5.ウサミミのソフィ


「ふんふんふーん♪」


 ソフィは一見ご機嫌そうだ。帽子を手で押さえながら鼻歌を歌い、帝国の町を軽やかに歩く。

 時折俺の方を振り返っては「さっきねー、あの店に入ろうとしたら断られたんだぁ。あ、あの店も」などと話しかけてきたりもする。

 ソフィが指差したのはいずれも酒場だ。

 そりゃ断られるだろうなと思いつつ「姉さん、あんまり離れるな。迷子になるぞ」と手を差し出した。

 子ども扱いをしている訳では決してないのだが、なにせ小さいから。見失ったら厄介なんだよな。


 ソフィは俺を見上げ、まん丸い目をぱちくりさせながらも素直に手を掴んできた。


「案外紳士的なのね。その手練手管でリリアたちをたらし込んだってワケ?」


「手練手管って。そんなんじゃないよ。俺はただ彼女たちが幸せに暮らしていけたらそれで良いと思っているだけだ」

 

「なにそれ。あんたはあの子たちの何なの? あのねぇ、あのヤンチャな二人が可愛い服を着て男を食事に誘うなんてただ事じゃないのよ? 私、本当に驚いたんだから。絶対騙されてるって思って、だからこうしてあんたを連れ出したの」


 やっぱり怪しまれてた。

 いや、当然だ。本来であれば俺みたいなオッサンとリリアさん達のような美少女に接点なんてある訳ないんだからな。

 

 でも騙してなどいない。

 それだけは分かってもらいたい。

 

「姉さんが俺を怪しいと思うのはもっともだよ。しかし、他意は無いんだ。俺はたまたま彼女たちが変質者に絡まれて困っているところに出くわしただけで、その時の縁で食事を共にする事になった。それだけなんだ」


「ふぅん……。変質者、ねぇ。あの子たちがその程度で困るとも思えないけど。ま、いいわ。あなたが何者であろうと、私がしっかり監視していれば済むことだものね」


「そうそう。さすが姉さん。頼りになるなぁ」


 普段子どもと間違われる事の多いソフィは、お姉さん扱いされる事にことさら弱い。それを知っていて俺は彼女を姉さん呼びしている。

 せこいゴマすりではあるが、効果は覿面だ。

 ソフィは少し俺に気を許したような表情で、帽子に手をやりクイと位置を直す。

 

「そうよー。私がしっかり見てるんだから、あのいたいけな少女たちに妙な真似はしないことね。もし何かしたら殴るだけじゃ済まないわよ」


「ははっ、そりゃ大変だ。もし兎族のキックを受けたら俺、死んじゃうかも」


 そう。

 彼女は獣人なのだ。ロリな外見にうさぎの耳とシッポを持つ兎族。それがソフィ姉さん。

 体のバネが強くて体格が小さいのはそのためなのだが――兎族の外見も能力も大好きな俺は、これが重大な失言だったと気付くのに少しの時間を要した。


「なに、それ……。あんた、どうしてそれを知っているの……?」


「え?」

 

 ソフィの手が離れる。

 

 ――あっ。

 しまった。そうだった。


 帽子を気にしている事から分かる通り、彼女はまだ獣人である事を隠している時期だった。

 というのも、この世界において獣人とは数が少なく、その外見もあいまって魔物に近い存在として迫害されているのだ。

 見付かったら寄ってたかって嬲り殺される――とまではいかないものの、冷たい視線で遠巻きにされるのがこの世界の獣人の立ち位置である。

 俺は感性が世間ズレしている上に前世からケモミミが大好きだったので、獣人である事をなんのマイナスにも捉えてなくて――つい、口から出てきてしまった。

 

 ソフィはおびえた目をして、じりじりと後ろに下がる。


 ああ、ゲームでリリアさんたちに獣人バレした時と同じ反応だ。

 眠る時でも頑なに帽子を外さなかった姉さんは、戦闘のはずみで崖から落ちかけたリリアさんの手を掴んだ末に一緒に落ちてしまうのだ。

 幸いにして崖はそこまで高くなく、怪我も軽度で済んだものの帽子はどこかに行ってしまい――隠していたウサ耳がバレてしまう、という流れだった。

 

 あのイベントはまだ先だったか――!

 そういえば本来あの場にはシエルはおらず、リリアさんしか居なかったな。二次創作でシエルがいるIFバージョンをよく見かけてたから、そっちと記憶が混ざっていたようだ。

 くそ、獣人問題に無頓着すぎて失念していた。


「あの……ソフィさん?」


「近寄らないで! 私が獣人だと知った上でその態度、絶対に裏がある! あなた何者なの!? 何が目的!?」


 一気に警戒心がマックスになってしまったようだ。

 周囲の人々に聞こえるほどの声で自分が獣人である事を口にしてしまっている。

 おびえながらも小さな体で必死に恐怖に立ち向かおうとするソフィ姉さんの姿に、俺は胸が痛くなった。


「目的なんか無いよ……。さっき言ったろ。俺はただ、君たちに幸せになってほしいだけなんだよ……」


「嘘よ! だって……」


「嘘なんかじゃないさ。ソフィ姉さん。俺な、その耳が大好きなんだよ」


 いい加減な言葉で取り繕うのは誠実じゃない。そう思って、俺は正直な気持ちを口にした。

 するとソフィの目が虚を突かれたような表情を見せる。


「え? 大好……なんですって?」


「大好きなんだ。信じられないか? いいだろう。聞かせてやろうじゃないか。俺がどれだけその耳を愛しているかを」


 引き気味のソフィの前に跪き、その耳がいかに素晴らしいかを熱弁した。

 まず、形が素晴らしい事。ピンと元気に立つ姿も見る者を元気付けるが、少し落ち込んだりした時にへにょってる姿もこれまた愛おしい事。

 耳を覆う白くてすべすべな毛皮がたまらない事。恥ずかしがっている時に薄っすらピンクみが増すところも芸術的だと思う事。

 感覚が敏感だから触れられるとびっくりしてしまうところも、音に反応して無意識にピクっと動いてしまうところも好き。

 好きなんだ。本当に大好きなんだ。

 そういった内容を、言葉を尽くして語り倒す。

 ふと気が付くと周囲に人だかりができていて、ソフィは顔を真っ赤にして「もういい! 分かった! 分かったから……もう、やめて」と言った。

 

 つい熱が入り過ぎてしまったようだ。

 必要以上に夢中になってしまった。

 完全にセクハラ発言でしかないものをかましていた気もするが――それでも、俺がケモミミ好きだという事はよく伝わったようで良かった。


「分かったのなら良い。……ホラ、行くぞ。買い物するんだろ。あんまり遅くなるとリリアさんたちが心配する」


「そ、そうね……」


 はぐれないようにと思って再び手を差し出したが、もう手を取ってはくれなかった。

 それどころか、俯いて目を合わせてくれなくなっている。


 ……さすがに気持ち悪かったかな。

 そりゃそうか。俺みたいな奴にケモミミ愛を長々と熱弁されたらどんなメンタル強者だって病むに決まってる。

 でも後悔はしない。したくない。

 身体的特徴をコンプレックスに思っている人を相手に、その特徴が大好きだと伝えることの何が悪いってんだ。


 俺はある意味開き直って周囲の野次馬たちにイキリ散らした。


「オラオラァ! 街外れの研究所で人体からツノが生えるような危ない薬を研究しているノース・グライド様が通るぞ! 道を開けろー!」


 さぁっと人垣が引いていく。

 俺の日頃からの悪名が効いてるな。町の人達の視線が痛い。

 俺に背中を押されて歩くソフィには同情の目が注がれている。


「……なぁ、見てくれよソフィ姉さん。兎族である君よりも人間の俺の方がよっぽど嫌われてるんだ。大事なのは種族よりも日頃の行いだって、そう思わないか?」


 するとソフィは口元に手を当てて笑った。


「そうね……。確かに、その通りだわ」


 その声は震えていて、丸い頬には一筋の涙が流れてぽたりと落ちた。

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