31.背中を預けて

 観測隊は発破を投げた直後に、馬を真横に向かって走らせた。その空いた隙間に、隊列を組んだ槍兵部隊が雪崩れ込む。



「槍隊、突けい!」

「応!」



 正面と上空、互い違いになるよう一斉に突き出された槍衾によって、突撃してきた魔獣が堰き止められる。しかし犬種とも猫種とも似つかぬけだものたちは、首を刺し貫かれてもなお大顎を開いて暴れていた。

 後続の魔獣たち怯むことなく、槍の防波堤を飛び越えて迫って来る。



「剣隊、かかれい!」



 令を発したアヴォイド自身も加勢し、兵士たちとともに剣を振り上げて魔獣を迎撃した。

 慄いた魔獣たちは、後退しようにも退路は槍兵で塞がれているために右往左往するばかりである。それでも逃げ果せようと尻を向けた魔獣は、アヴォイドが複製した剣に待ち構えられて斃れていく。



「機を逃すな! 拳闘兵、挟め!」



 堰き止められた魔獣の群れに、左右から鉄拳鉄靴の精兵たちが飛びかかった。彼らはまるで踊るように、味方の刃の間をすり抜けながら、縦横無尽に魔獣へ止めを刺していく。

 魔獣に対して徒手空拳の訓練をしているのは何故かと疑問だったけれど、以前スケイルに聞いた話では、味方と組打ちした魔獣を屠って回るためには長物を振り回すよりも機動性・安定性に長けるそうだ。


 美しい統率がなされた制圧力に舌を巻きながら、セレシアは最後の一線を潜り抜けてきた魔獣を切り払う。



「さすがですね――あっ、ウェイン様!」



 賞賛の言葉を投げかけようとして、セレシアは、振り返ろうとした視界の向こうに新たな魔の霧が漂ってくるのを見た。



「ああ、いささか拙いな」



 ウェインもセレシアの肩越しに何かを見て、鋭く目を細める。

 セレシアが後方を確認すれば、そちらの方にも同じように魔の霧が迫って来ていた。



「挟まれた……?」

「年々、奴らも知性のようなものを持ち始めているんだ……小癪な」



 前方での戦闘は優勢でこそあるものの、完全に魔獣を掃討しきったわけではない。内側に向けて丸くなりつつある陣形を挟撃されては、ひとたまりもないだろう。



「セレシア、出られるか?」

「はい!」



 頷いて、セレシアはウェインと交差するように駆け出した。



『グオアアアアアアッ!!』

「ここから先は行かせない――『電光刹華でんこうせっか』!」



 剣を腰の後ろに引きつけて構え、セレシアは頭を下げて加速した。魔の霧のギリギリを添うように疾駆し、魔獣の首を出鼻から刈り取っていく。

 魔の霧側も急拵えの奇襲要員だったらしく、数匹の湧きに留まったのは幸いか。


 ならばこのまま中央の戦場へと転身し、一気に攻め崩そうと、セレシアは身を翻す。それはウェインの方も同じ考えだったようで、彼も既にこちらへ向かって動き始めていた。


 しかし、そこでセレシアはかっと目を見開いた。

 ウェインの後方で、消失しようとしていた魔の霧が、最後の脈動を遺して行ったからだ。



「はあああっ!」

「はっ!」



 一足目で飛び込み、二足目で地を滑りながら狙いを定め、三足目で《互いに》》剣を突き出す。

 真横にいるウェインの瞳にも、食らいつこうと大顎を開いたままで塵と化す魔獣が映っていた。彼の動作の機微から薄々感じてはいたが、まさか自分の背後からも狙われていたとは。


 セレシアは剣を下ろし、わずかに緊張を解いた。



「危ないところでしたね。感謝します」

「俺の方こそ。助かった」


「――お見事~! さすが殿下と奥様!」



 アヴォイドの声に振り向けば、中央の制圧を終えた兵たちが隊列を組み直す中を、彼は拍手をしながらやってきた。



「憧れるんですよね、そのお互いの背後の敵を倒すやつ! 僕もスケイルさんとやってみたいんですけど、いかんせん前衛ぼく後衛スケイルさんの縦編成なんで出来ないんですよね~」



 手で位置関係を示しながら、アヴォイドは苦笑する。スケイルの天恵アーツは風の刃を操るものらしいから、全体を見渡す後方からの支援が適しているのだろう。



「百人百様の組み合わせがありますから。アヴォイドさんも、スケイルさんを信頼しているからこそ前に出られるのでしょう? そういうのも、素敵な相棒だと思いますよ」

「奥様……僕、頑張ります!」



 大仰に泣き真似をしてみせるアヴォイドに、ウェインは半眼で嘆息をしている。

 そこへ、討伐後の再観測をした兵士が戻ってくる。



「魔の霧、防衛線内への縮小を確認しました!」

「うむ。皆よくやってくれた。今日はここで引き上げるとしよう」



 ウェインは兵士たちに労いの言葉をかけ、掲げた剣を鞘に納めた。

 その時だった。



「……っ、地揺れですか!?」



 広い大地に立っている状態でも明確に伝わってくる横揺れに、セレシアたちはぐっと重心を下げて耐える。

 離れたところで馬係が見ていた馬たちが一斉にいななき、まるで魔の霧から離れようとするかのように走り出してしまう。ゲイルが先頭に回り込んで押さえてくれているが、怯えの色は全体に伝搬していた。



「殿下、クレイドルエリアの奥に……!」



 誰かが声を上げた。


 見れば、霧の奥の方から、ずりずりと体をのたうち、クレイドルエリアの家屋を圧し潰しながら近づいてくる巨大な影が見えた――

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