第29話 ミノタウロス討伐が終わった、しかし失ったものもある

 目が覚めると、ベットの上で寝ていた。


 見慣れた天井から、シノケスハット家の屋敷であることにすぐに気づく。


「俺は…………」


 ゆっくりと起き上がると、隣でぐっすりと眠っているノータと。


「アルルか」


「ご主人様…………おはようございます」


 涙をこらえながら、嬉しそうに頭を下げるアルルがいた。


「…………ミノタウロスは?」


「無事討伐に成功しました」


「そうか、討伐できたか」


 まぁできたのは当たり前か。


 とはいえ、厳しい戦いではあった。もし、アルルがいたら、ノータがいたらと一瞬考えてしまうほどにだ。


「アリステラ様は現在、シノケスハット家の屋敷で体を休めております。看病はネロさんが」


「なら、問題ないな」


 俺がゆっくりとベットから出ようとすると、その動きでノータが目をこすりながら目を覚ました。


「うぅ…………ライン………様?ライン様!?」


「うわぁ!?」


 思いっきり足を背中に回しながら抱き着いてくるノータ。


 すると、ビビッと体に電気が走る。


「いてて」


「大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ。だが、離れてくれ」


「やだっ!ライン様とアルルちゃんは私を置いていった。その分一緒にいるっ!」


「ノータちゃん!ご主人様の言ういことを聞きなさいっ!」


「いやだぁ!!」


「…………ノータ、離れろ」


「は、はい…………」


 ノータはしゅんっと小さくなりながら離れてくれた。


 優しく言ったつもりなんだが、どうも自分が言いたいことを言おうとすると少し強めな言葉になってしまう。


 これだけは本当にどうにかならないものか。


「ふぅ…………今からアリステラのところへ行くぞ」


「休まれないのですか?」


「十分休んだって、俺何日ぐらい寝てた?」


「約1日半ぐらいですかね?今お昼頃ですし」


「そんなものか…………」


 たったの1日か、まぁライン・シノケスハットの体だしな。回復するのも早いのだろう。


「着替えて、すぐにアリステラの容態を確認するぞ」


「わ、わかりました」


「ノータは大人しく、仕事に戻れ」


「わかった…………」


 ノータの表情が暗いのがわかる。


 言い過ぎたかもな。


「ノータ、今度、アルルと一緒に遊ぼう。それで機嫌を直せ」


「うわぁーーーーっ!うんっ!約束だよ、ライン様っ!!」


 嬉しそうに飛び跳ねながら、仕事に戻っていった。


「ご主人様も空気が読めるんですね」


「俺を何だと思っているんだ。それより、いくぞ」


「はい」


 俺はきっちりと着替えた後、アリステラとネロがいる部屋に向かった。


 ガチャっと扉を開けると、窓の外を眺めるアリステラとそれを眺めるネロがいた。


「ライン様!?お目覚めになられたのですねっ!!」


「あ、ああ」


 顔が近いぞ、ネロ。


「それより、アリステラだ」


 視線をアリステラに向けると、ニコッと笑みを浮かべた。


「お目覚めになられて私もよかったです、ライン様」


「アリステラも元気で何よりだ。…………隣座ってもいいか?」


「はい、喜んで」


 その光景にアルルが耳元でネロにささやいた。


「ここは空気を読んでくださいね」


「わ、わかってますよ」


 目覚めたばかりの俺だが、すごくすっきりとした気分だった。


 自分の実力の底も見えた気がしたし、それにこれから先のことを考えると今の自分のままではだめだってことにも気づいた。


 ライン・シノケスハットのスペックに頼り切っていては、たとえ自分の身を守らせていても、死ぬ可能性だってある。


 それに気づかされたんだ。


「アリステラ、まず謝らないといけない」


 そう言って俺は失った右腕を見た。


 アリステラはミノタウロスとの戦いで右腕を失った。


 その原因はすべて俺にある。


「お気になさらないでください。私は人々のために戦った。結果が良ければ、すべてよしってやつです」


「呆れた。たかが、数人のために右腕を失って、ふつうはよかったなんて言葉は出てこないぞ?」


「私は聖女ですけど、聖女になる前からこんな性格ですから。私は自分よりも人々を優先したいんです」


「愚かだな。だが、それがアリステラの考えながら尊重しよう。とはいえ、聖女が大けがどころか、右腕を失ったとなれば、聖人教会は黙っていないだろうな」


「安心してください。シノケスハット家の方々には迷惑をかけないようにします」


「…………別にシノケスハット家のせいにしてもいいんだがな。むしろ、そっちのほうが俺としては」


「それはいけませんっ!そもそも、私の方から誘ったことですし、それに右腕を失う程度で村の人たちの安全が守れたのなら、それでいいじゃないですか」


 右腕を失ってなお、笑顔を崩さず、むしろ前を向いている。


 本当に根っこから聖女しているんだな。


 いや、だからこそ、聖女なのかもな。


「まぁ、暗い話はここまでにして、念の為、容態を見せてくれ」


「わ、わかりました」


「左手を見せれくれればいいから」


 アリステラが左手を出すと、俺は左手に触れて、魔力を通して確認した。


「特に異常はないな」


「ライン様は医療にも精通しているのですか?」


「いや、普通に健康状態を確認しただけだ。専門家ほど知識はないぞ?」


「そ、そうですか…………」


 なんだ、この雰囲気は。


 少し気まずいというか、変な空気感を感じた。


「それじゃあ、俺はそろそろ…………ゆっくり休めよ」


「はい、お疲れ様です」


 俺はこの空気感から逃げ出すように扉の近くまで近づいた。


「アルル、いくぞ」


「はい」


「ネロもじゃあな」


「ライン様、改めて本当にありがとうございますっ!!この恩は必ず、お返しします」


「別に何もしてないがな」


 部屋を出ると、ノータが扉の前でそわそわと歩いていた。


「ここで何をしているんだ?」


「あ、ライン様っ!新しい魔法を作ったから、見て!」


「…………別にいいが、どんな魔法を作ったんだ?」


「ふふん、聞いて驚いて…………必ず妊娠する魔法っ!!」


 沈黙とともに、アルルの鋭いげんこつがノータを襲った。


「痛いっ!?何するの!!」


「ノータちゃんが変なことを言うからですっ!」


「でも、この世に一つしかない魔法だよ?妊娠しにく乙女たちの救いになる魔法なんだよ」


「へぇ…………それで本当の目的は?」


「この魔法を使って、ライン様と…………えへへへへ」


「やっぱり…………12歳のノータちゃんにはまだ早いっ!」


「早くないもんっ!私だってもう立派な大人だもんっ!!」


「12歳のどこが立派な大人ですか!!むしろ、12歳で妊娠なんて言葉を使うなんて、恥ずかしくないんですか?」


「恥ずかしくない。私は立派大人の女性だから」


 胸を張って言い切るノータにアルルがひきつった表情を浮かべた。


 本当に仲がいい二人だな。


「はぁ…………喧嘩するなら、外でやれよ」


「え、ご、ご主人様!?」


「ライン様!?せめて、この魔法の実験で一緒にーーーー」


「そんなことさせませんっ!!」


「はぁ…………本当に俺の知っているアルルやノータはどこへ行ったのか」


 誰にも聞こえない声でそうつぶやいた。


 そして数日後、ミノタウロス討伐の功績が称えられた俺は、皇帝主催のパーティーが開かれることになったことが知らされる。


 もちろん、主役はミノタウロスをを成し遂げた俺である。

 


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