第35話 反撃の狼煙

 この場での最適解。それは、一度、自他ともに全ての術式の効果を打ち消してしまうことだ。


 もちろん、そんなことをすれば、こちらも守りを失うのだから、リスクはある。それでも、相手の妖の正体を掴まなければ、この場を切り抜けるのは難しい。敵側に術師が別にいるかどうかに関わらず、これで、相手は何らかのアクションを起こすはず。


 そして、情報が確定すれば、対処するのは簡単だ。妖が術式を使うようならば、術式が発動する前に叩く。術師が別にいるのなら、先に妖を叩いて、あとから術師に対応すればいい。


 発動した術式破壊術式が、俺の張った防御結界と、妖に施された不可視術式を破る。ここからは時間との勝負だ。


綾嶺あやみねさんは伏せて! 警備の2人は、綾嶺さんに覆いかぶさるようにして守ってください!」


 俺はすぐに3人に指示を出し、行動を促す。彼女達からすれば、何が起こっているのかまるでわからないだろうが、それでも、身を守るためには指示に従った方がいいということは、直感的に理解しているようだ。俺の声に3人が反応したのを確認して、俺は正体が明らかになった妖と距離を詰める。


 妖の形状は、多少歪だが、人型。これまでに見たことのないタイプだが、形状さえわかってしまえば、大体の弱点は把握出来るというもの。まず狙うべきは首、そして心臓の位置だ。


 流石に一振りの刀で二箇所を同時に攻撃することは出来ないので、まずは首を狙うことにする。距離を詰めつつ、刀を抜き、鞘に滑らせスピードを増した一太刀で首を薙ぐ。妖の手足に防御反応は見られない。これなら一気に首をねることが出来る。


 しかし、目論みは失敗に終わった。ごく小さい範囲に展開された、高密度の防御術式が、俺の刀を、首の皮ギリギリのところで受け止めたのである。


「なるほど。これは確かに、厄介な相手だな」


 周囲に術者はいない。正真正銘、妖自身が術を発動させた。歪な手で印を結ぶ様は、何とも気色が悪いが、これが事実なのだから仕方がない。


 妖の防御術式は固く、刀ではとても破れそうにないと判断した俺は、すぐさま術式戦に切り替えることにする。もちろん、パワーでごり押すことも考えたのだが、それで刀が折れようものなら、詩音しおんに説教されるのが目に見えたのでやめた。


「それじゃあ、盛大に行こうか!」


 最初の一発は、印を結ぶのを省略した簡易術式。威力は低いが、発動が速く、相手のきょを突くには最適だ。


 そして、簡易術式を目晦めくらましに、印を結び、本命である高威力の術式を発動。巨大な雷撃を相手に浴びせてやった。これは防ぐのが間に合わなかったらしく、妖は術の直撃を受ける。流石に一撃で勝負がつくとは思っていないので、続け様に、火、水、木、土と、別々の属性の術式を叩き込んだ。


「……タフだな~。まだ倒れないのか」


 渾身の、という訳ではないが、それでも各属性の上位に当たる術式の数々。それで倒れないとなれば、いよいよ俺も全力を出さざるを得ない。


 とは言え、この辺り一帯を更地に変える訳にも行かないので、加減は必要。妖だけを狙い打ち出来ればいいのだが、そんな都合のいい術式は存在しないのである。


「まぁ、それならそれで、やり様はある」


 要は、周囲の安全を確保した上で、超級術式を使えばいいのだ。今回は護衛対象が近くにいるので、黒曜天蓋瀑布こくようてんがいばくふは使えない。となれば、敵を空中に放り上げ、上空で吹き飛ばすのが妥当か。


 その間に、妖が再び不可視術式を発動しないよう気を回しつつ、俺は再び、大量の術式を浴びせかける。少なくとも、こちらの術式に晒されている間は、防御に専念するはず。不審な印を見かけたらすぐに妨害に入れるようにすれば、不可視術式を発動されることはないだろう。


「さぁ、最終ラウンドだ!」


 俺はありったけの印を結んで、妖を圧倒し続けた。実はそろそろ連日の徹夜がたたって、体力的にも精神的にも限界を向えつつあるのだが、ここで俺が倒れる訳には行かない。護衛の任を達成した上で、それを夕菜にも報告し、達成感とともに眠りにつく。それが、今の俺のモチベーションとなり、様々な限界を超えようとしていた。


 まさか、あんな結末を迎えることになるとは知らずに。

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