第19話 スピタ村へ、そして視線

 馬車から移動して数時間後、無事にスピタ村に到着した。


 住民の数、およそ100人未満、作物がたくさん育つ川付近に位置しており、シノケスハット家にかなり貢献している村だ。


「ここが、スピタ村ですか…………誰もいませんね」


 アリステラは回り見渡しながらそう言った。


「違うぞ、アリステラ。いないんじゃない、隠れたんだ」


「隠れた?」


「ご主人様の評判は最悪と言っていいですから、外に出ばれ基本的に避けられるんですよ」


「まぁ、しょうがないことだがな。それより早く、村長に会いに行くぞ」


 向かう途中、アリステラの顔色が少し暗かった。


 きっと、余計なことを言ってしまったとか思って自分を責めているんだろう。


 気にしなくてもいいのに。


 少し歩くと、周りの家より二周ふたまわり大きな家の前に到着する。


 村長の家だ。


 俺は扉の前でコンコンっとノックすると、ガチャっと扉が開く。


 すると全長2メートルほどある巨体が目の前に現れた。


 っと思いきや、ゴマのように両手をこすり合わせながら、腰を低くして口を開いく。


「ラ、ライン・シノケスハット様、今日はどのいったご用件でしょうか?」


「…………」


 びっくりした…………。


 ドキッとして一瞬、言葉を失った。


 普通、村長って杖を持ったおじいちゃんのイメージがあるんだが、実際は全長2メートルぐらいある村長って個性豊かすぎな。


「あ、ああ…………今回訪れたのは、ミノタウロスについての情報を聞きに来たためだ。急で済まない」


「いえいえ…………その、後ろの方々は…………」


「ああ、俺の専属メイドのアルルと、聖女のアリステラ様、そして護衛騎士の…………って名前聞いてなかったな」


「ネロです」


「護衛騎士のネロだ」


 すると、村長は汗をだらだらと滝のようにたらしながら、固まった。


「おい、聞いているのか?」


「せ、聖女アリステラ様!?少々お待ちくださいっ!!」


 村長は扉を閉め、家の中でものすごい物音が鳴り響いた。


「な、なんなんだ」


 少しすると、正装で現れた村長。


「どうぞ、お上がりください」


 聖女アリステラって聞くだけ、そこまで…………恐るべし聖女パワー。


 村長の家の中に入ると、素朴な感じで、周りの家に比べれば立派なものだった。


「それで、ミノタウロスの件についてですね」


「そうだ。俺が聞きたいのは、どこで見かけたのか、そして、ミノタウロスの特徴だ」


 本来、ミノタウロスはこの領土には生息していない。


 なのにこうして、目撃され、被害が出ているということはつまり、人為的な可能性が考えられる。


 誰かが、放った可能性。もしそうなら、どんな理由で放ったのか。


 考えられる可能性はいくらでもあるが、現状いくら考えようと妄想にすぎない。


 ここは一つずつ、確認していく必要がある。


 村長は唾をゴクリっと飲み、ゆっくりとしゃべりだした。


「見かけたのは私ではなく、この村で農家をしているものなのですが、仕事をしている最中、赤い光を見たそうで」


「赤い光?」


「はい、それで追いかけてみると、二つの角と右手に斧を持ち、赤い毛皮を身に包むミノタウロスを見つけたようなのです。その農家の男はばれずに逃げ出し、すぐに私に報告してくれました」


「…………特徴はミノタウロスと一致手しているな。ただ…………赤い毛皮か」


「聞いたことがありませんね。ミノタウロスは基本的に茶色い毛皮を身を包む魔物だと聞いていますが」


 アリステラの言う通り、ミノタウロスは茶色い毛皮を身に包んでいるのが特徴だ。


 それに赤い毛皮に身を包んだミノタウロスなんて、俺は知らない。


「ごくまれに変異種と呼ばれる魔物が生まれると聞きます、ライン様」


「変異種?」


「はい、変異種だと断定する条件は様々ですが、ミノタウロスにはない特徴があるなら、その可能性が考えられるかと」


 たしかに、ネロの言う通りだ。


 変異種、そんな設定があったな。


 よし、その線でいこう。


「その後、ミノタウロスはどこで目撃された?」


「私が知る限りですと、南側にある村で一回だけ目撃情報があります。しかも、多少の被害が出たとか」


 これも俺が持っている情報と一致している。


 噓はないな。


「ありがとう、感謝するよ、村長。お礼はまた別で送る」


「お、お礼ですか!?」


「協力してくれたんだ、お礼ぐらいするだろ?それともあれか、俺のお礼が受け取れないと?」


「いえ、そんなことはございません」


「目撃情報があった村っていうのはーーーーー」


「南から約2キロ先、ルータ村です、ご主人様」


 アルルは即答した。


「よし、なら次はそっちに向かおう。ありがとう、村長」


「お力添えに慣れて光栄です」


 被害の少ないところを見るとやはり、ミノタウロスは迷わず南下しているのは間違いないな。


 ただ、探し出すのは苦労しそうだ。


 村長の家から出ていこうとすると、村長が足元で頭を下げ、膝をついた。


「失礼ながら、ライン・シノケスハット様。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「なんだ?」


「まさかとは思いますが、ミノタウロスを討伐しに?」


「もちろんだ。シノケスハット領土を踏み荒らし、ましては大切な民に危害を加えたんだ!討伐しないわけにはいかないだろ?」


「なぁ…………」


 村長は驚いた顔をした。


 それもそうだ。こいつらにとってのライン・シノケスハットは冷酷非道な男という印象しかないのだから。


「ほかに聞くことはあるか?ないなら、いくぞ」


「あ、申し訳ございません、お時間を取らせてしまい…………」


 村長の家を出て、馬車を止めた場所へと向かう。


「ライン様、つらくないのですか?」


「うん?辛い?なわけないだろ。もう慣れている」


 アリステラの顔はまだ暗かった。


 アリステラだって俺の事情を知っているだろうし、どうしてそこまで、人の痛みに共感するのかわからない。


 いや、アリステラだからこそ、共感してしまうのか。


 聖女としての役目は勇者の選定、神の言葉の代弁、そして、人々の悩みを聞くこと。


 彼女は聖女だからこそ、共感し、同じ痛みを感じようとする。


 やっぱり、彼女は根っこから聖女なんだ。


「気にするなよ、俺のことなんて、それにそんなことでいちいち気にしてたら、足元をすくわれかねない。今はミノタウロス討伐だけに集中しろ、いいな?」


 っと言って頭を軽く撫でた。


「ひゃあ!?…………あぅ……はい」


「ライン様、変な行動は慎んでくださいっ!」


「別に変な行動はしてないぞ。ただ、今はミノタウロス討伐に集中しようって言っただけで」


「その…………あれだ、あれ!わざわざ、聖女アリステラ様の頭をなでる必要はないでしょっ!」


「たしかに、嫌だったらすまない。悪気はないんだ、今度から気を付ける」


「いえ、その別に嫌では…………」


「アリステラ様っ!?」


 目線をそらし、ソワソワするアリステラと動揺が隠せないネロ。


 この2人、思ったより仲がいいのかもな。


「とりあえず、馬車に向かうぞ」


 馬車に到着し、乗ろうと足をかけたところで俺は後ろを振り返った。


「ご主人様?どうかされましたか?」


「いや、なんでもない…………」


 一瞬、鋭い視線を感じた。


 気のせいか?


 俺はそのまま馬車の中へと入り、ルータ村へ向かった。


 

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