第10話、ダブルデート⑥

 雑貨屋でユキのネックレスを買った後、服屋では千夏によるちょっとしたファッションショー、時計屋で秋也に似合う腕時計を探したり、四人で買い物をするのはとても楽しく、あっという間に時間が過ぎていく。


 今は歩き疲れてエスカレーターの横にあったベンチに座って休んでおり、四人でのんびりとした時間を過ごしていた。


「晴、楽しい買い物だったね。時間を忘れて遊んじゃうくらいにさ」


「ああ、楽しかった。秋也もその腕時計似合ってるよ。悩んだ甲斐があったな」


「ありがとう。高校の入学祝いに父さんが買ってくれるって話をしてたんだけど、なかなか決まらなくてね。みんなのアドバイスでようやく買えたよ」


 秋也は左腕に巻かれている革ベルトの腕時計を眺めながら満足げに微笑む。シルバーの大人っぽいアナログ時計のそれは、秋也の雰囲気に良く似合っていた。


「あたしも欲しかったキーホルダーに、服もたくさん買えたし、今日はすっごい大満足! それにユキりんとも仲良くなれたし最高だったよー!」


 千夏も嬉しそうにはしゃいでいる。恋人である秋也とたくさん買い物をして、憧れていたユキとも友達になれたのだ。きっと千夏も最高の気分だろう。


 そんな千夏に向けてユキも穏やかな表情で

笑いかける。


「今日はありがとうございました、千夏さん。わたし女の子の友達が一人もいなくて、だから今日はすごく嬉しくて……」


「お礼なんていいんだよ〜。これから一緒に遊びに行ったりしようね! ダブルデートも良いけど、女の子だけのショッピングとかも行きたいよね!」


「わ、わたしも千夏さんと二人で色んな所に行きたいです。千夏さんとはもっと仲良くなりたいから……」

「ユキりんがあたしと仲良くしたいだなんて! 嬉しいこと言っちゃって! もう可愛いんだから、ユキりん好きぃ〜っ!」

「ち、千夏さん。いきなりぎゅってされたら、く、くすぐったい、です……っ。わわ〜……!」


 千夏のスキンシップによってユキは頬を赤く染めている。その光景を見ていて俺と秋也は思わず笑みを浮かべていた。


 今日一日だけで姉妹のように仲良しになっているようで安心する。ユキに新しい友達が出来た事がまるで自分の事のように嬉しかった。


「それにしても秋也と千夏、両手が塞がったな。ここに来る前は二人とも手ぶらだったのに」

「まあね。今日は晴と渚沙ちゃんとのダブルデートって事もあって、かなり奮発しちゃったから。僕も千夏もお財布空っぽだよ今」


 俺は床に置いてある大きめの紙袋二つを見つめる。そこには秋也と千夏の買い物の成果が入っていて、かなりの重量があるはずだ。


「あたしとあっきー、来月のお小遣いの前借りまでしてきたのにねー。しばらくは節約しないとだっ」

「僕と千夏のお買い物デートはしばらく先だね。それまでお家デートになるかな?」

「だねー。また二人でゲームしたり映画観たりしたいなあ」


 早速次のデートの予定を立て始める秋也と千夏。本当に仲の良い二人だ。


「よし。それじゃあ帰りの時間もあるし、今日はこの辺りで解散にしよう。晴、渚沙ちゃん、ありがとうね。楽しかったよ」

「俺も楽しかったよ、秋也。こういう機会はなかったからさ、みんなで一緒に遊べて良かったと思う」


 俺達四人はベンチから立ち上がる。

 名残惜しい気持ちもあるが、空も茜色に変わってきた頃。帰るにもちょうど良い時間だ。


「晴っち、また学校でね〜。ユキりんもバイバーイ!」

「はい、千夏さん、またです。秋也さんも今日は本当にありがとうございました」

「こちらこそだよ、渚沙ちゃん。これからもよろしく頼むね」


 ぺこりと頭を下げて別れの挨拶をするユキ。そんな彼女に秋也と千夏は大きく手を振って、笑顔のままエスカレーターへと消えていった。


「ユキ、俺達も帰らないか? 今日はたくさん歩いて疲れたし家でゆっくり休もう」

「そうですね、わたしも疲れちゃいました。お家に帰ったら二人でのんびりしましょうね」


 ユキは青い瞳を細めて、可愛らしい笑顔を俺に向ける。そして俺の手を取って、優しく指を絡めてくれた。もう一度恋人繋ぎをして、そっと俺の方に寄り添ってくる。


「ねえ晴くん。わたし、今日たくさんの初めてに出会えました。千夏さんと秋也さんと友達になれて、初めてのネックレスをもらって、こうやって人前で手を繋いで、素敵な思い出がいっぱい出来ました。全部晴くんのおかげです、本当にありがとう」


 今日の出来事を思い返しているのか、ユキの表情はとても穏やかだ。俺の手を握りながら優しい声音で感謝の言葉を伝えてくれる。


「俺にとっても大切な日になったよ。離れ離れになっていた時間を、少しでも埋められた気がしてさ」


 小学生の時に離れ離れになった事で、俺とユキの時間は一度止まってしまっている。俺達の間にある思い出はどれも幼かった頃に遊んだ記憶で、その続きはずっと空白のままだった。

 

 けれど今、ようやくその続きを紡ぐ事が出来たような感覚を覚える。


 ユキに友達を紹介して、初めての買い物デートでネックレスを贈って、そして指を絡めて街を歩いた。


 それは思い出の中には決してなかった光景で、俺とユキが待ち望んでいた新しい日常だ。


 今日という一日で俺達は一歩だけ、確かに前に進めた気がする。仲の良い幼馴染から、少しだけ先の関係へ。


「また一緒に遊びに行こう。秋也と千夏と四人で遊ぶのも楽しいけど、今度は二人きりで。俺がユキをエスコートするからさ」

「えへへ。次は二人きりのデートですね。楽しみにしています。その時は晴くんにもっと甘えても良いですか?」


「もちろん。好きなだけ甘えてくれていいから。俺もいっぱいユキを可愛がるよ」

「想像するだけでふにゃふにゃになってしまいますね。幸せすぎて……っ」


 頬を緩ませて蕩けた笑みを浮かべるユキ。


 俺だけに見せてくれる無防備で愛くるしい表情。それを愛おしく思いながら、俺はユキの柔らかな頬を撫でる。


 そうして帰路へ着く俺達の頭上には、鮮やかな夕焼けが広がっていた。

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