魔召喚士セブン・クラウン

@Shiotani

プロローグ

日が沈む時、人々は帰路に着く。誰もが帰る場所へと歩みを進め始めると、その流れは勢いを増し、激流の様に止めどなく動き続ける。誰もが当然の様に繰り返し、誰もが何の疑いもなくその生活を享受している。

 黄昏に染まる雑踏の中で流れに逆らうように二人の男が走る。だが誰も二人の事を気にする事はない。ただただ普段通りの時間を過ごす人々は異常な彼らの事を気に留める事なく、異常の中で駆け抜ける二人はありきたりに生きる人々を目に入れる事もない。一人がもう一人に話しかける。


白壁しらかべ、ターゲットの動きに変化は?」


 もう一人の男は返す。


「少しずつ減速しているようです。おそらく大通りを外れて路地裏に隠れると思われますが、どうします北見きたみさん?」


「ルート上に先回りする。そっちは追跡を続けてくれ」


「了解です」


 二人は二手に分かれて雑踏の中に消えていく。


 二人から数100m離れた所に一人の男がいる。彼もまた周囲の人間を気にも止めずにひたすら走っている。だが呼吸は乱れ切っていて脚もふらついている。それでも必死で走っている。


「な、何なんだよあいつら……!はぁ、しつこいにも程があるだろ!ゲホッ!クソが!」


 男はあの二人から逃げなくてはならなかった。もし追いつかれれば自分の自由はなくなるのだとわかっていた。自由を失えば、自分の楽しみがなくなってしまう。暴力、強盗、窃盗、自分を満たしてくれる何もかもが奪われてしまう。それだけは避けなくてはならなかった。だが急に前に進む事ができなくなってしまった。5分以上も走り続けて脚に限界が来ていたのかもしれないと男は思った。

 ふと、背後に目を向けると追いかけていた男の一人が白壁があと100mの所にまで近付いていた。男は急いで右へと駆け出し、路地裏に侵入した。狭く曲がった道を駆け巡り小さな空き地に辿り着くと、何とか一人の男を撒くことができた。


「へへへ、やったぜ……。何とか撒けたぞ、ザマァ見やがれデブ」


 一呼吸、深い息を吸う。


(少し休んだら、この街からは逃げたほうが良さそうだな。適当に家を漁れば生活にも困んねぇだろう)


 と考えながら男は視線を上に向けた。

 そして視線の先にいた存在に驚き、思わず声を上げてしまった。


「……な、なんでここに居やがんだテメェ!!」


 空き地を取り囲むビルの屋上に、自分を追いかけていたもう一人の男が北見立っていた。


「そこまでだ、赤穴あかなテツヤ。暴行12件、強盗37件、窃盗48件、そして殺人6件。以上の罪により早急にお前を逮捕する」


 そう言って北見は屋上から飛び降り道を塞ぐ。


「もう逃げられん、お前は袋のネズミだ。大人しくしていろ」


 すると赤穴は不適な笑みを浮かべた。


「ヒ、ヒヒヒヒヒ……ハハハハッ!ハハ!おい刑事さんよ、今自分の方が追い詰めたって思ってるんだろ?フフッ、違うんだよなこれが!俺は普通の人間とは訳が違うんだからなぁ」


 赤穴はポケットから血に染まったような真っ赤な帽子を取り出すと、狂気の笑顔でそれを被る。瞬間、彼の身体の周りを赤黒い魔力が包み込みその姿を変貌させる。全身に赤く染まった布を巻きつけ、鉄のブーツを履いて大きな斧を手にする。


「どーだ?すげぇだろ?この帽子もこの服も、みんな返り血で染められてんだぜ!そして今からこの斧であんたを引き裂いて、更に真っ赤にしてやるんだ。どーだ?怖いか?」


 だが北見はその姿を見て静かに呟くだけだった。


「やはり無認可の魔召喚士ましょうかんしか……最近よく増えている、迷惑な連中だな」


「ぶつぶつ喋ってんじゃねえ!」


 赤穴は斧を振り翳して北見の首を落とそうとした。だが斧は一枚の紙札で止められていた。


「な、なんなんだテメェ⁉︎」


 北見は肩に掛けていた布を手に取ると、それを鞭のように振り回して赤穴を吹き飛ばした。


「お前みたいな魔術犯罪者に答えてやる必要はないが……一応義務だ、教えてやる。俺達は魔術事件特別捜査隊。お前のような魔術犯罪者達に魔術による実力行使を行う組織だ」


「魔術だと?」


 北見は胸の前で合掌し一喝する。


「二次契約開始!行くぞ【ロードイン】!」


 北見の体に無数の機械のような部品が取り憑いていく。その姿はどこか僧侶を思わせるようになり、背中には背骨のようなパーツに頭骨を模したヘルメットと長い腕が装備される。


「な⁉︎まさかお前も……?」


 赤穴の質問に男は答える。


「そうだ、俺もお前と同じく力がある。魔なる者、妖なる者の力を契約によって宿す戦闘専用の魔術使い。魔召喚士だ」


「……だ、だったらなんだってんだ!お前を殺しちまえば何も問題はねぇぜ!」


 赤穴は再び斧を構えて振りかぶる。

 強力な衝撃と共に激しい音が鳴る。

 北見は長い腕で攻撃を受け止めていた。

 そして反対の腕を伸ばして赤穴を突き飛ばす。

 赤穴は大きく吹き飛び倒れ込む。


「クソ!だったらこいつでぇ!」


 [移動魔術(一人)レッドチェイサー


 赤穴は一瞬にして北見の背後に移動する。

 勢いよく斧が振られる。


 ガンッ!


 斧は北見の頭に直撃する。


「やった!やってやったぜ!」


 鈍い音が赤穴の体中に響き、頭に強い衝撃が走る。

 その体は宙に舞い、上下すらわからなくなってしまっていた。


 北見の長い右腕が赤穴の側頭に裏拳を入れていた。

 北見の頭に傷は一つもついていない。

 斧は確かに直撃したがヘルメットによって攻撃を完全に弾かれてしまっていたのだ。


「無駄な抵抗を……」


 赤穴は倒れていたが無理矢理に立ち上がる。


「ま、まだだ!今度こそ!」


 [移動魔術(一人)レッドチェイサー


 赤穴は先ほど同様に魔術を使用した。しかし次の狙いは攻撃ではない。一気にビルの壁を登り“逃走”を行ったのだ。


「逃がさん!」


 一呼吸。僅かな瞬間で北見は魔術を発動させる。


「魔術始動、オーバーハイ!」


 [変化魔術(高)オーバー・ハイ


 その瞬間、北見の背に装備された背骨もどきが赤穴の方まで伸びて、赤穴の頭上を追い越し、正面に立ち塞がる。


「お前がどこに逃げるかなど、とっく見越している」


「な、なんなんだよぉ⁉︎」


 叫びも虚しく、赤穴は体を掴まれてそのまま地面に叩きつけられた。





「赤穴テツヤ、確保完了」


 気絶した赤穴に北見は手錠をかける。手錠には魔術を封印する力がある。すると路地裏の方から白壁が駆け寄ってくる。


「お手柄ですね北見さん!」


「そっちのバリアが仕事をしてくれたおかげだ」


「北見さん……!」


「しかしその体型でよく走れるな」


「これでもM,I,S,I,ミシーの隊員ですから」


 ーピピピッ


「はいはい男子ー、犯人捕まえたらとっとと通信してって言ってるでしょー?」


 通信機越しに聞こえる女性の声に白壁は思わずたじろぐ。


「わ、わかってるよーミナミちゃん」


「わかってないから、こっちから掛けてきてるんですけどー」


「はい……すいません」


 北見は表情ひとつ変えずに通信を返す。


相沢あいざわ、確保用の車両は?」


 相沢ミナミは北見の淡々とした様子に少し呆れる。


「とっくに手配済みです。ほんと北見先輩は愛想がないですよねー。そんなんじゃ彼女作れませんよ」


「俺には恋人は不要なものだ。M,I,S,I,に入った以上交際はしないと決めている」


「はー、これだから仕事人間は!ていうか無愛想にされたらやる気が出ないんですよ私。誰のおかげで任務ができているかわかってます?」


「ああ、もちろん理解している。相沢の捜索能力が無ければ今回の事件も、捜査は難航していただろう」


「ほんとこの男は……!」


「ミナミちゃん!僕とても感謝してるよ!最高!素敵!さすがM,I,S,I,の紅一点!」


「お前の言葉は安っぽいんだよ!!」


 ープツン


「あ、通信切られちゃいました……またミナミちゃんを怒らせちゃいましたね」


 白壁は少しホッとした様子で話す。


「ああ。しかし女性の考える事はわからないな」


 北見はやはり淡々としている。

 二人は車両が来るまでの間黙って立ち尽くしていた。





 魔術事件特別捜査隊

 Magical Incident Special Investigation team

 通称M,I,S,I,


 都内周辺で発生する魔術事件を専門に捜査する特殊部隊。

 国際魔術研究協会(国魔研)日本支部により発足され、特に刑事事件に分類されるような犯罪を犯した魔術使いを取り締まる。


 魔術使いは皆以下の項目を守る事が国魔研から義務付けられている。


 1,魔術を一般人に知られてはならない。


 2,魔術を個人的に利用してはならない。


 3,魔術を政治利用してはならない。


 4,魔術を軍事利用してはならない。


 5,魔法使いは上記に違反する恐れがあるので完全に管理しなくてはならない。




 ━1時間後

 国魔研日本支部 大型複合管理局内 M,I,S,I,本部


 オフィスに北見と白壁が帰ってくる。


「こちら北見、ただいま戻りました」

「同じく白壁、無事帰還しました」


 部屋の中にいる全員が二人に目を向ける。


「おかえり二人とも。今日もよくやったねぇ」


 最初に声を掛けたのは部屋の奥に座る初老で細身の男性。


「いえ、これくらいなんて事はありません。真中まなか隊長」


「ほんとになんて事ないわよ、いつも通り働いただけじゃない」


 続いて北見の言葉に文句を言うのは先ほど通信をしてきた相沢ミナミである。


「まあまあミナミ先輩落ち着いて下さいっす。みんなミナミ先輩には感謝してるんすよ」


 そう言ってミナミを宥めた若い男性はコーヒーを人数分持ってきている。


「ああ、ありがとう!疲れたから一服したかったんだよ。やっぱり滝川たきがわ君は気が利くなぁ」


 白壁ジュンペイは滝川りゅうからコーヒーを受け取る。


「そんな事ないっすよ、今回は自分は任務に行けなかったんでこれくらいはやんないと皆さんに申し訳ないってだけですから」


「いいわよ、そんなに謙遜しなくても。実際気が利いてるのはあんただけなんだから」


 ミナミはコーヒーを受け取るとぐっと飲み干す。


「北見君は昔からそんな感じだからねぇ。少しはみんなとコミュニケーションを上手く取らないといけないと思うよ」


 隊長の真中正義まさよしはコーヒーのティースプーンを回しながら北見に語りかける。


「いつ死ぬかわからない仕事です。深く関わった人を喪うと精神的ダメージは計り知れません。精神の不備は魔術にも影響が出ます。そのリスクを考えるなら交流を持つ必要はありません」


「いやまあ、確かにそうなんだけど……」


 北見の言葉にこの場にいる全員が空気が重くなったのを感じた。誰も何も言えなかった。北見は自分の発言を後悔した。


「すいません……皆の気を悪くしてしまって。しばらく離席します」


 北見は席を立ち扉の方に向かった。

 だがその背中に声を掛ける者がいた。


「どっか行くんだったら、ついでに調査行ってきてくださいよ、北見先輩」


 ミナミはそう言うとパソコンを操作し始めた。


「最近行方不明者が増えてる場所。見た感じ魔召喚士案件っぽいから、行ってきてください。データ送っとくんで」


「……了解した」


 北見は返事をして扉を開けた。


「あ、あと感謝の印にエナドリもお願いしまーす」


「5本でいいか?」


「倍はないと許せないですねー」


「わかった」


 北見は扉を出る。

 それと同時にやはり女性の考える事はわからないなと思った。


 北見は日の落ちた街の中へと繰り出していく。星も月も今日は曇っていて見えない。

 北見には自分の未来がこの夜空の様に真っ暗で何一つ見えなかった。

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