第18話 児童交換体験就学制度(という名の遠征任務)

 その話が持ち上がったのは、ゴールデンウイークが明けてしばらく経った頃。初任務以降、俺も夕菜もともに戦績を伸ばし続けたことがきっかけだったのだろう。国の機関である退魔庁たいまちょうから、直接、俺と夕菜を指名した依頼が舞い込んだのだ。


「遠征任務?」

「そうだ。俺は、まだ早いと言ったんだがな。お偉方は聞こうともしない」


 確かにここのところ活躍し過ぎた感じはするものの、まさかそこまで俺達の名前が広がっているとは。


 相手は国の機関。いくら五柱とは言え、いや、五柱だからこそ、下手な反発は許されない。国家存続のかなめとも言える五柱の人間が、国民を救うために下された任に異を唱えるなど持っての他。伊達だてや酔狂で好待遇を受けている訳ではないのである。


「場所はどこですか?」

「イザナギだ」

「イザナギ?」

「ああ、そうか。お前は知らないのだな」


 父が言うには、イザナギというのは千葉県沖に建設された巨大人工浮島ふとう――通称メガフロートのことらしい。扱いとしては千葉県。完成からまだ日は浅いものの、既に500名を越える住民がおり、生活に必要なインフラもメガフロート内で完結するくらいには揃っているとのこと。まさかそんなものが存在するなど思ってもいなかったので、俺は開いた口が塞がらなかった。


「今回は特別に、児童交換就学体験制度というものが用意されていて、そのメンバーとして、お前と冴杜のところの娘が選抜される形になっている。任務開始は夏休み明けからだが、浮島での生活に慣れるために、8月の半ばには現地に向うことになるそうだ」


 名目上は児童交換就学体験制度ということになっているが、その実体は退魔師をイザナギに派遣することと言うことらしい。大方おおかた、首都の守りを大人達に固めてもらいつつ、まだ被害の少ないイザナギの方は、最近名を上げ始めた子どもに任せようという魂胆なのだろう。


「えっと、期間はどれくらいなんでしょう?」

「それなんだが、終了日が明言されていない。任務の方はともかく、就学体験制度の方が足を引っ張っているのだろう」


 急ごしらえの制度とは言え、あまり期間が短いのでは意味がないのはわかる。しかし、まだ小学校に上がったばかりの子どもを、期限も決めずに親から引き離すとは、いったい何を考えているのか。俺はともかく、夕菜はまだ親に甘えたい年頃だろうに。


「……こう言っては何ですが、随分いい加減な取り決めですね」

「お偉方のやることなど、こんなものだ。彼等は現場のことなど何もわかっていない」


 五柱がどれだけの力を有していようと、国家に反逆することなどないとでも考えているのだろう。暢気のんきなものだ。国家転覆を目論むことがなくとも、場合によっては政権奪取を狙ってクーデターくらいは起こしそうなもの。


 俺がかつていた世界でも、力を持った一族が、悪政に不満を持った国民の代表として、時の国王に反旗を翻すことなどいくらでもあった。妖の脅威から市民を守るに当り、国家の仕組みが邪魔になるようなら、五柱の中のいずれかの家が蜂起ほうきしてもおかしくない。五柱は決して政府の犬ではないのだ。


「ともかく、浮島ではお前達は寮生活になる。お前のことだから心配はないだろうが、心の準備はしておくのだぞ?」

「はい、父さん」


 まだ荷物をまとめるには早いが、最低限必要なものを選別する必要はあろう。足りないものがあれば、買い足さなければならない。


 日常生活に必要な備品はもちろん、妖と戦うのに不足のないだけの武装。そしてそれを整備するための道具。日頃の手入れくらいなら自分でも出来るようになったが、武装はあくまで消耗品。使えば傷むし、その都度つどメンテナンスが必要だ。


「あ、そうだ。武器のメンテナンスはどうすれば?」


 流石の俺も、鍛冶かじに関してはかじった程度。消耗した日本刀のメンテナンスなど到底一人では出来ない。


「問題ない。専属の鍛冶師を派遣することになっているからな」

「え? いいんですか? 何か贅沢な気が……」

「何が贅沢なものか。我々は1人で戦うのではない。チームで戦うのだ。前線で戦うのがお前なら、後方で支援する者がいてもおかしくはないだろう?」


 確かに。今まではあまり直接的に世話になったことはないが、遠征となれば話は変わる。武器のメンテナンスのために一々帰ってくる訳にも行かないのだから、後方支援を行う者達が同行するというのは納得だ。


「それに、何と言っても、お前はまだ子どもだ。1人では出来ないことも多い。公的な手続きなどがいい例だな」

「と言うことは、同行者は成人の方なのでしょうか」

「ああ。まだ若手だが、優秀な職人をつけてやる。何かあれば、彼女を頼るといい」


 彼女、と言うことは女性か。恐らく同じ八神やつがみ家の人間なのだろうから、親戚の誰かだろう。五柱ともなると、同じ血族だけでも大勢いるので、俺も全員は把握していない。現場勢ならともかく、職人勢ともなると未知の領域である。


 とにもかくにも。俺はその鍛冶職人とともに、初めての遠征任務に当たる訳だ。同じ境遇の夕菜も一緒だし、多少の不安はあったが、実戦も修行の一環と考えれば、自分を磨くいい機会と言える。せいぜいこの遠征中に更に力をつけて、跡継ぎ問題に悩む父を安心させてやるとしよう。


 ちなみに、この同行する鍛冶職人の女性と言うのが、これまたとんでもない人物なのだが、俺がそれを知るのは、まだ少し先のことだ。

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