第2話 手袋

 『春の一斉討伐週間』と、トーナが勝手に名付けている騎士団と冒険者揃い踏みのイベントがついに開催された。


「こんな大々的にやったら盗賊は逃げちゃうでしょ」

「それでいいんだよ。とりあえず治安回復が一番の目標だから」

「なるほど」


 ランベルトはトーナの隣にニコニコして立っている。王都から少し離れた場所に拠点が作られ、いくつかの組に分かれて既にを始めていた。


 飛竜のロロは今日も嬉しそうにトーナの周りを飛び回っていた。すでに体は大型犬ほどの大きさになっており、もはや容易に人を殺せるだろう力もある。


「ユニコーンに次ぐ、使役魔物になるかもしれません!」


 飛竜のロロと言えばこの人、興奮気味のサニーももちろん一緒だ。屋敷内にいるのとは違うロロの様子を見ることが出来るので、彼も嬉しくてたまらない。


「そうだねぇユニコーンがいるといいよねぇ~貴族だけじゃなくって平民にも利用できるようになるとねぇ~まあ俺たぶん噛まれるけど!」


 ランベルトが笑って言うのを、少し引き気味に近くにいる他の冒険者が見ていた。ユニコーンはかなり温厚な生き物だ。ランベルトはそれにすら攻撃される素質を持っている。ロロが今ランベルトを攻撃しないのは、あくまでトーナが駄目だと言っているからだ。


「あぁ揃っているな! 見送りに来てやったぞ」

「うわ~重役出勤ムカつくわ~」

「まあそう言うな。金庫を買ってやっただろう」


 オレに金庫の中身でなく金庫そのものを買ったのはお前が初めてだ、と満足そうに登場したのはリーノである。


「品薄だったからなかなか難儀したぞ」


 とも。


「次外堀から固めてきたら、ロロにお屋敷で自由に振舞うように言って聞かせるからね」


 トーナは今回この一斉討伐に参加することになったことを、今でもグチグチ文句を垂れていた。不意打ちもいいところだったからだ。


「おぉ怖い。肝に銘じておこう」

「んあぁぁぁ! その顔ムカつくー!!!」


 だが、ロロがジトリとした目でリーノに視線を向けていることに気が付くと、すぐに軽口を叩くのをやめた。飛竜にどの程度冗談が通じるかわかったものではない。

 ランベルトは苦笑しながらリーノに助け船を出すかのように、トーナ達を促した。


「じゃあそろそろ俺達も行こうか」

「そうね。ここでグダグダやってたら魔物が集まってきちゃうし」

「トーナも言うようになったなぁ」


 今回ランベルトとトーナは一部の騎士団と組むことになっている。彼女達の担当は魔物をあまり見かけない、王都への主力街道とは離れた細道だ。

 ベルチェは今、王都で店番をしてもらっている。なぜならトーナの錬金術店特製の冒険者初心者セットがそれなりに売れており稼ぎ時だからだ。それに騎士団の中にはベルチェの姿を知っている兵がいる可能性もあり、面倒ごとを避ける狙いもあった。


「第三騎士団団長のフィーランだ。挨拶が遅れてすまない。よろしく頼む」 


 胸元には魔術師の証であるブローチが光っている。


 この国の騎士団はいくつかの団体に分けられており、第三騎士団は主に王都周辺の護りを担当していた。そのトップにいるルーカス・フィーランは真面目な男で、冒険者ギルドのギルドマスターとも旧知の仲だったので、すでにトーナの実力については聞き及んでおり、錬金術師だからと危険な場所に向かわせることを心配してはいなかった。


 ロロの噂を聞いてからというもの、騎士団は飛竜の有用性について大変期待していた。竜種は他の魔物すらその存在を恐れるので、連れ歩くことが出来れば魔物除けになる。万が一他の魔物と出くわしても、飛竜にしてみれば相手はわざわざ出向いてくれた餌だ。


(うーん。ロロを前にしてビビッてないわね~流石だ)


 ほとんどの人間は、急いでロロから距離をとる。


 フィーラン騎士団長は堂々としていた。ロロがまだ幼い竜だからではなく、彼自身竜種に負けてたまるかと日々鍛錬を積んでいるからだ。今回彼は討伐の戦力としてではなく、飛竜の力をその目で確認するためにこの場にいる。ランベルトがいる以上、彼の出番はないに等しい。


「お! 出ましたよ~」


 無理やりついてきたサニーが魔物を見つけてワクワクしている。ロロの勇ましい姿を見るのが好きなのだ。ロロの方はチラっとトーナの方を確認する。


「あれは全部食べちゃっていいよ」


 彼女の言葉を聞くとすぐに、飛竜に気付いて逃げ出したイノシシに似た魔物を追いかけ、その鋭い爪で仕留めた。そのままムシャムシャと食事タイムだ。


幼竜の効果魔物を遠ざけることよりランベルト殿の体質の方が上回りましたね」

「予想通りじゃないですか。どんどん行きましょう!」


 それほどランベルトの魔物引き寄せ体質は強力だということもわかった。飛竜の気配すら消し去ってしまう。


 ランベルトがこの魔物があまり出ないエリアに選ばれたのは、この時期に徹底的に狩っておけばその後1年、滅多に魔物が出ることのない、安全なルートになるからだ。


「おぉ! スライム!」

「あ! それは電撃で絞めちゃって!」


 ロロは指示通りに口からの電撃玉をスライムにぶつける。その後も続々と出てきたそれらを全て同じように行動不能にしていた。


「はい皆さん~ファニファロの手袋ですよ~! こうやって、ズボッと手を入れて核を取り出してくださ~い」


 スライムにはまだ電気が残っているようでビリビリとしていたが、ファニファロの皮で作った手袋をするとその電撃ダメージを受けることがなかった。

 トーナに言われた通り、下っ端の兵士やサニーはいそいそとスライムから核を取り出す。兵士も戦力過多にやることがないので、快くトーナの採取の手伝いをしてくれていた。


「あ! これこの間の?」


 ランベルトは自分のが使われて嬉しそうだ。


「そうそう。ファロファニは耐火防水ってのは有名だけど、実は耐電能力もあるんだよね~」


 スライムは弱いが、生きたまま核を取り出すのはなかなか手間だ。それでロロに動きを止めさせた。


「取り出した核はこっちの袋で~あ! そいつは食べて大丈夫!」


 これまたファロファニ製のアイテム袋に核を入れながら、改めて現れた魔物を見て、ロロに指示を出し続ける。


「大方例年通りですね」

「そのようですね……タルパロスモグラの魔物の穴らしきものがあったと報告がありましたが、もう遠くへ行ったのかも……」


(タルパロスか~……爪を加工するといいシャベルが出来るってフィアルヴァの本に書いてたな)  


 フィーラン騎士団長と目が合う。何かを期待している目だ。

 

「……ロロ~地下……地面の気配を探ることは出来る?」


 そう言いながら大地を指さした。


「何かいそうだったら教えて欲しいんだけど」


 ロロはトーナに頼られたことが嬉しかったようで、鼻先をヒクヒクとさせ、地面スレスレを飛ぶ。そうして急に何かの気配を察知したようにピュー!!!と高速で移動し始めた。


「素晴らしい!」


 今のはサニーではなくフィーラン騎士団長の歓声だ。

 追いかけてみると、ロロはすでに地面を掘り返してタルパロスを仕留めた後だった。鋭い牙でその魔物の喉元を捕えている。


「爪だけ回収したいの。少し食べるの待てる?」


 相変わらずキューキューと鳴きながらトーナにその獲物を持ってくると、大人しく地面に座って、彼女が解体するのを待っていた。


(いや~私もやれるようになったもんだわ~)


 魔物の解体なんて出来る日がくるなんて思わなかったが、師フィアルヴァにどれだけごねてもさせられたのでいつの間にか慣れてしまった。


(前世じゃ蛇の抜け殻にだってビビってたってのに)


 今じゃあそれを手袋にして、他の魔物を解体しているときている。


「手際がいいね」

「慣れよ慣れ慣れ」


 ランベルトが大きな魔物の体を押さえて手伝ってくれていた。これだけ食べればロロもお腹が満たされるだろう。


 こうやって『春の一斉討伐週間』の初日は終わった。これを各エリア数日繰り返していくのだ。


「トーナ殿、王国の兵として働く気は? 飛竜と一緒に」

「な、ないです……」

「ふむ。やはりそうだな。いやすまない。困らせるような質問を」

「いえいえ」


 一瞬ドキリとしたが、フィーラン騎士団長は話の分かる男だった。


「飛竜を幼い頃から育てるとこれほど人間にとって頼もしい存在になるとは」

「タマゴから孵った時点でその場にいる必要がありますが……仰っる通りだと思います」


 答えたのはサニーだ。とても誇らしそうにしている。


「ただ主は1人だけ。僕くらい側にいるとお目こぼしくらいはあります。おそらく仲間として認められました」


 それはもう自慢気にウットリとしている。サニーは最近、ロロに認められたと実感していた。とは言え触れようとちょっかいを出せば死なない程度に反撃をされる。トーナからの怪我をさせてはダメだという言いつけは守りながらギリギリを攻めてくる。


「前ほど、どさくさに紛れて一発当ててやろう、って思われなくなってる気がします」

「フームなるほど……」


 その答えでフィーラン騎士団長は満足のようだ。


「その内騎士団の中にも飛竜部隊なんてのが出来るんでしょうか」

「十分考えられるが……まずは飛竜のタマゴの調達からと考えるとなると……」

「そうですねぇ~あの場にいましたけどなかなか大変でした」

「じゃあやはり繁殖?」

「そもそも飛竜の雌雄はどうやって見極めるんだ!?」


 トーナとサニーそれにフィーラン騎士団長が夢中で話し始めたのをロロは頭を傾げて聞いていた。


「はいはい皆さん。明日もありますから今日はお終いにしましょう」


 いつもとは様子の違う上司フィーランの興奮気味な姿に、呆気にとられている兵士達を見て、笑うのを堪えるようにランベルトが会話に入って来た。あたりはもう真っ暗だ。


「はっ! す、すまない……私としたことが……」


 真面目な顔が赤くなったフィーラン騎士団長を見て、彼の部下達は少し嬉しそうな顔になっていた。真面目な上司だが、たまにこういう可愛いところもあるのだ。


「で、ではまた明日! 各自よく休むように!」


 解散の号令をかけても、まだ少し赤いままのフィーラン騎士団長だった。

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