第10話 予感

 最近トーナの店には冒険者が多くやってくるようになっていた。これまでは、二日酔い止め薬の店、というのが一番強いイメージだったのが、魔物討伐での彼女の活躍を聞いて、興味本位でやってくる人が増えたのだ。


(このチャンスを逃がす手はない!)


 これ見よがしに冒険者向け特設コーナーと名付けた一角を作り、砕くと真水がでてくる【泉石】や、寒さが和らぐ【保温クリーム】、さらに疲労回復効果のある【糖蜜飴】を売り出した。


「アンタがランベルトさんと飛竜倒したんだって? ……本当に?」

「あくまでサポートですよ! あ、でも彼がくるまで耐えたのは本当です!」


 あくまで目立ち過ぎないよう謙虚に、だが冒険者の驚きは損なわないようにイメージ操作をする。


「そりゃすごい!」


 竜種相手に死なずに持ちこたえただけで、十分称賛に値する。この時点でトーナは【それなりに実力のある錬金術師】という肩書きをゲットし、その実力者が作った錬金術のアイテム、ということで売り上げを後押ししていた。


「ルヴェール島へはいつ行かれますか?」


 商品を補充しながら、ベルチェと今後の予定の相談をする。ルヴェール島には、薬瓶の発注に行くのだ。

 ロロに会いに頻繁にリーノの屋敷に出向いていたり、商品の種類を増やした関係で、休日もほとんど在庫作りにあてていた。


(うーん。これが自営業……)


 忙しいが止まるわけにはいかない。だが毎日充実している。前世のように、朝が来ることが怖いと感じることはない。


(今は頑張りドキね! 安定したらきっとのんびりできるはず!)


 そんな希望を抱きながら働いている。


「薬瓶がないと作りようがないしね。今からなら夕方には戻れるわね……店番よろしく!」

「わかりました」


 トーナの使う薬瓶は、王都の側にあるルヴェール島のガラス工房に特注で作ってもらっていた。


「宮廷魔具師が通信用の魔道具開発中っていう噂があったけどどうなってんのかな~?」


 前世の煩わしく感じていたお手軽な連絡手段が今は恋しい。この世界ではまだ電話一本でお手軽発注とはいかない。


(休日になる職場からの電話がストレスだったのよね~)


「フィアルヴァが城を出る年にアドバイスしてから進んでなさそうですね」

「ってことはまだ使えるのは城内だけか~」


(インターネットでポチッと買い物なんて夢のまた夢ね)


 そんなことを懐かしみながら出かける身支度を整えていると、少し乱暴に店の扉が開く音が聞こえた。


「すまないが店の中を改めさせてもらう」


 憲兵が2人、厳しい顔をして入ってきた。彼らは所謂警察機能を備えた兵士で、下手に抵抗したらその時点で牢屋行きの可能性もある。


「え!?!?」


(何かした!?)


 その時すぐにトーナの脳裏に浮かんだのは、師フィアルヴァ。彼が何かをやらかして、彼の所有物だったこの店に家宅捜索が入った、という可能性だ。


 店内にいた客も少し怯えているのがわかる。


 憲兵は店の中、そして地下から3階まで、もちろん工房の中もドタドタと歩き周り、あらゆる扉を開いていた。そして最後にトーナの前にやってくる。


「急に失礼した。協力感謝する」

「あ、はい」


 突然の訪問者は呆気に取られたトーナの表情を確認すると、またドスドスと店を出て行った。


「なに……いまの……」

「なんかあったんだろな。今日よく見かけるぜ」


 店にいた冒険者が教えてくれた。


「さっきイザルテの錬金術店にも入って行ったの見たぞ」

「あー! 大騒ぎしてたのアレか!」


 店内にいた客達も不穏な空気から解放された安心感から一斉に話し始める。

 何やら錬金術店を中心に、薬草屋や道具店などにも憲兵が何かを調べに入っていることがわかった。


(よかった……師匠絡みじゃなくて)


 だが、どうにも胸のザワザワはなくならなかった。


◇◇◇


 トーナの錬金術店があるエルキア通りは馬車が来てもギリギリだがすれ違えるくらいの広さがある。だが王都の中心部を一度離れると、そこには迷路のような道が広がっていた。


(えーーーっと、この階段降りたらあのグリーンの扉のパン屋のとこ右に曲がって~……)


 港へのショートカットコースだ。だがまだ彼女はしっかりこのルートを覚えていない。憲兵が店に来たことによって、予定より出発が遅れたので、自分の記憶をアテに一か八かで選択した。


(昼一番の船に乗らないと、帰るの遅くなっちゃうしな~)

 

 今の時期は暗くなるのも早い。少しだけ焦って早足になる。


「わっ!」


 曲がり角を曲がる瞬間、見覚えのある青年とぶつかりそうになった。

 よろけるトーナの腕を掴み、優しく引き寄せてくれたのは、先日酔っ払いに絡まれていた黒髪の青年だ。


「また会ったね!」


 ぱぁっとほころぶように笑う青年に、トーナは思わず見惚れた。


(綺麗な顔~!)


 が、残念ながら最近のトーナは日常的にイケメンを見ているので必要以上に反応することはない。


「失礼しました! それでは急ぎますので……」


 軽く礼を言って、そそくさ立ち去ろうとする。

 今日もお付きが近くにいる気配はない。


(貴族か金持ちかわかんないけど、訳ありと見た!)


 だから出来るだけ避ける。すでに訳あり癖ありイケメンお腹いっぱいだと、目を逸らして立ち去ろうとする。


 なのに……、


「つれないね。せっかくまた出会えたのに」


(げっ! やっぱり変なヤツだった!)


 嬉しそうな顔のまま、トーナの顔を覗き込んだ。


「君、名前は? この間のポーションのお礼もしたいんだ」

「名乗るほどの者ではございません」


 だが運は青年の味方だった。


「おぅ! トーナじゃねーか! なんだぁ~いい男連れて~ランベルトが泣くぞ~!」


 顔馴染みの冒険者だった。ちょうど彼も港からの帰り道にこのルートを使っていたのだ。


(んもぉぉぉぉぉ!)


 トーナからの殺気を感じ、その冒険者はじゃっ! と、逃げるように去って行った。


 彼女の隣にはニコニコとした青年が。


「よろしくトーナ」

「どーも……」


 少し離れたところから足音が聞こえる。その瞬間、青年はスッとトーナの側を離れ、


「私はレオーネだ。また会おう!」


 そう言ってトーナがやってきた方へと走って行った。


(勘弁してくれ…)


 向かいからはトーナの店にやってきたのとは別の憲兵が歩いてくる。


(まさか……おたずね者!?)


 その答えは翌日すぐにわかることに。


 トーナの店を例の黒髪の青年と、今日は厳しい顔つきのお付きも一緒だった。


「人払いを」


 お付きが偉そうに言い捨てるのをレオーネはすぐに諫める。


「すまない。個人的にお願いしたいことがあるんだ」


 丁寧に頼んで来ているというのに、なんだか独特の威圧感がある。

 結局テーブルと椅子だけ置いた、2階の客用の部屋に2人を通す。


「よくここがわかりましたね」


 まさか名前だけで店まで調べられるとは思いもしなかった。


「それほど難しいことではなかったよ。君は自分が思っているより界隈では有名だと自覚した方がいい」


 ドキリとしているトーナを見て、小さく笑っていた。


(バ、バレてる!?)


 そしてトーナの心を見透かしたように、


「君に頼みたいことがあるんだ。大賢者フィアルヴァの弟子トーナ」

「ウワァァァァ!」


 思わず頭を抱えるトーナを見て、レオーネは今度は大笑いだ。


「そうだよね。わざわざ隠しているのに正体見破るような真似をしてわるかったよ」

「なんで笑うのー!? つーかアンタ一体何者!?」


 その瞬間、お付きがすごむ。


「無礼だぞ!!!」

「こらこらリッキー。私は今レオーネだよ……って話が進まないか」


 そうしてゆっくりとトーナの方に向き直ると。


「私はレオハルト・アルデバラン。アルデバラン王国の第2王子です」


 どうぞお見知り置きを。と、トーナの手の甲にゆっくりキスをした。


「はぁぁぁぁ!?」


 トーナの叫び声は1階の店舗まで響いた。


「あはは! いい反応だ」


 王子は満足そうに頷くと、今日の本題を話し始めた。


「変装薬~!?」

「そう。フィアルヴァのレシピじゃないと上手くいかなくてね」


 彼の本来の姿はプラチナブロンドに鮮やかなグリーンの瞳だ。それがフィアルヴァの変装薬のお陰で黒髪黒目になっている。


「王族の血を受け継ぐ者は魔防に特化した体質の人間が多くてね。ポーションなんかも他人よりは効きづらいんだよ」

「へぇ~」


 王族なんて縁がなくて知らなかった。というより興味もなかったトーナの返事は軽い。


 レオハルトは王宮でフィアルヴァの隠し部屋を見つけ、そこに置いてあった変装薬を使って度々城を勝手に抜け出しては王都を練り歩いていた。それがついに底を付きそうだった為、代わりになる薬はないかと、錬金術店を練り歩いていたのだ。


「最近ついにバレちゃってね……昨日が最後のチャンスだったんだけど、最後の最後で君に出会えた。運命のようにね」

「はぁ……左様で……」


 明らかに冷めた目のトーナの様子をレオハルトはまた面白そうに見ているが、お付きのリッキーはそんな態度のトーナに不満そうにしている。


「王宮に残っているフィアルヴァのレシピじゃ、なぜか同じ効果が出なくてね。昨日君の存在を知った時の興奮がわかるかい?」


(わかりたくね~~~……)


 とはもちろん言えない。


「つまり、レシピを渡せと?」


 トーナはため息混ざりで聞いた。レシピは錬金術師にとって資産だ。普通はおいそれと渡すことなどないが、今回は相手が悪い。国一番の権力者、王族と来ている。


「まさかそんな!」


 本気でそんなつもりはなかったように、レオハルトは慌てて首を振る。


「単純に変装薬の依頼だよ。君に頼みたいんだ」


(なーんか……胡散臭いな……)


 先ほどから薄々感じていたものがどんどん形を作り始めているような気がしてきた。そもそも街中を護衛もつけず1人歩き回っているような王族なんて。常識外れもいいところだ。 


「……それって断れます?」

「断ってみるかい?」


 今度は目が笑っていないのがわかった。絶対に断らせるつもりがない。


「……喜んで引き受けさせていただきます!」


 トーナはもうヤケクソだった。


「安心してくれ。君の嫌がることはしないよ。フィアルヴァの名前を出すとか……ね?」

「お心遣い感謝します!!!」


(コイツ~~~~~!!!)


 また変な縁を結んでしまったと、トーナはその夜、久しぶりにやけ酒をした。

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