第六話


 ビーティアの攻撃により、元気のなくなった囚人達は、地面でびちびち跳ねている。

(殺虫剤食らった後のアレみたい)

 そんな不謹慎な感想を持ち、タイロは尋ねてみた。

「これでトドメ刺していけば、終わりですか?」

 こいつらにブスブスとトドメを刺す作業を想像するとなんだか嫌な光景だ。でも、手間はかからなさそう。

 タイロはそんな風に楽観的に考えたが、ユーレッドは表情を緩めていなかった。

「そんなに簡単なら良いけど、な」

「え?」

 と、ユーレッドがぐいと左手でタイロを後ろに寄せる。

「来たぜ」

 はっとタイロは目を見張る。

 地面にびたびたのたうっていた汚泥達が、ぐわっと起き上がってまとまり始める。そのまとまった一端がスキをみて、タイロのほうに触腕を伸ばしてきた。

「ひっ!」

 タイロが慌てるが、そこはさすがにユーレッドが、冷静に切り払う。

「バラバラじゃ勝てねえとわかると、こいつらすぐにまとまりやがる。チッ、相変わらずだな」

 ユーレッドは舌打ちしつつ、

「とはいえ、でかいの二匹か。どうせなら一つにまとまってくれりゃいいのによ!」

「え、二匹?」

 と、一匹目の後ろから、どろりと不定形のでかいものが立ち上がる。

「うわぁっ!」

 タイロは思わず悲鳴を上げた。

「チッ、二体同時はキツイんだよな。それに、まとまりきらなかったのが、ちらほらいやがるし」

 ユーレッドの仕事は速いが、タイロを守りながら攻撃する時には敵が多いのは不利。特にボス級の相手がいる場合、ユーレッドが一方的にそこに集中するのは危険が伴う。

「どうします?」

 タイロが心配そうに言った時、ユーレッドの左目が彼を向く。

「タイロ、兄貴を使え」

「ドレイクさん?」

 ああ、とユーレッドが頷く。

「俺だけじゃ、お前守りながら戦うのはきつい。ドレイクにも積極的に動いてもらえよ。こういう時のために契約してんだろー?」

「でも、ドレイクさんは、目があまり良くないから」

 とタイロがいいかける。ドレイクは、視力の問題で俊敏に動くのは難しいのだ。

「お前の指示オーダーで、制限取っ払ったら、視力が回復して機動力あがる。俺はそりゃあ頑張って走るけどよ、モノには限度があるからな!」

 とじろっとドレイクを睨む。黙っているとすぐに存在感を消してしまうが、ドレイクは今まで黙ってことの成り行きを観察しているのだった。

「それくらいできんだろ?」

「それくらい? 要するにおれにも走れと?」

「そうだよっ!」

 なんだかのんびりしているドレイクに、ユーレッドはいらだっている。が、それもさして気に留めず、ふむ、とドレイクは悠長に唸る。

 ドレイクの剣は待ちの剣だ。

 アシスタントのビーティアの能力も、彼の待ちの姿勢を有利にするものである。

 カウンターによる必殺技を持つドレイクは、相手の攻撃をなるべく誘う。ビーティアによる妨害工作も、それにより焦った敵の攻撃を誘うモノなのだ。

 視力がよくないせいもあるが、そもそも、ドレイクは元からあまり動かないタイプの戦士らしかった。

 しかも彼は気が長い。トラップを張って相手が引っ掛かるのをどこまでも待てる。

 が、全く動けないわけではないのは、弟であり、付き合いの長いユーレッドは、よく知っている。

 気が短いユーレッドは、彼の性格のまま、自分から攻撃を積極的に仕掛けるタイプの戦闘スタイルだが、そんな彼がひそやかに評価しているのが兄のドレイクだった。

 それは名人芸の域にあるカウンター技にとどまらない。タイロだって、酒が入って口の軽くなったユーレッドから、その評価は聞いたことがある。

 音もなく忍び寄る粘りのある剣は、彼自身が積極的に動いた時も強力なのだと。

 だが、ドレイクは、外見に反してのんびりおっとりした性格をしており、自分から動き出すことは稀だ。それは戦闘傾向にも現れており、視力に問題のない時からまったりしていた。

 つまり、ユーレッドが一人で走り回っている間、彼はなんとなく待ちの姿勢になりがちで、かといって、敵を誘い込んだ挙句に絶妙に良い感じにおいしいところだけ持っていく。

 効率は良いからそうしているのだろうが、振り回されるユーレッドの方はたまったものではない。

『アイツらと組むと俺だけが走り回ることになるんだよ』

 そんなふうにユーレッドは、不満そうに言っていた。

 それは、タイロがユーレッドから居酒屋できいた与太話で、当初はいつもの照れ隠しから来る悪口かと思ったが、なるほど、ドレイクの人となりを知った今ではかなり信憑性がある。

「とにかく俺だっていっぱいいっぱいなんだからなっ!」

「まあ、努力はしよう」

 ユーレッドに念押しされたが、のんびりとした返事のドレイクだ。

「本当かよ」

 半信半疑のユーレッドがそう吐き捨てつつも、タイロを見やって指示した。

「ま、いいや。って本人も言ってるし、タイロ、さくっとやれ」

「はい! わかりました! やってみます!」

 そう水を向けられ、タイロが元気にコール! と呼びかける。

 が、ちょっと困って、

「えっ、あれ? なんて言えばいいんです」

 と、駆け出しかけていたユーレッドが、思わず転びそうになりつつ、

「っかー! なんだよ! 適当でいいんだよ!」

 振り返って怒鳴りつけるユーレッドだが、タイロは悩んでいるらしい。

「だってー、難しいですよ。えーと、視力強化して戦ってもらうのって、なんていえば?」

「あー、汝目を開きて、敵を殲滅せよ! とか中二病っぽくいっときゃいーんだ!」

「わかりました!」

 と言ったものの、指示はこれをA共通語に翻訳してする必要がある。ある程度はニュアンスでも通じるが、ある程度は翻訳がいる。

「あー、ええと、えーとっ!」

「コラぁ! 何してる!」

 慌ててスマートフォンで翻訳しようとしていると、ユーレッドに見咎められた。

「何してんだ馬鹿」

「だって、た、たんご、わかんないですー!」

 タイロは、半泣きだ。

「いきなり言われたって、全く出てこないんですもん」

「あのなあ」

 語学堪能なユーレッドが苦い顔しつつ、

「あーもう! じゃあ、例文作ってやる! Open your eyes! Exterminate our enemies! 以上っ!」

「あ、ありがとうございますっ!」

 タイロは反射的にびしっと礼を述べるが、内心青ざめていた。

(ま、全く、まったくっ、聞き取りできなかった!)

 ユーレッドのA共通語は、ネイティブ張りに流暢で早口だ。そこに、タイロのごとき大して勉強してこなかった若造に聞き取れる優しさはない。

 しかし聞き返すのは怖い。

 聞き取れなかったのがバレたら、怒られるのはまだしも、危機感を覚えたユーレッドに山のような宿題を出されそうだ。

(どうしようー)

 とか思っている間に、ユーレッドはすでにだだっとかけだしてしまって、目の前にいない。

 まごまごしていると、ドレイクがちらりとこちらを見てきた。

「呪文のことなら」

 そして口を開く。

「その、パフォーマンスは落ちるが、いつものJ共通語でも最悪大丈夫だが」

 おずおずと兄ドレイクが申し出てくる。

「ド、ドレイクさん」

 やさしい!

指示オーダーコールは、伝えようとする気持ちが大切だと思う」

 うむ、と、顔に似合わぬ優しいことを言いながら、かすかにぐっと拳を握るドレイクだ。ちょっと心遣いが染みる。

「ドレイクさん!」

 きらりと視線を向けると、ドレイクが冷たそうな外見に合わぬ熱い思いを、うっすらと瞳に滲ませていた。

「気持ちが大切」

「お気遣いっ、ありがとうございます!」

「うむ」

 なんとなくほのぼのとした空気が流れる。まだタイロの側にいたスワロが、突っ込むべきか、きゅ、と鳴いて戸惑う。が、そのとき、前方から怒号が飛んできた。

「コラァ、何のんびりしてんだ、てめえらぁ!」

「ひぇ、すみませんっ!」

 既に戦闘に入っていたユーレッドが、ちらっと振り返って怒鳴りつけてきたのだ。

「てめえ、何ボサーっとしてんだよ! 休んでねえで、早く戦闘参加しろ!」

 タイロにでなく、主にドレイクへの怒りが大きいようだ。タイロと心を通わせて、なんだかほのぼのしているのが、ムカついているのだろう。

 はっきり言ってただのやきもちである。

 ユーレッドは、男女無機物有機物問わず可愛いものが好きであり、なおかつ独占欲も強い男なのである。そんな彼を知るスワロは、『またご主人が子供みたいなやきもちを』と思ってしまうのだ。

 そして、なんだか怒鳴られた割には、まだほのぼのしているのんびり屋さんのこちらの男二人。

 そんなどうしようもない野郎ども。

 タイロの頭に鎮座していたスワロは気が遠くなりつつも、何とかしないといけないと、気持ちを奮い立たせる。

 スワロは、やれやれと首を振ると、びーっとレシートに文字を印刷してタイロの眼前にぴしりと突きつけた。

「のあ!」

 きゅきゅ、とスワロに言われてレシートを見ると、発音のフリガナ付きのA共通語が書かれていた。

「スワロさん、神! わー、ありがとう」

 きゅー、とスワロは調子の良いタイロに呆れている。

「よし、じゃあ行きますー!」

 と、タイロは叫ぶ。

「Mr.ドレイク、I'm calling you! Please help me,According to our new promise」

 ここからが問題だ。タイロはレシートに齧り付きつつ、

「オープン、ユアアイズ、エクスター、……み?」 

「みねーと」

「みネート、あわ、エネミー」

 多少怪しかったが、ドレイクが補足しながら頷いている。

 うん、いける! 気持ちで通じている!

「I'm calling TYBLE-DRAKE-BK-001! タイブル・ドレイク!」

 とコールを終えたところで、向こうからしゅるりと、囚人の黒い触腕がタイロに忍びよる。

「っ、わー!」

 コールの読み上げに集中していたタイロがビビったところで、すっと彼の前に、今までよりも滑らかに静かに割り込む黒い影。

 囚人の触腕が切り裂かれ粉々に飛び散ると、僅かに青い光が空間に残る。

「ふむ、視界も認識も良好だな」

 と言ったのは、音もなく入ってきたドレイクだ。安全を確認するためちらりとタイロを振り返るドレイクの瞳は、常の、光を失ったような白い機械的な雰囲気のある瞳ではなく、かつての青い色を取り戻し、うっすらと光っている。

「ドレイクさん、お願いします」

「承知」

 そんなドレイクの襟に、今まで誘導していた蝶のビーティアが留まっている。

 今までは彼を導くために音を立ててはためいていたが、彼の視力が戻っている今は、ドレイクへのアシスト手法を変えているようだ。

 失われたものを完全に取り返すことはできないが、タイロがたまたま使えるその力は、かつての彼らの持っていたものを呼び戻すことができている。

 それは彼等の本来持っていた力だけでなく、剥奪された誇りを取り戻す行為であることに、タイロはいまだに気づいていない。

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