第一章 どたばたの要因達
第1話 魔術学院
それは朝から雨がシトシトと降り続けている日の事だった。
「やっぱり雨の日ってお客さん来ないわね~」
「トーナも出かけないでしょう。そんなもんです」
「んじゃ~商品開発でもしよっかな」
トーナは長らく旅をして暮らしていたのにで、腰を据えて研究するという機会がほとんどなかった。師であるフィアルヴァは天才中の天才だったが、
『基本が完璧にできるまで次には進ませませーん!』
というスタンスだったため、基礎練習に飽き飽きとしながらも必死に魔術の訓練と錬金術の基礎を習得したトーナは、錬金術のアイテムを自分自身で創り出すのを楽しみにしていた。店が落ち着いた今だからこそ、やっと取り組めるようになったのだ。
「冒険者向けのアイテムですか……やはり攻撃用品を?」
「そんなの街中で作れないよ~失敗したら怖いし……」
冒険者に人気のある商品の1つに
殺傷力のあるものだけではなく、煙幕や催涙スプレーの類のものもあり、使うのに魔力を必要しないので、戦闘力に不安のあるただの旅人の護身用としてや、魔術を使える者も自分の能力と合わせて使う為に持っていることが多い。
能力の幅が広いアイテムなので、それぞれきちんと管理していないと事故も起こってしまう。
「どこも郊外で作ってるんだよ」
この街でも、こういった危険物は城門の外で作られていた。
「そうですか……フィアルヴァは王城内で作っていたので……」
ベルチェは知識豊富だが、王都での一般的な暮らしは初めてなので知らないこともあった。
「うわぁ! 私には散々偉そうに気をつけろ! って言ってたのに!」
「周囲に防御魔法を張っていましたよ」
「なるほど……」
とはいえそんな事が許されるのは強力な魔法を使えると自他共に認めるフィアルヴァだからこそだ。通常はそれが出来ないからできるだけ
「トーナもできるのでは?」
「出来ても許されないよ……それにもう何を創るか決めてるの!」
どの道、トーナは武器を作るのに気乗りはしていなかった。どうせなら自分が楽しいと思えるものを創りたい。
「携行食品にしますっ!」
「食料ですか」
ベルチェは納得したように頷いた。
「そう! 持ち運びやすさ大前提で、錬金術で保存期間と栄養素ごりごりアップよ!」
「トーナは食事の味にうるさいですから、いいものが出来るでしょう」
トーナは前世の記憶があるせいか、王都に定住するまで、ついつい食事については不満が出てしまうことが多かった。結局自分で作るのが一番確実と、アレコレ試行錯誤しながら、こちらの世界の食料を使って調理をしていたのだ。
「これまでの経験と錬金術を合わせたらいいものが出来る気がする!」
新たな錬金術のレシピに前向きさは大切だとフィアルヴァが言っていたことを思い出す。
「冒険者のお客様も増えていますし、王都は訪れる旅人も多い。いい考えかもしれません」
「でしょ~!」
うきうきと表情が明るいトーナだったが、それが一気に崩される出来事がやってきた。
――カランカラン
店のドアベルが鳴った。途端にドタドタと足音を立てて3人の男が店に入ってくる。雨除けコートのフードを脱ぐと、内2人がニヤニヤと下品に笑っているのが見えた。
「せまっ」
「たいしたもん置いてねー」
あえてトーナ達に聞こえるよう悪意を持っているのがわかる。
(げぇ! なんか変なのが来た!)
警戒はするが、声をかけられるまでは静観する。ベルチェにも目で合図した。その内勝手に出ていくかもしれない。腹が立ったとしても、無駄に揉めて徳になることはない。
3人とも同じ服を着ていた。魔術学院の学生の指定服だ。この街では若者のステータスといっても過言ではない。優秀で、金を持っている証なのだから。
(学校にクレーム入れてもオトガメなんてないんだろうな~)
トーナは入学していないので詳しいことは知らないが、入学試験で見かけた金と権力で競い合うタイプの面々ばかりの世界からやってきたのだと思うと、全くいいイメージがわかない。
3人の会話を聞いていると、1人がリーダー格で残りの2人はただの金魚のフンなのだとわかった。どうやらリーダー格の男に気に入られたくて一生懸命おべっかをつかっている。
(うーん。イケメンね)
おべっかばかり使われているその男は、青みがかった銀髪に、深いブルーの瞳を持っていた。不機嫌そうな表情だが、彼からは質の悪い言葉は出てきていない。今はまだ。
「ここには店員がいないのか」
どうやらイケメンも結局残りの2人と同類に偉そうな物言いをするタイプだったようだ。ベルチェが向かおうとするのをトーナが手で制す。
(嫌味なヤローねぇ~……さっさとお帰りいただいて商品開発しましょ)
「はいはい。何をお求めで?」
彼らの会話など何も気にしていないフリをする。適当に嫌味な言葉を聞いて満足させて帰ってもらおうとニコニコと対応だ。
「お前がトーナか」
「はぁ……そうですが」
ムスっとしたまま真っ直ぐとトーナの目を見つめた。
(なに!? マジで何の用なの!?)
イケメンにこんな表情で名前を呼ばれる理由を考えるが、トーナには少しも思い当たる節がない。
青年はスゥッと息を吸い込んで、
「俺と勝負しろ!!!」
「はぁぁぁ!?」
トーナはひっくり返りそうなほど驚いた。どこの誰とも知れないイケメンに勝負を挑まれる理由に、心当たりがなさすぎるのだ。
「嫌ですけど!?」
「ふん! 負けるのが怖いのか!?」
「いや、勝負して私になんのメリットが……っていうかそもそも何で勝負!?」
雨の中わざわざやってきた客が、まさかの殴り込みが目的だなんて。ガックリにもほどがある。
「なっ!? お前! この人が誰か知らないのか!?」
「平民がここまで世間知らずとは……」
信じられない者を見るような目つきで取り巻きはトーナとイケメン、それぞれの反応を確認しながら視線を送る。
(いやマジで誰!? 大通りの方はあんまりいかないし……流行りの有名人?)
ここまで相手が自信を持って言うほど、このイケメンが有名人なのかとトーナは急に不安になる。知っているべき人を知らないのは、前世で営業もしていたトーナにとってはヒヤリとする不安感と、なんとも言えない焦りが出てくるのだ。社畜思考が魂に刻み込まれた影響である。
「俺はアレン・オルディス。オルディス辺境伯の嫡子で魔術学院の首席入学者だ!」
「なーんだ! そりゃ知るわけないじゃん!」
(しまった!)
思わず口を手でふさぐ。余計な言葉が出てしまった。この手のタイプは肩書にこだわってそれを誇りに思っている。なのにそれを大したことではないと扱ってしまうのは決して得策ではない。別に自分が知る必要もない人物だとわかり、つい油断してしまった。
(適当にすごーい! って褒めたたえて気分良くさせた後で追い出せばよかったー! 私のバカー!!!)
案の定、先ほどよりさらに目つきが厳しく、口はさらにへの字になっていた。そして取り巻きも騒ぎ始める。
「オルディス家の偉業を知らないのか!?」
「それでもこの国の国民と言えるのか!?」
(うっとおしいわね~)
猫を被るのはやめた。何をどう言っても難癖付けるつもりなのがいい加減わかったからだ。下手に出てストレス溜めるだけ損だ。
「オルディス家は知ってるけど嫡子まで知るわけないじゃん。私その辺いるただの平民よ?」
「貴様! 開き直る気か!?」
下っ端と話していても仕方がないと、当の本人に話を振る。
「それで、結局何で勝負なの?」
「俺は全教科最高点の首席入学だが、もう1人、俺と同じヤツがいた。それがお前だ」
こんな平民と同じなんてプライドが許さんとばかりに、アレンは上から目線を崩さない。
「え!? マジで!? 私満点だったの!? すごっ!!!」
パァっと思わず顔が緩んでしまう。前世でも100点満点を取ったのなんてそんなにたくさんあるわけではない。せいぜい小学生時代が最後だろうか。そしてそんな反応をするトーナを見て、アレンは驚いたように目を見開いた。
「あぁわかった。自分が1番じゃないのが嫌ってことね」
「やっと理解できたか」
アレンはすぐに先ほどの不遜な態度に戻った。
「わかった。相手してあげる。1回だけよ」
そう言うと、トーナは店の奥にアレン達を通し雨の降る裏庭へと出た。
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