第5話 巫力がなければ、魔力を使えばいいじゃない

 相手が式のたぐいなら、ただ倒してしまうのでは意味がない。介入しているであろう術式を探り出し、可能なら逆探知まで行きたいところである。


 獣型の妖が、唸り声を上げながら、こちらを見詰めた。どうやら向こうも、ただこちらを害することが目的ではないらしい。俺の力を測るのが目的なのだろうか。


 向こうから仕掛けてくる様子がないので、こちらから仕掛けることにする。まずは相手の力量を測るための様子見からだ。


「行くぞ!」


 俺は何の能力も使わず、脚力だけで相手に駆け寄る。もちろん、今の俺が獣の身体能力に勝っている訳はないので、錬気功で身体能力を上げる用意は忘れない。


 妖側も攻撃態勢に入った。最初は前足の爪による一撃。素早く距離を詰めて来て、俺の左腕を目がけて、前足を振り下ろしてくる。


 「このくらいならば」と。俺はやや右に向って前回りをして、相手の攻撃をかわす。錬気功は使っていない。そして起き上がってすぐに、父親のものに似せた結界で、相手の動きを封じにかかった。


「八神流巫術結界、三の型! 六方封縛!」


 一応八神流の結界と言うことにしたが、父親が使っていた結界とは見た目が似ているだけで、術式は全く異なっている。ざっくりと言うと、一時的に魔力を自己ブーストしてエネルギー量を増やし、それを陰陽術に似た異世界の術で神性力に変換。その神性力で、邪悪を封じる結界を構築したのである。


 見た目の偽装も、我ながら上出来。これならば、相手は俺が八神流の術を既に使えるものだと思ってくれるはず。


 ちなみに、本来の六方封縛というのは、印を結ぶことで巫力を圧縮成形し、封じ込めたい対象を六面の壁で覆うというものだ。一般人レベルの巫力しか持たない俺が使っても、スカスカの壁が辛うじて姿を現すくらいだろう。


 妖は結界から逃れようと、結界の壁に何度も体当たりをしている。恐らく、それほど高度な行動が出来るようには設定されていないのだろう。この妖を操っていると思われる術者の目的は気になるが、情報を引き出そうとあまり時間をかけると、相手に違和感を覚えさせてしまう可能性がある。


 俺は攻撃に移るため、別の印を結んで、次の術を放った。


「八神流火操術かそうじゅつ、一の型! 焔玉ほむらだま!」


 もちろん、これも嘘だ。実際は魔力を使った、ただのファイアーボール。魔力の便利なところは、保有量が少なくても、それなりの魔法が使えることである。もちろん魔力量が多ければ、撃てる回数も、一発の威力も上がる訳だが、一般人でも魔法が使えるというのは大きい。


 今後のことを考えれば、少しは魔力量の向上も図りたいところである。それくらい、魔力と言うのは使い勝手がいいのだ。


 さて、流石に一撃では獣型の妖は倒せないようなので、2発、3発と、ファイアーボールを叩き込む。残った魔力量的に、ファイアーボールを使えるのはあと3発と言ったところか。


「は、早く、倒れろ~!」


 必死に戦っているという振りも忘れない。こうしておけば、相手は俺の真の能力に辿り着くことはないだろう。取るに足らないと判断してくれれば、この先、ちょっかいをかけてくることはなくなるはず。相手が誰にせよ、油断させておくのが、この先の戦いを有利に進めるコツなのは、どこの世界でも変わらないのである。


 そういう訳で、獣型の妖を撃破し、俺はヨロヨロとその場に尻餅を着いて見せた。本当は余裕があるのだが、どこで誰が見ているかわからない。とりあえず、いっぱいいっぱいの戦いであったとよそおうのだ。


「朝陽!」


 そんな俺に対して、真っ先に駆け寄ってきたのは、もちろん母である。母は俺の身体をギュッと抱きしめてから、一旦身体を離し、俺の様子を窺う。


「大丈夫!? 怪我してない!?」

「大丈夫だよ、お母さん。ちょっと怖かったけど、僕、がんばったよ」


 俺に異常がないことを察した母は、再度俺を強く抱きしめた。


「うん。偉いわ、朝陽。その歳で1人で妖と戦えるなんて、さすがあの人の子ね」

「お父さん、褒めてくれるかな?」

「うん、うん。きっと褒めてくれるわ。朝陽は強い子だって」


 母の腕の中で、俺は先ほどの妖を差し向けた相手を捕捉する。妖を倒した瞬間に、逆探知に成功したのだ。相手がいるのは、うちの敷地から50メートルほど離れた場所にあるビルの屋上。気配から察するに、その場にいるのは男性が1人。大方、双眼鏡か何かでこちらのことを直接監視しているのだろう。


 俺は事前に用意していた式紙を放ち、相手の背中に貼り付けた。式紙はすぐに透明になるので、男性本人はもちろん、仲間もそう簡単には気付かないはず。これで相手の素性を確認することが出来る。仮に気付かれるようなら、この日本でも陰陽術が現行で使われていることがわかるので、どちらに転んでも俺にとっては得しかない。


「でもね、朝陽。あんまり無茶はしたらダメよ? あなたは八神家の大切な跡取りなのだから」

「……うん」


 そう。今の俺はこの家の長男。いずれは父からこの家を引き継がなければならない立場にある。とは言え、数日後の巫力測定で、俺の巫力が低いことが露見するのは明白。それで跡継ぎ候補から外されるのなら、隠居したくてこの日本に転生して来た俺からすれば万々歳だが、家の後継問題は繊細なので、少なくとも一悶着はありそうだ。


 俺よりも有能な弟でも出来れば、などとこの時は考えた訳だが、そうは問屋が卸さないらしい。巫力測定の日になって、俺は思い知らされることになるのだ。まったく想定していなかった、におけることわりを。

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