吸血鬼ラナは旅をする 第1部

貴田 カツヒロ

第1話 ボロボロの宇宙船



「——まだ追ってきてる! やっぱりこのままだと振り切れないよ!」


 ボロボロの宇宙船が宇宙の闇より黒い怪物に呑まれないよう今出せる全速力で進んでいる。

 

 その怪物は〝塔〟から生産された逃れられない破滅の一つ。羽を持ち、尾びれを持ち、大きな口と手を持つ、決して一度欲したものを諦めない執着と強欲を宿した芋虫だった。


 中にいる船員も動けないものが半数であり、今動ける人材だけで宇宙船の性能を全て引き出し動かしていたが、それでも引き離すことが出来ないでいた。


「とは言ってもしか出来ない! しかもそれが出来るのもあと僅かだ……! 今だってエンジンが爆発しそうだってのに!」


「ッ! やはり俺が囮に——」


「馬鹿なことを言わない。貴方がその状態で時間を稼げるわけないでしょう?」


「だが……! 他はもう……」


 男はフラフラと艦長である女性の制止を振り切ってでも船から出て迎撃を行おうとしたが、急な報告がその行動を遮った。


「え!? 前方、前方にエネルギーが集まってる! なんらかの魔法が行使が確認されたっぽい!」


「こんな時に!? ってなんだ? 攻撃じゃ……無さそうだな?」


 船員は前方で展開される魔法を警戒したが、宇宙船の進行方向で変化したことといえば、宇宙空間に小さな穴が空いただけ。


 その小さな穴から、加速された小さな物体が飛び出してくる。

 その物体は宇宙船の後を追っている怪物に向かっていく。


「何か出おったぞ! 人……いや、アンドロイドかね!?」


「いや……魔法を使っていたってことは魔物だわ。あんなに機械っぽい魔物は初めて見るけれど、ね」


「我々の船を通り過ぎて……タワースウォームに向かって行きます!」


「後ろのアレにか!? 馬鹿な、何故挑むのだ!?」


「……アレは守ろうとしているのか? 我々を?」


「……っ艦長!」


「助けられない。わかっているでしょう! 我々はもう限界を超えてここまで辿り着いた。ここまで来たのが奇跡なの!」


「貴方にとって耐え難いことなのはわかる。でも——」


「でも!? むしろだからこそだ! 誰かが犠牲になるなんてあってはならない!」


「…………!!」


 艦長と呼ばれた女性は男の言葉に黙るしかなくなってしまった。



「ば、馬鹿! 何言ってるの! 終わってるだなんて、そんな……」


 船員の中の一人が否定しようとするがそれが出来ない。

 船内の空気がどんどん重くなっていく。


「…………そんな…………」


 必死に否定の言葉を探しているが、見つからずそのまま黙って下を向いてしまう。

 そう。この船は星を捨てて、ここまで逃げ延びて来たのだ。彼等に帰る場所はなく、彼女等に辿り着くべき目的地はない。

 そして、後ろの怪物にはどうあっても勝てはしない

 後退も、進行もできない生き残り達はこのまま宇宙の藻屑となるしかない。確かに男の言う通り現状は終わっていた。


「……そうかも、しれないね」


「ノウン!? お前まで何を言い出すのかね!?」


「我々はあの〝塔〟に負けた。〝塔〟が変えた破滅の運命に抗えず星を捨てることになった。今こそこうしてなんとか逃亡の体を保ててはいるが、最終的な運命は何も変わってはいない。我々はもはやこれまでなのです」


「あれは我々の破滅。であるならば、このまま我々が逃げ続けてあの怪物に向かっていった小さな魔物諸共滅びるよりも、我々が最期に立ち向かい——」


「馬鹿なことを言わない! 運命が何!? 運命なんてころりと変わる! 運命だったとほざけるのは何もかもを出し切ったその時だけよ!!」


「!」


「まだ、まだ終わってはいない!! 燃料もある! 動ける船員だっている! であるならば我々はまだやれるのよ! 分かったならやれることを探しなさい!」


 艦長はそこまで言い切るとフラフラな男の手を掴み、


「――まだあの化物に挑もうという気持ちはあるんでしょう?」


「……ああ」


 男にもはや悲壮感は感じず、相変わらず立っているのがやっとだが、目には力が宿っていた。


「了解だ! 艦――」


「え!? 嘘!! どうなってるのー!!?」


 頷こうとしたが、しかし、またも遮られてしまう。


「ちょっと、空気がいい感じになってきたのになーにをばっさり大声でぶった切っとるのかねこの報告係は!?」


「いや、後ろ! あの芋虫、6 しかもなんかでっかい釘が2本生えてる!? と、とにかくかなりスピード落ちてるよ、あいつ!」


「「「「……え?」」」」


 船員達は急いで後ろから迫り来る芋虫の怪物をモニターで確認する。確かに芋虫から2本の巨大な釘が生えており、釘が生えているところから後ろの部分が破裂したように宇宙空間に飛び散っていた。



————

(くっ——)


 それは星を滅ぼされた者達にとってそれは信じられない光景だった。

 艦長ですら、これは夢と思ってしまうくらいの光景、しかし、その光景を作り出す為にメテットが払った代償は決して少なくなかった。


(クソ……ハレツしたときにやつのニクヘンにオモいキりアたってしまった)


 肉片とはいえ、かなりの質量にぶつかったメテットのスピードは目に見えてに落ちていた。

 

(まぁこれで……え!?)


 消滅するだろうと思っていたメテットは怪物が再起動する様子を見て驚愕する。

 しかもその矛先は依然としてあの宇宙船へと向けられていた。


(な……メテットじゃなく、あくまであのフネを!? いや、それよりも!)


(のマモノでもないのになんでまだまだゲンキなんだ!?)


 通常、体の半分以上を削られれば、魔物は消滅する可能性がある程のダメージとなる。そうでなくとも、動けなくなる筈である。スピードは落ちているものの、依然として怪物は船を追いかけていた。


(フツウじゃないというワケか……! このままじゃ——)


(シズルの釘が刺さっても元気ってすごい。じゃあ次はわたしたちの番)


『———————!!!!』


 突然、芋虫はボウボウと燃え宇宙空間で絶叫をあげる。


(モえてる! ウチュウで!?)


(わたしたちの炎は薪さえあれば良いから)


(カルミアか! いったいいつから?)


(ラナがメテットに一瞬触れた時にそっとラナに流し込まれた)


(スゴいなラナ! おお、オトないけどスゴいモえてる! これなら消滅するんじゃないか!?)


 しかし、現実はうまくはいかない。


(いや、ずっと燃やしてるけどなんかダメそう。ラナも遠くから『これ無理です』ってなってる)


(え!? いくらなんでもおかしくないかアイツ!)


(うんおかしい。どうも凄い燃えにくいとこがあって全然焼けない。でも遅くなってるから今のうちにアレを逃がす方向にした方がいい)


(あっちで待ってるから。もてなすよ)


(リョウカイ! ならイソいだホウがいいな!)


(“ヒラけ”!)


—————

「芋虫破裂して燃えたし前方に加速空間作り出されて勝手に進んでるしもう何これ!? 艦長、これどうなってるの!?」


「いや、さすがにこれはもうよく分からないわね。お手上げよ」


「にしては全然冷静そうだな!」


「理解できる範疇を超えただけよ。……ともかくとして助かりそう。諦めないでよかったわ」


 艦長がそう言って少し安堵していたら、ノウンが厳しい表情で現状を伝える。


「いや、まだ追ってきてる。全然諦めてない! この空間を壊しにかかってるぞ!」


「壊せるのかねこの空間! 急げ、なんとしてでも逃げ切るのだよ!」


『マってクダさい、キケンです、チメイテキです。あのテはスクいのテではなく、ハメツのテでした』


 宇宙船内のスピーカーから機械音声が流れる。


「ポッド? どうしたというの?」


『おおカンチョウ。イダイなるビスカ。このエンチュウのクウカンのサイシュウトウタツチテンは


「惑星!? まずい、アイツを連れては……!」


 星を滅ぼされた身として、これ以上星が滅ぶのは見たくはない。


「そうだね。あの勇敢な魔物に申し訳ないが、他所の星を巻き込むのは」


『レイセイだがトンチンカンなノウン。チガうのです。


「……なんだって?」


「うわ。なんだこれ……ポッドの言う通りだ……」


「今度はなんだ! 」


 先程まで叫んでいた船員が今度は急に絶句している様子から船内の乗組員達は嫌な予感がしていた。


「センサーが捉えたんだけど、前方で出待ちされてる。しかも船内の無事なメーターがどれも振り切って……もしかしたら、前にいるのは」


「後ろの怪物なんかよりももっとずっと恐ろしい生物かもしれない……」


「……あれよりも?」


 言っていたことが正しかったことをメテットの加速する空間が壊れたことで知ることになる。


 片や復讐を果たし、太陽の化身となった吸血鬼。

 片や狂い輝く黄金と暴虐の時代で島一つ滅ぼした復讐鬼。


 2体の鬼がそこにいた。

 


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