第3話 冒険者ギルド

 今日は定休日。あの大雨の日からずっと気持ちいい秋晴れが続いていた。店の奥の工房アトリエから、ぐつぐつと小さな音が聞こえてくる。

 アレンとの一件があった後、冷静さを取り戻したトーナは頭を抱えていた。


「やべ~……やりすぎちゃったかな!?」

「貴族相手にあの態度でしたからね」


 この国、少々貴族相手に口が悪かったからと言って刑に処されるなんてことはないが、権力者にたてついて別にいいことはない。


「あの時はイラっとして、やり込めたら何とかなる! って思ってたけど、大貴族相手に不敬過ぎた!?」


 その時は怒りに任せて楽観的な思考になるが、後から後悔することが多い、という自覚がトーナにはあった。それも前世から。


(全然成長してない……)


「まぁ、勝ったわけではないですが負けてもいないのでアチラも風潮することはないでしょう。平民上がりの錬金術師と同レベルなんて彼らのような人間からしたら汚点です」


 歯に衣着せぬベルチェの言葉に、そこまで言う!? っと批判をしながら、

 

「もう少し粘れば勝てたのに! ベルチェが強制終了させるから~」


 トーナは責任転嫁するように、わざとらしくグジグジと言い訳を始めた。


「雨の中大口のお客様がいらしてくれていましたし、何よりアレン様とトーナの実力は拮抗していましたからね。お待たせするのは良くないと思って」

「やっぱり!? アイツ強かったよね!? ショックなんだけど~!」

「オルディス家の人間ですからね。ご実家で厳しい訓練を積まれたのでしょう」

「ふーん……」


 オルディス家は国境のすぐそばにある【魔の森モンストルム】と呼ばれる世界でも有数の魔物の巣窟からあふれ出る怪物から国を守っていた。トーナはそのことを知識として知ってはいたが、それでも同世代で自分にかなう人間がいたことに驚いていた。それはアレンも同じではあったが。


「まぁオルディス家があれこれ難癖つけてきたら師匠の名前出せばいいか……」

「決意が鈍るの早いですね」

「それを言わないで~!」


 トーナは師である大賢者フィアルヴァの名前を出すのを嫌がっていた。名前が大きすぎて、それを出せば権威や評判が高まることは間違いないが、また別の騒動に巻き揉まれるに違いないからだ。


「では、大口のお客様の方を処理していきましょうか」


 その大口のお客様というのは、冒険者ギルドのギルドマスターだったのだ。それも王都のギルドマスターと言えば、各支部の冒険者ギルドの中でもトップクラスの地位にいる。


「魔物の大規模討伐か~」

「王都のギルドが駆り出されるぐらいですから竜種が関わっているか、相当なが発見されたのかもしれません」


 今回の依頼は、きたる大規模魔物討伐(仮)に向けて、ポーション量産の依頼だった。これは王都にあるどの錬金術店にも依頼している事柄だが、わざわざギルドのトップがトーナの店にやって来たのには別の訳があった。


「上級ポーション完全買取りってよっぽどヤバいのいるってことじゃん」


 上級ポーションは材料費も作製時間も必要だ。ストックしている錬金術店も少ないので、あらかじめ依頼が出ることが多い。トーナの店のように小さく新しい店にまで話がいっているということは、かなりの量を確保予定だということがわかる。それも全部事前に買取りという、錬金術師に断られないように配慮までされていた。


(まず間違いなく使うってことだよね~)


「その討伐に錬金術師が同行というのも珍しい話ですね。まぁフィアルヴァの弟子と知っていれば声をかけたくなるのも当然でしょう」


 誇らしげなベルチェとは裏腹に、トーナは苦笑いだ。


「師匠の知り合いで師匠に好意的な人初めて会ったんだけど」

「フィアルヴァの無茶ぶりに耐えられる人間だからこそ、ギルドマスターにまでなれたのです」

「なるほど……」


 王都のギルドマスターであるベルナルト・バルトンからの依頼は、上級ポーションの作製と大規模討伐への同行依頼だった。その場で必要なアイテムを見極めて、その場で錬成してもらいたい、という話だ。だが前線を嫌う錬金術師は多いので、手っ取り早くOKを貰えるトーナを訪ねてきた。


「まさか師匠がわざわざ手紙まで書いてたなんて……」


 大袈裟にため息をつく。フィアルヴァは旧知の仲であるバルトンに自分の弟子が王都で店を構えたことを知らせ、何かあれば使、と手紙をしたためていたのだ。


「フィアルヴァは騒がしいのが好きですから。それをバルトン様もご存知で誘ってくれたのでしょう」

「私も師匠と同類って思われてるってこと!?」

「いらした時はそうだったかもしれませんが、その認識はもうないでしょう」


 バルトンは非常に礼儀正しく常識的な態度をとるトーナとのやり取りに、逆の意味で面食らっていたようだった。それからどう考えたのか、


『苦労したんだなぁ』


 と、同情的な態度になって何も言っていないのに報酬が引き上げられた。


(師匠に虐げられたせいだと思われた!?)


 実際はただの前世で身に着けていた営業スタイルなのだが、ずっと大賢者の側で修行していた娘がそんなスキルを備えているとはバルトンは想像もしなかったのだ。


「……なんにしても、私が大賢者の弟子であること黙ってくれるのは助かるわ」

「見た目もあって豪快な人間に見られがちですが、昔から細やかな配慮の出来る人でした。口は堅いので心配はいらないでしょう」


 ベルチェの記憶なら間違いないので、本当にそうなのだろうとトーナは納得した。


「まあこんな美味しい話もそうそうあるもんじゃないよね。ラッキーだと思おう」


 開店したばかりの錬金術店への大口注文なんて、通常ならありえない。トーナの実力だけではなく、師の存在を知っている人間だからこその依頼なのだ。


「あの~すみませーん~!」


 珍しく庭の奥の小道から人の声が聞こえる。ご近所さんなんかはたまにこうやって声をかけてくるが、トーナもベルチェもこの声に聞き覚えはない。 


 背の高い男が庭の裏門の外から手を振っていた。燃えるような赤い髪の毛は刈り上げられており、人懐こい笑顔をしている。年はトーナより3つ4つは上そうだ。


(マジで誰!?)


 暖かなオレンジ色の瞳がトーナと目に映ると、さらに嬉しそうに手を振るスピードがブンブンと早くなる。だが、休日に尋ねてくる人物など思い当たらず、トーナの頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいることに気が付いたようだ。


「ごめんなさい! 俺、冒険者ギルドから……というか、バルトンさんから言われてきた冒険者です。ランベルトって言います」

「あぁ! それは失礼しました。どうぞどうぞ!」


 ギルドマスターのお使いだとわかり、トーナは急いで招き入れる。大口のお客様だ。丁重にもてなさなければ。


(ランベルトって……どこかで聞いた名前……なんだっけ?)


 本人に失礼をしてはいけない。あとでこっそりベルチェに確認しようとトーナは心の中で彼の名前を反復した。


「わぁ~これが工房……初めて中をみました……ワクワクしちゃうね!」

「工房と呼ぶほど大きくはないんですが」


 急いで作業場の机を片付け、彼が座れるスペースをつくる。お客さんをもてなす為の部屋は計画していたのだが、毎日の暮らしに追われてとりかかっていなかったことを今更悔やんだ。


「いい香りだ~!」


 どうぞ。とベルチェに出されたお茶を見てまた彼はニコニコと微笑む。先ほどから彼の嫌味のない、心から出てきた言葉にトーナは癒しを感じた。


(これが演技だったらこの世のすべてが信じられなくなりそうだわ)


 冒険者というのはその見た目を見れば一目瞭然なのだが、不思議なことに威圧感を感じない。良くも悪くも冒険者特有のガサツさを感じられなかった。


「バルトンさんから聞いてると思いますけど」


(ん!?)


 ランベルトはご機嫌なまま話始める。


「ポーション作成もあるだろうし、あまりお店から長時間離れたくないだろうから、とりあえず街から一番近いケミア洞窟のダンジョンに……」

「ちょちょちょっと待ってください! な、なんのお話でしょうか?」


 焦るトーナを見て、ランベルトは瞬時に何が起こったか理解したようだった。そしてあちゃあと額に手を置いて、


「ギルドマスターからトーナさんの実力を確認して欲しいって言われたんですが……これはあれだ。またいつものやつだ……急に押しかけてごめん……びっくりしますよね」


 シュンと大きな体が小さくなった。


「あの……えっと、その……」


 気まずそうにしているランベルトから話を聞くと、どうやら大規模討伐に同行する後方支援のメンバーの実力も確認しているらしい。いざという時の追加戦力に出来るか、それとも怪しくなったら早々に逃がしたほうがいいのか。それを見極める。


「ギルドマスターからは、かなりの実力者のはずだからどこまで対応できるか知りたいって……」


 結局トーナは次の週にランベルトと一緒にケミア洞窟まで行くことに決めた。気のいいこの冒険者がこれ以上困った顔つきになるのを見ていられなかったのだ。


(これ、バルトンさんに謀られた気がする)


 トーナの頭の中にいるギルドマスターがガハハと笑っていた。


 最後はホッとした表情で微笑んで帰っていたランベルトを見送り、すぐにベルチェの方に振り返った。


「細やかな配慮は!? 話が違うくない!?」


 つい先ほどベルチェが言っていたバルトンの人物像とはかけ離れた行動を非難する。


「あのフィアルヴァと仲が良かったんですよ? 同族です。大規模討伐の穴を少しでも減らすために細かなところまで調整しているのでしょう」

「そっちの細やかさ!?」


(というか、あの師匠と同族……!!?)


 思わず背筋がゾッとする感覚に襲われ、トーナは身震いした。


「それから気づいていないようでしたが、ランベルトさんはアウレウス級の冒険者です」

「え!? えぇぇぇぇぇ!!?」


 つまり、冒険者の中では最高クラスの人物ということだった。


「そんな人をお使いに出すってどういうこと!?」

「さぁ? それだけトーナに期待をしているのかもしれません。しっかり実力をみようということでしょう」


 ドスリ、と先ほどまでランベルトが座っていた椅子に腰かける。そうそう簡単には美味しい話は落ちていないということか……と、トーナは頬をついて目を瞑った。

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