第22話 すべてが罠だった、アリステラのもとへ

 シャルガーは地面を強く蹴り、正面から向かってくる。


「でりゃぁぁぁぁぁ!!」


 真上から振り下ろされた一撃を俺はなんなくと防いだ。


「くぅ…………あの暗殺者よりは手ごたえありそうだな」


「そうか」


 軽く薙ぎ払い、シャルガーを後方へ吹き飛ばすと同時に、一歩前に踏み出し、懐に入り込む。


「なぁ!?」


 そして、真横に振り切るが、ギリギリ届かず、シャルガーはさらに後方へ下がった。


「今のはひやひやしたぜ」


「…………思ったより、軽いな」


 俺は人との戦闘経験なんてない。だが、この体は自然とこなしてくれる。


 多分、ライン・シノケスハットに刻まれた技術が無意識で使えているんだと思う。


 剣も体が覚えているのか、正しく剣を振れるし、魔力操作も無意識で出来ている。


「どうした?かかってこないのか?」


「はぁ、そんな安い挑発に乗るわけねぇだろ。むしろ、お前から来いよ、雑魚が」


「あぁん?」


 シャルガーは眉を細め、不機嫌な表情を浮かべた。


「やっぱり、なめてやがるなぁ。いいぜ、ならこっちも本気で殺してやるよっ!!!」


 そう言ってポケットから黒い粒が入った瓶を取り出した。


 あれ、どっかで見たことがあるような。


 シャルガーはそのまま瓶の中に入っていた黒い粒をすべて飲み込んだ。


 すると。


「うぅ…………うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 メキメキっと筋肉が膨張し、赤い閃光が輝き、その身に赤いオーラを身にまとった。


「これが俺の本気だ!!」


 魔力が急激に上昇している。


 それだけじゃない、これはあれか、リーガーの時と同じ…………。


「シャルガー、お前何をしたんだ」


「あぁ?何をしたかって?教えるわけねぇだろ」


「そうか、なら死ね」


「死ぬのはてめぇだぁぁぁぁ!!」


 さっきまでとは段違いな速度で間合いを詰めるシャルガーは、魔力が奔流した剣をふるった。


 俺は右に大きくよけたが、シャルガーが振るった剣先が地面に触れた瞬間。


 ガンっ!


 地面をえぐり裂いた。


「これこそ、最強の力だ。一振りで地面を裂き、大地を割るっ!これなら、勇者にすら勝てるっ!!」


 たしかに、速度も一振りの威力も魔力の上乗せで極限まで研ぎ澄まされている。


 だけど、あまりにも魔力操作がつたない。


 あれじゃあ、いくら魔力量が多くてもすぐに底が尽きてしまう。


 これなら、持久戦で勝てそうだ。


「なんだ?今更ビビったか?だがもう遅いっ!!そう、もう遅いんだよ。お前がここに来た時点でな。さぁ、殺しあおうぜっ!!」


 魔力が込められた剣が次々に襲い掛かる。


「ご主人様っ!!」


 一振りが鋭く、地面をえぐり、周りの木々を切り裂いた。


 だが、一撃も俺には当たらなかった。


「くそっ!どうなってやがる!!」


「まさか、もうばてたのか?」


「なわけねぇだろ、ただお前がちょこまかと逃げるから…………」


「逃げるなんて言い方はひどいな。俺はただよけているだけだ」


「臆病者が」


「お前の剣がよけやすいだけだ」


「くぅ、なめやがって!!」


 頭に血が上り、正面から剣を振りかぶった。


 やっぱり、遅い。


 たしかに、早くなったけど、それでもまだ遅い。


 まったく、恐ろしく感じるよ、ライン・シノケスハットのスペックに。


 マジで、チートだわ。


 振り切った一撃をほぼその場から動かず、少し体を右に傾けるだけでよけた。


「なぁ!?」


 そして、俺はシャルガーの耳元でささやいた。


「いいか、これがお前と俺の…………実力の差だ」


 懐に入り、胸ぐらをつかんで、そのまま地面にたたきつけ、素早く右腕に剣を突き刺した。


 これで、シャルガーは剣を握れない。


「うぅ…………」


「これで、分かっただろ?」


「ば、化け物が」


 アルルはその光景に驚かざるおえなかった。


 なぜなら、ご主人様は魔力を剣の強度を上げる以外、使わずにシャルガーを抑え込んだからだ。


「ご主人様はやっぱり、強い…………」


 一方、シャルガーは自分がやられたことへの現実に怒りを覚えていた。


 奥の手を使い、確実にライン・シノケスハットを殺そうとしたのにこのざま。


 あの暗殺者とはまったくもって別次元の強さだった。


「ありえねぇ、ありえねぇぞ…………」


「ふん、そんなに勝つ自信があったのか?愚かだな、普通に考えて無理だろ?」


「なめやがって…………んっ!?」


 起き上がろうとすると、俺は突き刺していた剣をぐりぐりっとした。


 すると、苦痛の叫びが鳴り響く。


「さぁ、お前は負けたんだ。俺の質問に答えてもらおうか?」


「答えるわけねぇだろ」


「一つ目の質問だ」


「おい、聞こえなかったのか?俺は答えねぇって」


「ミノタウロスの件とかかわっているのか?」


「…………なんだ?ミノタウロスがそんなに気になるか?」


「やっぱり、かかわっているんだな」


「さぁな、その小さな脳みそで考えてみるんだな」


 シャルガーから一切の焦りが見えない。


 おかしい、どうしてこんなにも余裕な表情を浮かべていられるんだ。


 すると、後ろの茂みからガサガサっと音が聞こえた。


 パッと後ろを振り向くと木々の間から血だらけのネロが姿が。


「ライン…………さま」


「ネロがどうしてここに」


「あははははははははははははははっ!!」


 シャルガーが高らかに笑った。


「ライン様、アリステラさ、まが…………ミノタウロスに」


「それはどういうーーーーーーー」


「イヒヒヒヒ、やっぱり、最高だぜ」


「お前の仕業か、シャルガー」


「最初っから、俺は囮でな。俺たちの本来の目的は聖女を殺すことだ。時間稼ぎは十分できたみたいだなぁ!!どうだ?今の気分は?」



 俺は思わず、シャルガーの右腕を切り飛ばした。


「うぐぅ…………あははは、いいざまだ」


 完全にはめられた。


 シャルガーは最初っから囮だったわけだ。


「今から追いかけても遅いぞ、考えてもみろ。もうなん十分経っていると思う?」


 そうだ、ネロがここまで来て、知らせるのにかなり時間がかかったはずだ。


 今から追いかけたとしても…………いや、アリステラがそう簡単にやられるとは思えない。


 だって、彼女は聖女だ。


「絶望したか?なぁ!!絶望しーーーぐはぁ!?」


「うるさい…………」


 落ち着くんだ、俺。大丈夫、まだ間に合う。


 ふぅーっと深呼吸をした後、俺はアルルのほうを向いた。


「アルル」


「あ、はい」


「ネロを頼む。俺は今から、アリステラを助けに行く」


「無駄だぞ…………お前は間に合わない、絶対になぁ!!」


「…………そうか」


 俺はそのままシャルガーの心臓を突き刺した。


 初めて、人の命を奪った。


 なのに、何も感じない。殺した感触も不快には思わない。


 すぐにアルルはネロのもとへ近づき、応急処置をしようとすると、ネロは無理に起き上がり、俺のところまで近づいた。


「ライン様…………どうか、アリステラ様を」


「ああ、任せておけ。だから、今は休め」


「はい…………」


 そのまま安心するように気絶したところを、アルルが肩を持って支える。


「ご主人様、お気をつけて」


「アルルも油断するなよ」


「はいっ!!」


 俺はアリステラがいるほうへと向かった。


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