彼はそれでも裏方だと言い張る

漆間 鰯太郎【うるめ いわしたろう】

第1話 彼はマイペース

 この世にダンジョンが出現してから早50年。

 西暦は2040年を過ぎ、ダンジョン発生当初は世界中に混乱が広がっていたが、今はそれも落ち着き、既に日常の一部と化した。


 その一番の理由は、ダンジョンから産出する魔石の存在だろう。

 かつての化石燃料や原子力に置き換わる形でエネルギー問題をアップデートしたからだ。

 魔石燃料による発電などで排出されるのは飽和したマナと水だけ。

 汚染の欠片もないのだ。

 産油国との軋轢で少々の混乱もあったが、その産油国にもダンジョンが多数出現したのでやがて混乱も落ち着いていく。


 その結果、ダンジョンアタックの様子を生配信する文化が広がり、かつてのユーチューバーの様に配信のみで巨万の富を築く強者も出現。

 彼らの後追いを狙い、若者を中心としたダンジョンワーカー達は、こぞってダンジョンで配信をするようになった。


 そんな中、配信者タレントのマネージメントを行う事務所、「ドリームファクトリー」に所属する桜坂さくらざかレイナは、会社が立ち上がって最初のタレント、唯一の第一期生として絶大な人気を誇り、現在もその座を維持している。

 黎明期に女性ワーカーが最前線を攻略できる例はなく、彼女がその後の人気女性配信者の草分け的存在になったのだ。


 彼女のチャンネル「サクラトリップ」は、登録者数が1200万人とぶっちぎりの数を誇っており、現在はグローバルな展開(英語字幕での動画投稿や海外勢向けのダンジョン解説動画等)を行い、登録者数は成長曲線を描いている。

 そんな風につきぬけたバズりを経ても、月水金の隔日で、定期配信は欠かさない。そのマメさが彼女の人気を支えているのかもしれない。

 

 レイナは164センチの身長と女性ながらも高身長で、細身ながらグラマラスなスタイル。

 そして中学時代からデビューしたギャルのファッションのままダンジョンワーカーとなった。

 顔は垂れ目がちな愛嬌のある美少女で、戦闘スタイルは魔法剣士。

 相手をかき回す様に高速移動しながら、剣に自分で属性を付与して敵に有利を取るという派手さがファンを魅了する。


 基本的に彼女はソロに拘っており、どうしても複数人が必要な敵のいる階層は、同業者とコラボをして、レイドを組んで突破する。

 だからパーティを組んで潜る者たちよりは攻略速度は遅くなるのだが、結果を見れば必ず最前線に達しているので、見た目や物腰以上に、実力派であるという認識が強い。

 なのでドル推し系と攻略ガチ勢のどちらも取り込んだのが大きいだろう。

 そんな訳で今日もレイナは配信を開始した。


「みんなーこんにちは☆ レイナだよ♡ 今日もみんなとダンジョンにトリップしちゃうからっ!」


 配信開始と共に、レイナはあざといギャルピースでポーズを作り、最高の笑顔を浮かべた。


:きちゃー!

:待ってた!

:今日も可愛いぜ・・・

:レイナのウインクでしか得られない栄養素がある

:相変わらずえっろい装備やで


 コメント欄が一気に流れ出す。

 平日の午前中だというのに、同接は10万人を越えているのが凄まじい。

 さてレイナはコメントの通り、露出の高い装備が売りだ。

 いわゆるビキニアーマーを彷彿とさせるのだが、上はトライバル模様の入ったピンクのブラで、ボトムスは黒いホットパンツ。

 足は生足で、足元は膝下の編み上げブーツ。

 そしてフェニックスの衣装の派手な赤いフード付きローブを羽織っているのだが、首の所に桜をモチーフにしたブローチで留めているだけで、前は閉めずにマントの様にしている。


 この守る気のない派手な装いがファンの心をガッチリと掴む。

 しかしこれは見た目と実際の性能は別で、全て深層のモンスターからドロップする素材で作られているワンオフ品で、例えばホットパンツには物理攻撃耐性の効果が付与されていて、それは全身をカバーする。

 なのでヘソ出しなのに、腹部を攻撃されても大概はレジストするのだ。

 こういう魔法的な付与効果が全ての装備についており、彼女の戦闘を支えている。


 しかしレイナは挨拶を終えると、じーーーーーーっとカメラをにらんだ。


「あのさ、アンタ。いま「うわキツ」って思ったでしょ」

『……そんな事はないよぉ?』

「いーや、思ったねっ! だって鼻で笑ったモン」

『もん(笑) 僕ぁレイナさんは今日も素敵だなァって思ってますよ』

「そうなの?」

『そうですよぉ。僕ぁね、常々そう思ってますよ』

「だったらいいんだけど……ふん」


 カメラの向こうにいる誰かに悪態をついている。

 配信に乗るのは声だけだが、男性がレイナと会話をしている様だ。


:いきなりwwwwww

:草

:これを見に来た

:でもちょろいwwwww

:伊達Dもようやっとる


 伊達ディレクター

 彼は伊達ダテ正嗣セイジと言い、ドリームファクトリーの社員である。

 年齢はレイナの5つ上の25歳で、彼女のデビュー時から専属のディレクターとしてペアを組んでおり、彼女のチャンネルで投稿される動画類はすべて彼が編集している。

 その編集が秀逸で、他のチャンネルと一線を画している。

 独特なカット、SEやBGMの選択が素晴らしく、とも思えばレイナが延々とボヤいている無意味なシーンに長尺を取ったりと、他の編集者ではあまりやらないスタイルで動画を作る。

 先に述べた海外向けの展開も、彼の方針だ。


 なのでレイナトリップの投稿動画が安定して再生数を伸ばすのは、偏に伊達Dの手腕によるところが大きい。

 ただし彼は「しゃべる裏方」としてファンから支持されている。

 歯に衣着せぬというか、売れっ子タレントであるレイナに一切の忖度せず、むしろ煽る。それがレイナの本性を引き出し、ファンが喜ぶという流れだ。


「とりあえず今日は55階のボスに挑むわ! ゴールドランドドラゴン。強敵ね。でもアタシは華麗に倒して見せる! いい、伊達。アンタもちゃんとついて来てよ」

『とりあえずレイナさん、時間がおしてるんで早くいきましょう』

「う、煩いわね、分かってるわよ!……ほらポータル出しなさいよね」

『はいはい、じゃ出しますね。あ、でもその前にレイナさん、酔い止めは大丈夫ですか? あなた転移酔いしますよね?』

「だ・ま・れ。とっくに克服してますけどー?」

『そうですか。貴女がそれでいいなら何も言いませんが……では出しますね。はいポータル』


:沸点低いwwwww

:キレてガチ恋距離にきちゃうまでがテンプレ

:伊達Dようやっとる

:相変わらず流れる様なポータル作成にビビるわ


 そしてカメラの視界内にニュっと男の手が出てくる。

 どう見てもスーツ姿だ。

 袖口から見える桜のカフスボタンが芸が細かい。

 そして人差し指と中指を複雑に動かして印を切ると、レイナの横に青白い円が浮かんだ。

 これがディメンションポータルの魔法で、魔法使い系の最上位ジョブ、マスターソーサラーが習得できる転移魔法だ。

 とても便利な魔法で、同じダンジョンで10か所まで、自身の魔力のアンカーを打ったポイントにテレポートができる。

 

 いま彼女たちがいるのは日本最難関と噂される中野ダンジョンだが、現在は120階層まで攻略がされており、伊達Dは50階層以降、10階層刻みにアンカーを打ってある。

 全てはレイナの配信のレスポンスを良くするためだ。


「と、とうちゃーく……だてぇ……ちょっと休憩……」

『言わんこっちゃない。レイナさん貴女学習しましょうよ』

「うるさーい……早く回復かけてよぉ……このままじゃあんたの大事なタレントがゲーするよぉ……あ、やばっはやくっ……」

『はぁ……ではグレーターリカバリーっと。リスナーの皆さますみません、弊社タレントの自己管理のなさでご迷惑をおかけします。そうですね、20分ほど雑談とします。どうかご理解ください』


:ホンマ草

:知ってた

:リアルで orzの姿勢する人初めて見たわ

:初見か? これほぼ毎回やで

:様式美って奴やな

:エズくレイナでしか得られない栄養云々

:それにしても見事な回復魔法やで


 またもや画面の中に伊達Dの手が見切れると、彼の右手が思惟手しゆいしゅを結んだ。

 これは弥勒菩薩みろくぼさつの仏像の右手の形と一緒である。

 と言ってもこれは彼が仏教を学んでいる僧侶と言う訳ではなく、形だけ使っている。

 前にレイナの雑談配信の際に、マシュマロによる質問コーナーをしたのだが、彼がたびたび魔法を使う際に、独特なハンドサインをするのは何故? という質問が届いた。

 それによると、伊達D的に「ショートカットキー」だそうだ。


 彼のジョブはマスターソーサリーだが、扱える魔法の数はとても多い。

 多くの攻撃魔法やバフ魔法、そして回復魔法や空間魔法と言った感じで。

 イメージ的には国民的古典RPGの賢者に魔法使いを加えた様な物だろうか。


 それらを発動するに際し、魔法の効果をイメージするために、長い詠唱を必要とする。

 それをどうにか短縮できないか? と考えた結果、ハンドサインと魔法を結び付ける事で、疑似的な無詠唱を実現したのである。

 ちなみにこれは各所から問い合わせが殺到し、伊達Dは別に隠す事でもないと日本ダンジョン協会経由で習得方法を開示した。

 が、悲しいことにマスターできたのは一部の上位ワーカーのみであった。


 と言うのもこれをマスターするには、印を結んで強くイメージをしながら、同時に頭の中で詠唱を繰り返し、実際に発動できる寸前まで魔力をぶん回す必要がある。

 その際には「並列思考」と「分割思考」を同時に駆使し、脳の制御を分割して別の作業を同時にする事になる。

 当たり前だ。イメージと言うのはぼんやりした物じゃなく、毎回同じシーンを正確に、瞬時に思い浮かべることができる強い再現性と言った意味合いなのだから。それをしながら並行で詠唱を行っている。結果、全てが紐づいた状態に達するのである。

 ここが既に高度すぎる技術であり「だ、誰がこんなの出来るか!」と呆れ混じりに非難されたという過去がある。


 そして印にいきついた一番の理由にリスナー達も呆れたのだが、彼は両手ともに利き腕に矯正しているが、基本的にカメラは左手で扱う。

 だからフリーな右手のみで魔法を扱える方が便利という理由だ。

 んなアホな……とこれにはリスナーもドン引きである。

 なので片手で複数のハンドサインが必要で、仏像の手印は丁度良かったという事だ。


「それじゃあ気を取り直して行くわよっ! 伊達、付いてきなさいっ!」

『デジャブを感じますね。ではレイナさん、張り切って倒してください。35分も時間を無駄にしたんですから』

「煩いっ! あ、出たわね、ゴールドランドドラゴン。みんな、コイツは金色で派手な見た目だけど気を付けて! 10メートルもあってのっそりしてるけど俊敏なの。ふふっ、見てなさい、華麗なるアタシの舞踏ダンスせてあげるわっ!」


 大木の影から出現した巨大な金色のトカゲ。

 ドラゴンの名がついているが、実際はコモドドラゴンを巨大にしたような姿だ。

 しかし勇ましくカメラにアピったレイナが、背中からすらりと愛剣を抜くと、剣身をなぞる様に手を滑らせた。

 その瞬間、1メートルほどの刃が青色に輝く。

 まるで古典大作スペースオペラのラ〇トセーバーの様に。

 レイナ得意の付与魔法、エンチャントエレメントだ。

 ゴールドランドドラゴンは土属性のモンスターで、水属性を付与すると与えたダメージが2割増しになるのだ。


「いくわよぉ……やぁっ!!!」


 唸り声をあげ、目を攻撃色である赤色に光らせたランドドラゴンに剣を上に掲げるポーズを決めたレイナが斬りかかる。

 しかしそれはフェイントで、左側に回り込むような動きで横に回った。

 流石はスピードに特化した魔法剣士であるレイナだ。

 横を取った時にはもう、柄に片手を添え、ネコ科の獣の様に身体を捻っている。

 必殺の突きの体勢だ!


:うおおおおおお

:普段はポンやけど実力は確か!

:勝った!第三部完ッ!!

:いつ見てもレイナのエンチャントはふつくしい

:伊達Dのカメラワークがエグいんよ

:それな


「くらえー! とりゃ! はれ?」


 レイナは残像が残る速度で吶喊とっかんした。

 普通なら敵の急所を深く突き刺したはずだ。

 しかし悲しいかな、このゴールドランドドラゴンはイレギュラーモンスターだった様だ。 

 一定の確率でスポーンする、通常個体の1.5倍の強さになるのがイレギュラーモンスターだ。

 そしてレイナの剣は弾かれ、くるくると回転しながら地面に突き刺さった。


:うそやろ?

:ゴールドランドドラゴンさんドヤ顔

:え、マジ? レイナ死んだ?

:ちょレイナ逃げろやボっ立ちやめろ

:おいおいおい


「ぐえっ!?」


 そして尻尾がぶるんと振るわれ、レイナは後方に30メートルは吹っ飛んだ。

 何度か地面をバウンドし、やがて仰向けに倒れたまま動かなくなる。

 コメント欄は大混乱だ。

 ゴールドランドドラゴンはそんなレイナを煽る様に、のんびりと彼女に向かって歩き出す。

 ずしんずしんと地面を揺らしながら。

 そんな時だった。


『まーたレイナさんは油断するんだからぁ。これは社長に特別手当を要求してもええよな、ハッキリ言うて、おーん』


:唐突などんコメは無条件に草が生えるのでNG

:緊張感、なし!w

:これはヤレヤレ系ラノベ主人公


 そしてまたもやカメラ内に彼の右腕がカットイン。

 その手にはショットガンが握られている。

 その名はウィンチェスターM1887。

 名前の通り1887年に設計された古い銃だ。

 社名はウィンチェスターだが設計したのはかの有名なジョン・ブローニング。

 これを伊達がいくつかの魔法的な処理を施して、配信時のメインウエポンにしている。薬莢ケースにも魔法効果を刻んでいるので、本来の散弾銃とは違う効果を発揮する。

 

:出た!インチキショットガン!

:これを見に来た

:別名 レイナの尻拭い銃

:この銃身を切ったソードオフがいいんすよ

:まあ本物は青白くスパークなんかしねえけどな! 相変わらずかっこよ

:俺もコレほしいぜ・・・

:↑ピーキーすぎてお前にゃ無理だよ

:レイナにバレないように特注のサプレッサー付けてた頃が懐かしい

:え?伊達?! アンタいま何かやったでしょ?! のやり取りが懐かしい


『レイナさん気絶してるじゃないですか。はぁ、じゃ遠慮はいらないですね。はいドーン』


 伊達Dのダウナーな口調からあまりにギャップがあり過ぎる大轟音がダンジョンを揺らす。普段手振れもほとんどないのに、この時ばかりは画面が激しく揺れた。

 銃口の口径とは明らかに違う、直径2メートルはありそうな巨大な火の玉が発生すると、一直線にゴールドランドドラゴンに向かい、ボコォ……とおぞましい音と共に火の玉と同じ大きさの風穴が開いた。

 

『まだ動いてますねぇ。仕方ない』

 

 すると伊達Dがショットガンを曲芸の様にくるんと一回転。

 いつの間にかリロードが済んでおり、ドン、ドンとさらに二回ほど発射される。

 ゴールドランドドラゴンは無事倒され、巨大な魔石と指輪を一つ残してダンジョンの地面に溶ける様に消えていった。


:えっぐ・・・

:スピンコック上手すぎて草

:撮影しながらやれるからって覚えたのホンマ草なんよ

:ドラゴンがトカゲに見えるのほんと草 いや草枯れるわ

:レイナすやすやで草


 ウィンチェスターM1887は所謂レバーアクション式という銃で、グリップの所にあるレバーを操作することで排莢と装填を行うのだ。マガジンには5発装填されている。

 これを片手でスムーズに行うのがスピンコックで、レバーを掴んで本体をくるんとやる事でレバーを引いた状態になり、戻って来たら作業が終わっていて、すぐに発射のアクションに移れるというカラクリである。


 そしてカメラはドロップアイテムの傍に移動し、何が出たのかを視聴者にアップで見せると、そのまま画面はさらに横移動。

 白目を剥いた変顔で気絶するレイナのドアップが映し出される。


『はーいそれではレイナの桜トリップはこれで終了だよ☆ 今日のアタシの活躍見てくれたかな?♡ また見たいゾ! というチェリー達はチャンネル登録と高評価、よっろしっくねー♡』


:裏声草

:地獄みたいな腹話術やめろwwwww

:特徴掴んでるけど声が低すぎるwwwwww

:やめろwwwwwさらにアップするなwwwwwww

:なんで鼻の穴をアップにするんだよwwwwww

:ドSすぎるwwwwww

:伊達D最強!

:伊達D最強!

:レイナの守護神!(愉悦部)


 そんな感じで締まらないエンディングを迎えたが、10分ほど垂れ流されたレイナの気絶した顔に飛んだスパチャは100万オーバー。

 ちなみに彼女が気絶する前に集まったスパチャは50万円ほど。

 伊達Dの鬼畜っぷりが目立つが、真の鬼畜はリスナーだったのである。



 

 

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