公営マフィア

昭島 吾朗

第0話 黒孩子

2020年東京都池袋

少女「なんで...。」

燃え盛る火の海になった故郷の町を見て呆然と立ち尽くす少女。

少女「どうして...同胞同士でこんな...。」

壮年の男性「君も、彼らも悪くない。悪いのは、時代と運命だ。」

後ろを振り返ると、壮年の男性が立っていた。そして、拳銃を握っていない方の手で、立つように促してきた。

若めの男性「斑目先生!」

もう1人、今度は少し若めの男性がやってきた。

若めの男性「くそ!奴らところ構わず放火して回ってるのか!警察はどうしてるんだ!」

壮年の男性「根本的なところは不法侵入だからな。行政としてはむしろ排除してくれる方が都合がいいと考えたか。」

若めの男性「その子どうします?やはり...。」

壮年の男性「ああ、この子も奥羽の奴に預よう。あいつなら民族関係なく面倒を見てくれるだろう。時期に米原会ももう終いだ。」

若めの男性「しかし不思議だ。同じ民族なのにあそこまで非情になれるとは。」

壮年の男性「歴史を振り返ればそう珍しいことでもない。思想を理由に分裂なんてよくある。だがしかし、それを加味してもパシフィックシンジケートは異常だが。」

若めの男性「バブル期に重労働を課せられた黒孩子を中心に結成された秘密結社...。日本への復讐が目的だと思ったら、穏健派の黒孩子まで...。」

壮年の男性「ここであーだこーだ言っても仕方ない。とりあえず連中を池袋から出さないようにしよう。お前は奥羽に新組織を掲げ、元筋者の受け皿を作るよう命令しろ。」

若めの男性「承知しました。」

その時の少女は日本語は話せるものの、何を の事を言ってるか分からず、ただひたすら運命の受け身になるしか無かった。


かつて、そう遠くない国と時代に、生まれた時から人権も行政サービスも保証されないことが確定した者達がいた。彼らは一般的に黒孩子(ヘイハイツ)と呼ばれる。2010年の推計によると、戸籍を持たない者が1300万人、そのうちの半数がそれにあたるという。当然政府も把握していないはずがなく、中には彼らを救ってやりたいと思う一心の者もいた。中国共産党中央委員会所属の李明華がその1人だった。


1980年代、既に黒孩子の存在は把握されていた。李明華は、どうしたらと考え、行き着いた先が、日本の裏社会であった。当時バブルの狂乱真っ只中の時代であり、表はもちろん裏もこの世の春を謳歌していた。李明華は、そんな全盛の裏社会を通じて戸籍を購入し、黒孩子に日本で新たな人生を歩ませることができると考えた。


日本の米原会(関東一円を束ねる暴力団。日本四大暴力団の1つ)を始めとする裏社会の方も、バブルの増大に比例して増える仕事を捌くために安価な労働力を欲していた背景があった。


李明華の描いた絵とは異なれど、せめてもの彼らに陽のあたる道を歩かせてやれる。そう思い、香港マフィアを通じて、大勢の黒孩子達が日本に渡ってきた。


彼らの新たな人生の始まりは、壮絶であった。人権は保証されど、それは政府が機能していたらの話。多くが悪質な労働に従事させられた。中には、同胞の元へと中華街へ助けを乞うた者も多かった。しかし、安住を願う街の民とって、彼ら黒孩子は暴力団との火種になると考え、受け入れられなかった。


異国の、言語の異なる、同胞にも見捨てられた彼らが進んだ道は、必死に表社会に溶け込むか、裏社会に進むかの2択であった。

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