第11話、とある雨の日②
スマホのライトを頼りに脱衣所へと辿り着く俺とユキ。
ここに来るまでずっと手を握っていたけれど、服を脱ぐ為に一旦手を離す。
着替えの様子を見るわけにもいかないので、スマホのライトも消して俺は着ている服に手を伸ばした。
「み、見えてないよな……?」
「だ、大丈夫です。晴くんは……見えてないですよね?」
「ああ……今の所は」
脱衣所はリビングよりも暗い。
暗闇の中で目を凝らせば、うっすらとユキのシルエットが見えるくらいでそれ以上は良く分からなかった。
外の風の勢いは強くて今も激しい音が聞こえるが、それよりもユキが服を脱ぐ布の擦れた音に集中してしまう。
するすると目の前で着ているものを脱いで、ユキが同じ空間で一糸まとわぬ姿になっている事を想像するだけで、ばくばくと心臓は高鳴っていって体も熱くなった。
そして下着まで脱いだ所で、俺は大切な部分を隠しながら浴室の扉に手を伸ばした。
扉を開ける前に深呼吸をして気持ちを落ち着ける。大丈夫、見えはしないんだ。それに今日は停電で非常事態だし、これは仕方がない事なんだと自分に言い聞かせる。
「ユキ、足元に気を付けてな。暗いから転ばないように」
「はい、ありがとうございます。晴くん」
「手を繋ぐか? 怖いかもしれないし」
「そ、そうですね……出来ればそうしてもらえると嬉しいです」
俺は暗闇の中でユキの声が聞こえる方に手を伸ばし――むにゅり、という柔らかな感覚に首を傾げた。
とても大きなまんまるとした感触が手のひらに広がって、柔らかくて弾力のあるこの感触は何だろうと思考を巡らせる。
確かめるように揉んでみると、マシュマロのようにふわふわで柔らかくそれでいて張りもあって温かい。あまりの触り心地の良さに我を忘れそうだった。しかし次の瞬間、ユキの甘くて熱っぽい声が聞こえて俺は慌てて手を離す。
「んっ……は、晴く……ん……そこは……」
「あ……」
今の感触が何なのかを理解する。まさかユキのたわわに実ったあの胸を触っていたとは思ってもいなくて、完全に無意識の行動だった。今何をしていたのか理解すると同時に顔が真っ赤に染まってしまう。
「ご、ごめん! その、つい手が……」
「暗いから……仕方、ないです……」
今度こそユキの手を握りしめると、二人で浴室の中へと進んでいく。
浴室にはユキが沸かせてくれたお風呂のおかげで、他の部屋よりずっと暖かい。浴槽の蓋を外すと湯気が立って、ちょうど良いお湯加減なのが伝わってきた。
シャワーは湯沸かし器が止まっているので使えない。
風呂桶でお湯をすくい上げて体に掛けると、少しだけ冷えていた体がじんわりと暖まって行く。
交代で桶を使って体を綺麗にした後、俺とユキの二人は手を繋いだまま浴槽へと入った。
男女二人が入ると流石に狭く感じるし、体が密着してしまいそうだった。いつもなら恥ずかしくて出来ないけれど、今は停電しているせいもあってか何とか平常心を保つ事が出来ている。
とは言え完全に何も見えないというわけではない。
ユキの方へ視線を向けると暗闇の中でも白い肌がぼんやりと見えて、それがまた艶めかしくて色気を感じてしまう。
ユキもちらりと俺の方を見る時があって、視線を上げるとすぐに俯くのを何度か繰り返していた。
お互いに沈黙のまま、しばらく時間だけが過ぎて行く。雷の激しい音が浴槽を揺らすと、ユキはびくりと肩を震わせて怖がっているようだった。
「大丈夫か、ユキ」
「晴くんと一緒だから……平気です」
「そうか。なら良かった」
「でも……あの、晴くん。お願いがあるのですが」
「どうした?」
「もう少しだけ……傍に寄っても、いいですか?」
遠慮がちに言うユキに思わずドキリとする。この狭い浴槽で今でもギリギリの距離なのに、更に近付くとなると間違いなく互いの身体が触れてしまう。
それでもユキは勇気を振り絞って言ったんだと思うと無碍にするわけにもいかない。
「分かった」
返事をするとユキは繋いでいた手を解いて恐る恐るこちらに近づいて来る。
そして俺の腕の中に飛び込むようにして身を寄せて来た。ユキの甘い香りが広がる、柔らかい身体や体温を感じて心臓の鼓動は速くなっていく。
ユキは腕を回してぎゅっと抱きついて来て、その様子はまるで怯える子犬のようで、とても可愛らしくて愛おしい。
柔らかな二つの膨らみの感触が直に伝わってくると同時に、やはり雷を怖がっているのか身体が震えていて、そんな彼女を少しでも安心させてあげたくなる。
抱きしめたまま頭を撫でてやると、強張っていた体の力が少しずつ抜けていくのが分かる。そしてユキはぽつりと呟くように口を開いた。
「晴くん……落ち着きます」
「そっか。もうちょっとこうしてるか?」
「はい……このままでいさせてください」
ユキは甘えるように俺の胸へ頬を寄せた。
こうやって無防備な姿を見せてくれるのは信頼されている証だと思うと嬉しくなって、俺はユキをぎゅっと強く抱き寄せた。
暗闇の中で温かな湯船に身体が暖まり、同時にユキの優しい温もりで満たされて、とても幸せな気分になる。
ユキも同じなのだろう。身体の震えは徐々に止まってきて、穏やかな息遣いだけが聞こえていた。
「晴くんは、いつも本当に頼りになります……」
「ユキの為なら何だってするよ。でも意外だったな、ユキがこんなに雷を怖がるなんて」
「小学生の頃、いじめられた時に……掃除用のロッカーに閉じ込められた事があって。その時にちょうど雷が鳴っていたんです。だから雷を聞くと……それを思い出してしまって」
それは包帯を巻いていた頃のユキの記憶。
彼女の内に焼き付いた心の傷だ。
雷の強烈な光と激しい音が、それを思い出させてしまうのかもしれない。
だから俺は少しでもその心の傷を塞げるように、ユキを安心させようと小さな身体を優しく包み込んだ。
「俺がついてるから。大丈夫だから。もう怖くないよ」
「はい……晴くんが居てくれるから平気です。それに、晴くんとくっついていると温かいから……」
「それなら良かった。もっとくっついていてもいいからな」
「はい……ありがとうございます、晴くん」
それからしばらくの間、俺とユキは互いを優しく包み込みながら湯に浸かり続けた。
激しい雷の音が聞こえても、ユキの体が再び震える事はない。
俺の胸の中で静かに呼吸をしながら目を閉じて、甘える猫のようにすりすりと頬を擦り付ける。
そんなユキの仕草がとても可愛くて、俺は思わず笑みを浮かべてしまう。
すっかり暗闇の中に目が慣れて、長い髪から滴った雫が水面に波紋を広げて行く様子すら見えるようになっていた。
はっきりと瞳に映るユキの姿――長いまつ毛に整った顔立ち、濡れて張り付いた前髪が妙に色っぽく見える。
じっと見つめている事にユキも気付いたのか、ゆっくりと目を開いて至近距離で視線が絡んだ。
吸い込まれそうなほど澄んだ青い瞳に見惚れて息を飲む。暗闇の中でも彼女の美しさは何一つ変わる事がなかった。むしろ暗闇だからこそより一層ユキの魅力を引き立てているようにさえ思えた。
互いに見つめ合っていると、ユキは恥ずかしそうに微笑んで俺を強く抱きしめる。ふにゅりと形を変える柔らかな感触と、甘い熱を帯びた優しい温もり、ドキドキと心臓の鼓動が高鳴っていく。
そしてそれは俺の胸の中に埋まるユキにも届いていしまう。
ユキは上目遣いで俺を見つめながら、赤くなった頬を緩ませていた。
「晴くん、すごくどきどきしてます……」
「ユキだって。さっきからずっとどきどきしてた」
「えへへ……だって晴くんとこうしているの、幸せだから」
「俺も幸せだよ、ユキ」
俺とユキの鼓動が重なる。
それは何処までも心地が良くて、二人の鼓動が本当に混じり合っているかのように感じさせた。
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