第33話 閑話1 アルル・エルザー

 メイドの1日、気になりませんか?


 と言っても私は元暗殺者ですけど。


「ふわぁ~~~~~うーーーーっ!はぁ…………」


 体を伸ばしながら起きた朝。


 窓を覗けば、まだ朝日が昇り始める時間だった。


「よしっ!今日も一日がんばるぞーーーーっ!」


 メイドの朝は早い。


 4時に起床して、すぐにメイド服に着替える。


 鏡を見て、誰に見られても恥ずかしくないよう髪を整えた後、早速仕事に向かう。


 仕事に向かう途中、ほかのメイドの人たちが横を通り過ぎようとすると、足を止めて、深く頭を下げる。


「「「おはようございます、アルルさん」」」


「みなさん、おはようございます、今日も1日頑張りましょう」


 シノケスハット家のメイドの中では階級に近いものが存在する。


 まず、雑用メイドという立ち位置が存在しており、言葉通り雑用をこなすメイドのこと。


 そして、メイド長、これはメイドをまとめ上げるメイドのことで、ある程度の頭の良さが求められる。


 これが最後、専属メイド。


 言葉通り、シノケスハット家の人間に仕えるもっとも優遇されるメイド。


 専属メイドになれば、シノケスハット家の人間と同じぐらいの待遇が保証される。


 そして、私は専属メイドであり、超優秀。


 ご主人様のお父様にも高く評価され、ほかのメイドたちよりはるかにいい待遇を受けている。


 一部、例外なノータちゃんがいるけど。


 とにかく、シノケスハット家は基本、下の者は上の者を敬い従うという暗黙の了解がある。


「ふぅ…………今日も完璧です」


 そんな私の朝、最初の仕事がお庭の手入れだ。


 なんといっても私のお庭を手入れする技術は世界一といっても過言ではない。


 よく来日するほかの貴族の人たちも大好評で、ご主人様のお父様にも褒められている。


 その後、朝食を早めに取り、ご主人様を起こす。


 これが一番大変で、ご主人様はなかなか起きない。


「起きてくださいっ!」


「うぅ…………あと5分だけ」


「だめですっ!起きてくださいっ!」


 やっぱり、ダメですか。


 いくら揺さぶっても、ご主人様からは「あと5分だけ」の言葉だけが返ってくる。


 ここは、奥の手を使うしかありませんね。


 私は右手を強く握りしめ、思いっきりご主人様の腹を殴った。


「うげぇ!?」


「起きましたね」


「うぅ…………いつも思うが、もう少しマシな起こし方はないのか」


「だって起きないじゃないですか」


「そ、それでも殴ることはないだろ!」


「起きてたらしてません。さぁ、着替えてください、ご主人様」


「…………はぁ、わかったよ」


 本来なら怒られて首チョッパなのにご主人様はため息一つで終わる。


 不思議というより、貴族特有の何かがご主人様にはないのだ。


 ご主人様が起きた後は、基本的にご主人様の後ろをついていくことがほとんどで、又に違う仕事でそばにはなれたりする。ご主人様は強いので特に私がついてく必要がないのだ。


□■□


「ふぅ…………今日も疲れました」


 気がつけば、夜になり、仕事がひと段落した。


 そして今日は特別というか、すごく楽しみにしていることがある。


「そういえば、今日は兄と会うんだったよな?」


「あ、はい」


「だったら、これを持っていけ」


 ご主人様から袋に包まれた箱を渡された。


「これは?」


「ただのお菓子だ。一緒に食べるといい」


「あ、ありがとうございますっ!!」


 ご主人様は言葉が強くて、友達もいない。一人ぼっちで、悪名が強くて嫌われているけど、ほんとは優しい人だと私は知っている。


 そう、今日は久しぶりに兄上と会う日。


 一通り仕事が終わると、私は外に出て、兄上と待ち合わせの場所に向かった。


「兄上!!」


「アルルっ!」


 私はすぐに兄上の胸に飛び込んだ。


「こらこら、もう子供じゃないんだから」


「そ、そうだね。あ、そうだ、ご主人様から」


「これは、わざわざありがとうな」


 兄上とは何回か文通はしていたものの、直接会うのは兄上の病気が治って以来だ。


 私たちは住処に向かいながら軽く会話をした。


「どうだ?ライン様の下での仕事は」


「とても満足していますよ、暗殺者の世界とはまた違った世界で、毎日楽しいです」


「アルルが楽しいのならよかった」


「兄上はまた暗殺業を?」


「ああ、実力は落ちてしまったがな。まぁでも、アルルが暗殺者から離れてくれてよかったと思ってる」


「え…………」


「エルザーは暗殺者一家だが、正直、アルルには暗殺者ではなく、普通に日の下で幸せに暮らしてほしかったからな」


「兄上はそんなことを」


「さぁ、そろそろつくぞ」


 兄上と一緒に過ごした住処につくと、一緒に久しぶりのご飯を食べた。


 久しぶりの家族との食事をかみしめ、楽しく談笑した。


「はぁ、なんか噓みたい。こうして兄上と楽しく過ごせる日がまたくるなんて」


「俺もだよ」


 兄上が病気になったとき、正直かなりきつかった。


 幼いころに親を亡くし、兄上だけが心の支えだったから。


 でも、今は兄上が生きていて、大切な人もできた。


 今思えば、ご主人様の暗殺依頼をした人には感謝しないといけないかも。


「…………やっぱり、アルルは笑っているときが一番きれいだ」


「きゅ、急にどうしたの?」


「本当に大きくなったなって思ってさ。それでだ、最近、ライン様とはどうなんだ?」


「え、普通だよ?まぁいろいろ駆け回っているけど」


「いやいや、俺が聞きたいのはそんなことじゃない」


「え?」


「ライン様との仲、どれぐらい進展したんだ?そろそろ接吻せっぷんぐらいはーーーーー」


「なぁ!?何言ってるの!バカぁ!!」


「げへぇ!?」


 ほほを淡い色に染めながら。兄上のほほを平手打ちした。


「い、痛い…………初めて妹にたたかれた」


「だ、だって急に変なことを言うから。そ、それには、べ、べつにご主人様のこと、す、好きじゃない、しぃ!」


「アルル、たとえ、貴族とメイドの関係であろうと、恋愛は別だ。愛さえあれば、乗り越えられるっ!それに、貴族様なら愛人だって作るだろうし、今のうちにしっかりとその体で誘惑をーーーーーー」


「兄上、それ以上言うなら」


 チャキンッ!


 っとクナイを取り出し、首元に押し当てて。


「その口、しゃべれないようにしますよ?」


 アルルの冷たい声に兄上は顔色が真っ青になる。


「ちょ、ちょっと待った!それだけはやめてくれ!!」


「まったく、兄上は突然、変なこと言うんですから。それに、私とご主人様がそんな関係になることはないと思います」


「どうしてだ?」


「私がこの関係に一番満足しているから。だから、このままでいいんです」


「そうか、まぁ今後の人生を決めるのはアルルだし、俺はそれを尊重するよ」


「ありがとうございます、兄上」


「でも、もしライン様に求められたらどうするんだ?」


「そ、それは…………専属メイドとしてこの身を捧げますよっ!」


 胸を張って堂々と言った。


「…………そ、そうか」


「なんですか、そのは!?恥ずかしくなるじゃないですか!」


「い、いや、そこまではっきり言うとは思わなくてな。アルル、本当にライン様とかかわって変わったな」


「…………そうかも」


 ご主人様と出会って、私の世界が大きく変わった。


 やっぱり、ご主人様を暗殺依頼した人には感謝しないと。


 こうして、1日があっという間に終わり、またメイドとしての1日が始まるのであった。





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