となると、全個体を統合するネットワークのようなものがあるのか?


 あるいは──


「あるいは、生前それほどの手練だった、か」

 

 一瞬だけ魔力を剣と体に通し、切り結ぼうとした相手の上半身を剣ごと吹き飛ばす。

 流石にゾンビでも上半身が無くなっては動けないらしい。

 切り裂いた個体が横たわる中、他のゾンビ兵達が突っ込んでくる。


 一人目と剣を合わせていなし、二人目はバックラーで剣ごと押し込む。

 三人目はもう一度空いた剣で弾き、四人目は立ち回りで敵を盾にして交わす。

 五人目にはもう一度バックラーを使って、六人目、七人目──


「五人までがやり合える限界か」


 :一瞬で一人やったと思ったらまた苦戦か?

 :ためがいるんじゃない? 必殺技的な

 :そんなアホな、って思うけどジョンが魔力操作の言い出しっぺだしな。

  魔力をチャージする時間がかかるんかもしれん。

 :まーこれで負けはない、のか?

 :それはわからん。まだやり合ってるし、押されてるし


 基本的に、同じスペックを持った戦士同士の場合、人数の多い方が勝つ。

 それは二人の攻撃に対して一人では受けきれずやられてしまうからだ。

 一方二人の側は半人分の防御で事足りる。


 そして俺とこの連携を取るゾンビの戦士たちで身体能力や武器性能を同じぐらいに合わせたときに、拮抗するのは五人までだというのが少々押し込まれながらでの戦いでわかった。


 先に一人問答無用で斬り飛ばしたのは、俺が詰まされるまでの手をある程度伸ばすためだ。


 結局のところ、ある程度極まった者同士の戦いは、細かく全ての要素を分析していけば単純な数字のやり取り、あるいは細かいリソースの削り合いになり、その中にも最善手というものが存在するようになる。

 もちろん戦いの目的、例えば敵の討伐や足止め、あるいは力を推し量るだけなど、それすらも最善手に影響を与えてくるので、結局それを判断するのは簡単ではない。


 例えば剣を上から振り下ろすことで、敵はどういう反応をするか。

 回避とするならば、左右後方、それぞれにどんな体勢となり、そこから反撃が間に合うのが先か、こちらの引き戻しが間に合うのが先か。

 そしてこちらの引き戻しが間に合ったとして、次はどう受けるか。

 まっすぐ受け止めて鍔迫り合うのか、あるいはいなして反撃するのか。

 足止めが狙いなら鍔迫り合いで時間を稼ぐべきだし、相手を仕留めるつもりなら反撃を重視するべきだ。

 

 シンプルなボードゲームやある程度幅の狭いゲームと違って、現実に存在する変数は無限大と言ってもいいほどに多く、そして戦う者のほとんどはそれを全て把握することは出来ない。


 だが俺はそれをやる。

 ただ一人戦いの道を究めんとしたとき、もっとも最適な相手は己の中にいる自分だ。

 AIが二人で対局を続けることで、あらゆる場面を知り人を上回る最強となるように。

 俺の剣は、剣筋はそうやって見出されてきたものだ。


 この戦いも、俺はそうやって分析をしている。

 互いに最善手を選び続けた場合、無数の選択肢からたった一つの道筋が出来上がる。

 それが詰まないですむのが、敵であるゾンビ兵が五人以下なのだ。


 わかりにくければチェスで考えればいい。

 あれこそ二人零和有限確定完全情報ゲームの代表的な一例だ。

 一手目を打つ前から、その盤面で起こり得る全ての可能性が想像でき、互いに最善手を打った場合、必ず先手か後手、決まったどちらが勝つ。

 どっちが勝つかは知らないけど。


 この戦いで言えば、最初はこちらは裸キングで向こうがフル面子だったところを、ポーンとルーク落ちぐらいに持っていけば、俺の目的通りに互いに仕留めることなく延々と戦いを回し続けることが可能となる、ということだ。


 俺は敵、特に今回のような完全に人型かつ特殊な能力を使ってこない相手との戦いを、そうやって捉えることで自分の、少しでも自分の技術面での強化に役立てられるように考えている。


 体に通す魔力と剣への魔力を一時的に跳ね上げ、敵を四人斬る。

 高速化した俺の動きにはついてこれず、個体によっては無防備に、個体によっては持っていた剣ごと斬り裂かれている。 


「とりあえず、四人」


 やろうと思わば今やったように、全て仕留めてしまうことは容易い。

 だが、特にレベルが異常に上がってしまっている俺は、こうでもしないと技術を磨く場面というのを作れないのだ。


 :また急に四体やったな

 :ジョン何してんだ?

 :遊んでんじゃね?

 :遊ぶってか多分本気出してないよね。何か確認してるんかな


弱体化の魔法デバフをかけながらでも、敵と同じレベルに自分を落とし込むことで戦う技術をより磨いていく。

 武器もそれにあっている。

 このブレスレットから出る武器は、便利で頑丈で魔力の通りがいいが、逆に言えばそれだけだ。

 純粋な剣術、純粋な戦闘方法の鍛錬をするならば、これが一番あっているのである。


 :全く心配はいらんてことか

 :なんだ、心配した分損じゃんか

 :俺はジョンがそう簡単に死ぬはずがないと思ってたから焦らなかったけどな


 その後の敵五体との戦いは至福のときだった。

 俺がなんとか状況を打開しようとし、敵は五人で俺を倒そうとする。

 敵の剣術と連携、体の動かし方と全てが最大限に発揮されて俺を追い込む。

 一方で俺も、立ち位置と体術、剣術と戦術でそれに対抗。

 それが決着が付かずに延々と続く。


 :楽しそうな笑顔

 :獰猛過ぎんか

 :笑顔は本来攻撃云々

 :普段ずっと緩いからたまにガチをお出しされるとびっくりする


 まさにこれこそ、技術鍛錬の極みと言っていいだろう。

 常にギリギリを刻み続けるのだ。


 とはいえ、配信もやっているし城の探索という目的上いつまでも鍛錬してはいられない。

 仕方ないので、最後は五人まとめて魔力に寄って伸ばした刃でまとめて横一線で切断し、戦いを終わらせた。


 死んだゾンビ兵達、モンスターと言っていいのかわからない奴らは、ある程度の時間は死体が残るダンジョンのモンスターや、完全に骨が残るこの世界のモンスターとは違って倒れたハジから黒い瘴気のようなものへと溶けて消えていった。


「いや~、楽しかった。ロボもありがとな、見ててくれて」


 近くの城壁の上に伏せるロボに声をかけると、


『バウッ』


 と返事が帰ってきた。

 戦闘が始まった瞬間にはもうかけついていたが、じっと見守ってくれていたのだ。

 昨晩自分が逃した獲物だろうに、俺に配慮をしてくれた。

 本当に出来た愛狼である。


 :で、結局何してたの?

 :本気だったんか今の

 :私の心配を返してください

 :本気見せろや

 :楽勝なのに時間かけすぎじゃない?


 コメント欄を見ると、視聴者達は俺が手を抜いた戦いをしたことが気に入らないらしい。

 まあ確かに手を抜いてはいたがその中では本気の部類だったのだが。

 その当たりを探索しながら説明してみるとしよう。


「まだ探索あるから、しながら話すか」


 開けた穴から城内に戻り、探索を再開する。


「で、俺が何してたかって話だよな?」


 :そうそう

 :ためがいるんか?

 :真面目に戦わなかった理由が知りたい。


 ふむ。

 端的に言うとすれば、どう言えば良いか。


「自分にデバフかけてた」


 圧倒的説明不足だ。

 言ってから自分でも思った。


 :なんで?

 :なんでそれをしたかをだな

 :圧倒的説明不足

 

 ほら、視聴者にも言われている。

 そこで更に丁寧に説明をすることにした。


「今回のゾンビもどきの兵士たちが相当手練でさ。これを力で薙ぎ払うのはもったいないなって思ったわけ。だから自分にデバフかけて、対等なスペックで技術で戦った、って感じ」


 :なる、ほど?

 :なんでわざわざそんなめんどくさいことを? 

 :普通に倒せばよくね

 :ああ、ジョン今まともに斬り結べる相手がおらんのか。


 お、視聴者から鋭い意見が飛んできた。

 そうなのだ、俺には今剣をぶつけ合える相手がいないのだ。


「正解の人おるな。俺ってスペック自体は相当高いから、ゴリ押せば割とどうにかなっちゃうのよ」


 実際今回の敵も、瞬殺出来たし、なんならあの黒い気持ち悪いのも城への被害を無視すれば速攻でぶっ放して仕留めることが出来ていた可能性が高い。


 だが、こう言ってはなんだが、それで勝って何が楽しい? 何が得られる?


「そりゃあレベルをあげてスペックで殴るのは楽しいし楽かもしれんけど。俺は強くなりたい。だから、こういう相手のときはできる限り相手に合わせた状態で技術を鍛え上げようと思ってる。俺の剣技を細部まで磨き上げて、それを本気のときに最大のスペックで発揮する」


 そしてその技術を、本気の戦いのときに還元する。

 完璧な作戦だ。


 :言わんとすることはわかる

 :けど命かけてまですることじゃないだな

 :強くなることに本気が過ぎるぞお前……

 :一体何を斬るつもりなのか


「じゃあそれこそ、俺が逃げ出したあの世界樹の巨龍みたいな相手をするのに、鍛錬はいらんのか?」


 :そうか、一回ジョン逃げてるんだ

 :現物見てないからなんとも言えんが

 :そんなにやばい相手なんか

 :魔境が過ぎる


「いやまああれに剣だけで勝てるとは思わないけど。まだ俺の剣術は極みに至ってない。俺がそう感じてるから続けてる、ってだけだな」


 ただの自己満足だ。

 だが、俺は、どうやら好きになったものハマったものはとことんやり込む質らしく、冒険もダンジョン探索も強くなることも、全てやり続けて今ここに至っているのだ。


「自己満足っちゃ自己満足だよ。でかいモンスターとか魔力を相当持ってるモンスター相手するときは、剣だけじゃ無理だから他を使うことだってあるし。逆に剣で敵わない相手でも魔法で仕留めることはできる。俺は魔法剣士だから。でもそれはそれとして、鍛錬は続けてる、ってわけですよ」


:まあ俺等こそそのストイックさ見習わんとな

:素振りしてくるかあ

:配信をしてるくせに配信見ないで鍛錬をしてこいと言わんばかりの配信者ってマジ?

:でもそれぐらいの意欲があったからジョンは一人であそこにたどり着いてるんだもんな


 コメント欄を見つつ、侍女の部屋らしき場所のタンスを漁っていると、また一つ紙片のようなものが落ちている。


「『いやだ、眠りたくない。まだ起きていたい、姫さ──』」


 そこで途切れている僅かな文章。

 なぜ紙に書きつけたのかわからないが、これもまた、ここにいた人たちの声なのだろう。

 あるいはホラー・オカルト風に考えるなら、ここにあった強い意思の残滓がここという場所に染みつき、俺の前に姿を現しているか。


 以前コメント欄で残響と言っていた人がいたが、それもかつての幻影が姿を現していると思えば想像は難しくない。

 

「眠りか。なんでだ?」


 ただ内容は短すぎて、依然としてその先がつかめない。

 そしてその紙もまた空気に溶けるように消えていった。


「いよいよ、姫様ってのを見つけないわけにはいかなくなったな」

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