第12話 魔物を町で暴れさせよう!

 涙を流しながら美味しい料理をかきこんだ翌日。


 俺はどんな悪行をしても善行と捉えられてしまうこの世界に怒りを抱いていた。


 そして思い直す。

 これまでの悪行には、まだ思い切りが足りなかったのではないかと。


「そう、必要なのはどんな相手であろうと傷つけるだけの覚悟。こうなった以上、もう容赦はせんぞ!」


 改めて決意を固めていると、紅茶を持ったマリーが執務室にやってくる。

 俺は状態異常耐性アップと熱耐性アップの魔術を発動した。


「ご主人様、紅茶でございます」


「ああ、そこにおいてくれ」


 毒さえ気にしなければ、マリーの淹れる茶はなかなかにうまい。

 ホッと一息をついていると、マリーは机に置かれた資料を見て反応する。


「こちらは、騎士団からの報告書ですか?」


「ああ、何でも近場の森に厄介な魔物の群れが出現したとのことだ」


 魔物の名はギガホーン・ボア。

 イノシシの魔物で、特殊な魔力を帯びている巨大な角に貫けぬものはないと言われているのだとか。

 その攻撃力の高さから通常個体でBランク、変異体にもなればAランクに指定される程らしい。


 そんな魔物が森に複数体出現したため対処に当たるというのが、この報告書の内容だ。

 俺にとってはまったくもって、どうでもいい内容で――ハッ!


「――そうだ! その手があったか!」


 そこで俺は、天才的発想を閃いた。


 1体のギガホーン・ボアを捕獲し、それを町の中心で解き放つのだ。

 そして町のことごとくを破壊したタイミングで俺が姿を現し、諸悪の根源が誰であるか知らしめる。

 これで間違いなく、俺に対する恐怖を抱かせることができるだろう。


 もちろん、この作戦では町が破壊され修復に手間取るというデメリットはある。

 が、何事であれリスクを許容しなければ先に進むことはできない。


 そうと決まればさっそく――


 俺はバッと立ち上がると、マリーに命ずる。


「これより森に向かう。オリヴァーが来たら適当に理由を話しておいてくれ」


「えっ!? ご、ご主人様!?」


 マリーの静止も聞かず、俺は窓から颯爽と飛び出す。

 この前は扉から出てすぐオリヴァーに鉢合わせてしまったから、こうするのが一番なはずだ。


 なお、俺がいなくなった後の執務室では――



「民に危険が及ぶ可能性があると分かるや否や、領主の身でありながら颯爽と駆けつけるそのお姿、しかとこの目に焼き付けました。やはりご主人様は最高に素晴らしいお方です!」



 ――なぜかマリーからの信頼度が上がっていたのだが、当然俺が知る由はなかった。



 ◇◇◇



 森にやってきた俺は、魔力探知を使い魔物がどこにいるか確かめる。


 すると幾つもの戦闘の気配を感じることができた。

 どうやら既に掃討は始まってるようだ。


 このまま遅れをとるわけにはいかない。

 そう思い駆けだそうとした直後のことだった。


「あれっ? もしかして領主様でしょうか? どうしてここに?」


 意外なタイミングで声をかけられたため、視線をそちらにやる。

 するとそこには鎧姿で兜だけを脱いだ、金髪のイケメンが立っていた。

 誰だコイツ。


「誰だ、貴様は」


 素直にそう尋ねると、金髪はビシッと敬礼する。


「私はレインと申します。普段は町で警備兵をしており、本日は要請に応じギガホーン・ボア討伐に参加しております。領主様からは以前、町で【クリムゾン】壊滅を命じられたこともあります」


「……なに?」


 そこまでを聞き、ようやく思い出す。

 まだ転生して間もない頃、俺は町で泥棒の少年を捕らえた。

 後にそいつが犯罪組織の幹部だと判明し、壊滅に繋がったとして俺の評判が爆上がりするという悲しい大事件があったわけだが……


 まさかこのレインという青年が、あの時の警備兵だったとは。

 俺にとっては憎しみの対象であり罰を与えたいところだが、今はそんなことにかまけている余裕はない。


 一刻も早く、ギガホーン・ボアを捕獲しなければ――


「ゴォォォオオオオオン!」


 そうこうしていると、タイミングよく木々の間を抜けてギガホーン・ボアが俺たちのもとにやってきた。

 それを見て、レインが血相を変える。



「何だコイツは!? この大きさ、変異体を超えた覚醒進化個体としか――」


「【意識絶ライトニンつ電撃グ・ショック】」



 レインの言葉を遮るようにして、俺は雷魔術を発動した。

 魔力で生み出された雷がギガホーン・ボアに直撃した結果、見事に意識を奪うことに成功する。


「なっ! このサイズのギガホーン・ボアを一撃で無力化するとは、さすがでございます!」


 レインはパアッと顔を輝かせた後、腰元の剣を抜いた。

 恐らくトドメを刺そうとしてるのだろう。


 俺はバッと手をかざし、レインを止めた。


「止めろ、そいつは生かしたまま町に連れて帰る」


「生かしたまま……ですか? この姿のまま連れて帰れば、市民が混乱に陥ると思うのですが……」


「問題ない、俺に考えがある」


「っ! はっ、了解いたしました! では、失礼いたします!」


 そう言ってレインは、なんと一人でギガホーン・ボアの巨体を持ち上げた。

 少々驚いたが、魔術で持って帰る手間が省けたため問題ない。


 その後、すぐにレインのもとに伝達魔術が届き、ギガホーン・ボアを全て討伐することに成功したと連絡がきた。

 どうやらうちの騎士団は、思ったよりも優秀みたいだ。


「では帰るぞ」


「はっ! 領主様の活躍を知れば、町の皆は大いに驚くことでしょう!」


 満面の笑みを浮かべ、嬉しそうにそう告げるレイン。

 本来なら腹が立つところだが、今日のメインはここから。

 俺がこのギガホーン・ボアを町に解き放った時、この顔がどう歪むか楽しみだ。



 そんなことを想いながら、俺たちは町に帰還する。

 するとどうしたことか、町の中心が騒ぎになっているようだった。

 声の様子から察するに、少なくとも良いことではなさそうだ。


「どうしたのでしょうか、城壁の外まで声が届きますが……」


「さてな」


 疑問を口にするレイン。

 対する俺は、ようやく俺にも運が回ってきたかと気分上々だった。


 既に混乱の中にある町にギガホーン・ボアを投入してやれば、その絶望はさらに膨れ上がるだろう。


 そんなことを考えながら城壁の門を開けようとした直後、その叫び声・・・・・は聞こえてきた。



「だ、誰かー! 助けてくれー! 突然町の中心にSランク魔物イージス・バードが現れた! イージス・バードは特殊な魔力で体が覆われていて通常の攻撃を一切通さない! コイツの魔力を突破できるとしたら、角に特殊な魔力を纏うギガホーン・ボアの覚醒進化個体しかいないが、そんなのが都合よく現れてくれるはずがない! それは分かっているが、とにかく誰か助けてくれー!」



 その叫び声を聞いた俺は、瞬時に後ろを向いて全力ダッシュを試みた。



 しかし まわりこまれてしまった!


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