36話。

 無限にも思える量の黒紫色の靄を吸収し終えた地面は、何の反応も示さなかった。オリゴスと二人で顔を見合わせ、首をかしげる。、というのは初めての結果だったからだ。


 魔力の量を増やしたり、逆に魔力の量を減らした時も何かしらの成果は残した。魔力量が増えた場合は召喚される骸骨スケルトンが消費した魔力量に応じて数体から多くて十体程度現れた。魔力量を減らした場合、一部が欠損した骸骨が現れた。欠ける場所は腕であったり足であったり、その時々によって変わったが骸骨が生まれはしたのだ。


 一向に反応のない地面を前に、どうせならばと魔力のおかわりを行ってみることにした。何も起きないのならば何かが起きるまで試してみれば良いのだ。遥か東の方、島国に住まう民族出身の死霊術師は『鳴かぬなら 鳴かせて見せよう 骸骨スケルトン』という言葉を残した。声帯を持たない骸骨が鳴くはずもないが、実験に実験を重ねていけばいつかは本当に鳴く骸骨が生まれるかもしれない。それ位根気強く事に当たれ、という先人の有り難い言葉だ。早速先人に倣い目の前のうんともすんとも言わない地面を鳴かせて見せようと、オリゴスと示し合わせて先ほどと同程度の魔力を注ぎ込む。


 二人の魔力の靄がもう少しで注入を終える、と言った所で異変が起こる。


 靄をこれ以上拒むかのようにぷつり、と地面との接続が途絶えた矢先、床が、壁が。けたたましい轟音と共に揺れ始めた。地に足を着けて立っていられない程の激しい地震。慌てて義体として活用していた骨格と分離し、頭部だけの姿へ戻る。と、同時にサングィスからこれは何事か、という連絡が来た。実験の産物であるが詳細は把握していないことを伝えた後、まずはガーラ達闇森人ダークエルフ一家を守れと命じておいた。傍にはオリゴスが居ることを理解しているからか、サングィスは『御意』と一言だけ残して連絡を切った。


 それから辺りを見回すとオリゴスは取り乱すことなく配下の骸骨スケルトン達へ指示を出していたが、余りにも激しく振動するためその場に倒れたり、剣を支えに立つのがやっとの者が多い様子だ。


 これは恐らくダンジョン全体が揺れている。魔力を取り込ませ過ぎた弊害か?それとも何か新しい機能が解放されたのか?一体何が起きているのか、困惑しつつも私の内側を満たすのは大部分が好奇、そして喜びの感情であった。


 収まる気配のない揺れと共に、先ほどまで魔力を注ぎ込んだ地面がゆっくりと隆起し始める。しかし、それは明らかにただの骸骨スケルトンにしては大きすぎる物だった。ぐばっ、と土から腕が飛び出す。その腕だけで私は疎か、オリゴスの背丈も易々と超える。そして反対の腕も地面から生えて来るが、それだけでは終わらない。更に複数組の腕が現れ、地へと手を着く。地中から本体を掘り出すための足掛かりとして。


 果てしない地響きと共に、土煙を撒き散らしながらゆっくりと、ゆっくりと、はその姿を露わにしていく。巻き上げた土煙が晴れた先には、広大な古戦場を一体だけで埋め尽くしてしまいそうな程巨大で、黒紫色の靄を纏った骸骨スケルトンが顕現していた。


 骸骨スケルトンの亜種、その頂点に君臨する存在。骨鬼巨人ヘカトンケイル


 話には聞いたことがある。その巨躯は全貌を現わせば天にも届き、周囲を悉く破壊し尽くす。その後、彼の者が降り立った場所は骸骨スケルトンの楽園となり、不死アンデッドの安息の地となるだろう、と。あくまでも伝承として残されている話であり、最後にその姿を見たのは数百年、いや、千年以上前だと言われていた。その存在が、今、此処に。


 私は感動の余り叫ぶでもなく、地に伏すでもなく、歓喜の舞を踊るでもなく、ただただ見惚れていた。その雄大さ、圧倒的存在感に。伝説が実在しているという、非実在的な光景に。人と言う生き物は人知の及ばない物事を恐怖すると同時に強く惹かれる、というどうしようもなく愚かな一面を身を以て実感しているのだ。伝説というのは、人の手に余るからこそ伝説足り得るというのに。


 オリゴスやサングィスが来た時とはまた違う、強者の威圧感が剥き出しになっている。その性質の違いはきっと知性か私への忠誠心のどちらか、もしくは両方の欠如だろう。それとも主足る者か見定めているのだろうか?いや、馬鹿なことを考えるな。破壊の化身がどうして誰かの下に無償で付くことがあろうか。


 ああ、目の前の巨人が外へと放たれれば、彼が片手を振り回しただけで村は滅び、町は半壊するだろう。人なんて脆い生物は瞬く間に、抗う猶予もなく命を刈り取られるだろう。彼が一歩進む度に森は腐食し、湖は汚染され、生物は死に絶えるだろう。存在するだけで死と破壊を周りに齎す、凶悪な不死アンデッド


 しかし、伝承が真実であるのなら彼の脅威は巨躯そこではない。




 「マスター……。」


 思考を遮るようにオリゴスから声が掛かる。周囲を警戒した様子で傍に付いた彼は既に大剣に手を掛けていた。


 時を同じくして、ぼこ、と土が掘り出される音が聞こえる。その音は一つ聞こえたかと思えば二つ、三つ、そのまま止むことなくこの空間へ響いていく。新たに出現した巨人の周囲を取り囲むように骸骨スケルトンが姿を現し、次々と生まれていく。十、三十、五十、止め処なく召喚されていく骸骨達はあっという間に百は越えただろう。


 荒れ果てた土地だった光景が、に埋め尽くされていく。今こうしている間にも、続々と数が増えている。


 そう、彼の特筆すべき能力とは。


 同胞たる骸骨スケルトンである。


────────

36話です。

新しい仲間(?)です。

名前の出典がラテン語だったりギリシア語だったりしますが、ノリです。

あと文にするとダサいので書きませんでしたが、巨人くんの体勢は腕立て伏せ状態です。立っちゃうと顔が見えないので。

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