第39話 新装備の説明

 夕菜ゆうなが術式絶縁インナーを受け取ったところで、俺はその説明に入る。


「基本的には着るだけで効果を発揮する仕様だ。よほど強力な術式でない限り、込められた特殊な防御術式が勝手に発動して、術式そのものを打ち消してくれる」

「術式を打ち消すって、またけったいなものを……。で? そのよほどの術式って?」

「俺が放つ最上位術式くらいだな」

「何、それ。防具として強過ぎない?」

「守りは強くて困ることはないだろ?」


 以前の件では、やけどあとは残らなかったものの、正直肝を冷やした。いくら退魔師の家系に生まれたとは言え、女子に一生ものの傷なんて残ろうものなら、大事である。


 俺の出した条件をみ、ここまで仕上げてくれた雪乃ゆきのには感謝しかない。あとでお礼の方法を考えておくことにしよう。


「……基本的には着るだけって言ってたけど、他の使い方もある訳?」

「ああ。そのスーツは、巫力を注いでやることで人工筋肉の役割も果たしてくれる。いざという時のパワーアシストもしてくれるって寸法だ」

「どう見ても、上は半袖だし、下は膝丈だけど?」

「その辺りは術式を上手く込めてあるので、ちゃんと全身に作用しますよ? 朝陽あさひさんの知恵がなければ、製作するのは不可能でした」


 このスーツを完成させるのに、ここまで時間がかかったのも、この機能を上手く発動させるのが難しかったから。着想ちゃくそうから完成までに数年かかっているのだから、なかなかの大作と言えよう。


「……こんなすごいスーツが作れるなら、自分で使えばいいんじゃない?」

「俺は、このくらいなら印省略でも出来るからな。スーツにする必要がない」

「そうだった。あんたは、昔から規格外だったもんね」


 一通り装備の説明が終わった頃。仲間はずれに耐えられなくなったのか、天理が割り込んで来た。


「いつまでも2人でいちゃいちゃしてないでよ~」

「これがいちゃいちゃしてたように見えたなら、眼科に行った方がいい。あるいは心療内科」


 完全な認知の歪みというやつであろう。彼女はことあるごとに、こうして俺と夕菜の会話を妨害してくる。悪意からではないとは言え、流石に大事な話をしている時は勘弁して貰いたい。


 そしてこういう時。夕菜は夕菜で様子がおかしくなる。焦っているというか、機嫌が悪くなっているというか。何とも表現しづらいのだが、とにかくそれまでと言動が一変するのだ。


「べ、別に頼んでないけどね! 雪乃さんが一生懸命に作ってくれた装備だもん! 使ってあげますとも!」

「そうしてくれ。冴杜さえもりが怪我をするのは、俺としても避けたいところだからな」

「退魔師なんだから、怪我の1つや2つは覚悟の上でしょ! そこまで心配されるいわれはない!」


 態度は悪いが、それでも顔は耳まで赤くなっているのだから、可愛いものである。渡した装備も、両手でしっかりと抱えているし、どうやら気に入ってくれた様子。サイズは、同じ女性で、つ専属技術者である雪乃に一任しているし、問題はないだろう。


「冴杜さんだけずるい~ 私にもそういうの欲しい~」

「綾嶺はアイドルなんだから、あんまり男の俺にかまけるのはどうかと思うぞ?」

「うちの事務所は恋愛禁止じゃないから大丈夫です~。ファンの反感を買わなければ何したって個人の自由です~」


 アイドルに男の影が見え隠れしていたら反感を買うと思うのだが、その辺りはどう考えているのか。もっとも、彼女だってもう高校生なのだし、恋愛のひとつもしていてもおかしくはないのだが。


 その時、工房の扉を勢いよく開けて、何者かがドシドシと侵入して来た。


「よう。話は終わったか?」


 ハキハキとした口調。片手に酒瓶を持ったその人物は、最早見慣れた俺の保護者代理。八神やつがみ詩音しおんその人である。


「仕事の話が終わったなら、飯にしようぜ。いい酒が手に入ったんだ」


 どうやら飲む気満々のようだ。


 こうして詩音が雪野の工房を訪れることは珍しくない。ライバルであり、親友でもある2人だからこそ、こういうシーンもよく目にする訳である。


「詩音さん。こっちには寮の門限が――」

「そこは抜かりない。もう連絡しておいた」


 相変わらず、この手の行動が早い。しかし、既に連絡が行っているのなら、ここで食事をすること自体には賛成だ。寮の食事に不満がある訳ではないが、雪乃の料理の腕は一流料理人に引けを取らない。多少無理をしてでも食べたいと思うのは、人間ならば自然なことであろう。


 そういう訳で、この晩はみんなで食卓を囲み、雪乃の料理に舌鼓したつづみを打った。大人の2人は酒が入って大いに盛り上がっていたが、学生面子めんつである俺達は、その勢いについて行くことは出来ず。こちらはこちらで料理だけを存分に楽しみ、それなりに面白おかしい時間を過ごしたのだった。

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