13.死神

 炎が真紅の顎を開く。チロチロと、舌が蠢く。見えぬ力が総てを拘束し、

『何者をも逃れられぬ、運命。すべてに等しく降り掛かる未知なるものなり』

 名乗りそのままに、少女の衣服を剥ぎ、皮膚を焼き、肉を裂き、骨を喰む。一切の抵抗を許さずに、少女の総てを奪い去る。

 それでも、五感総てを奪われ、暗闇の中に放り出されても、少女は。それでも、上を仰ぎ見る。

 泥に視線を落とすのでもなく、壁を見つめるのでもなく、尚も空を見上げる。諦めることなく望み続ける。求め続ける。

 故に。

 闇の中、遥か彼方に光が一点灯ったのは、必然にして、当然。そうでなければ、いけない。そうでないならば、世界の方こそが間違っている。

 少女は、手を伸ばす。何もかも奪われても、屈することなく、求めて、目指す。光を、光のその先を。震えながら腕を伸ばし、もどかしいほどにゆっくり足を持ち上げる。思い通りにならぬ体を叱咤しながら、でも確実に着実に、前へ進む。何度、体勢を崩し突っ伏そうとも、決して諦めない。その様は滑稽で、だからこそ。誰にも笑うことなど許されない。

 永遠に等しいような、刹那でもあるような、曖昧な時が流れ、遂に少女は光に辿り着く。指先が光に触れる。

『されど、晦冥の輪を潜らば、形を変えて、再び在る事を約束するものなり』

 声が光と共に、押し寄せた。

 少女を縛る呪縛の鎖が、砕ける。声が言葉が、力となって、少女の背中を後押しする。さあ、行け。君は自由だ、と。

 導かれるように軽くなった両の腕を動かした。

 一度。風を生む。

 二度。風に乗る。

 三度。風に為る。

 そう、羽ばたく。

 光さえ突き抜けて、真っ直ぐな軌跡を描き、空を往く。

 力の限り、何処までも、何処までも。

 純白の輝きは、羽ばたいて行く。


 あとにはヒトヒラ残された純白の羽を手に苦笑いを浮かべた採魂の鎌の担い手が一人。

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