三十七本桜 性癖

 医務室のベッドで眠り続ける二人の弟子を見て、ジャンヌは何度も大きく頷いてみせた。


 その瞳は、まるでショーケース越しに欲しい玩具を眺める子供のように輝く。


「成程、勝ち抜き戦を突破したのも分かりますね。入念に、しっかりと鍛えられている」


 彼女の審美眼は私でも舌を巻くほど優秀だった。筋肉の付き方や肌の色艶、佇まいや歩き方といった些細な部分から相手の潜在能力ポテンシャルを的確に見抜く。


 千本桜がここまで大きくなった要因は、各地にてジャンヌが逸材を引き抜いてくるからだ。


「指マメの付き方、腕撓骨筋や二頭筋の張り具合を見る感じ……巨岩か何かを押す訓練?」


 次々と修行方法を言い当てられ、恥ずかしい。


「旅に出ると仰られていましたが、何処かに宛などあるのですか?」


「加盟国を回っていき、行く先々の迷宮ダンジョンを潜ろうと思っていたが……侍達の動向が気になる」


 ジャンヌが遭遇した小次郎や一刀斎の足取りを追いつつ、同時に弟子達の修行を勧めていく。


「では、オルトハーフェンへ向かわれるのですね」


 西国オルトハーフェン。先代から息子ジョアンに王位を継いで三年、色々と話題に事欠かない。


 元々は貿易を主とした港が主体メインの活気ある国だったが、昨今では麻薬取引場所に使われたり貧困差によってスラムが形成されるなど黒い噂ばかり聞く。


 実際、ベルディアで悪事を働いた窃盗団がオルトハーフェンを根城にしている情報を掴み、ジャンヌ自ら調査または殲滅に駆り出された。


「結果は黒でした。人身売買に魔法道具の闇取引、裏賭博に至るまで様々な犯罪が横行しています」


「ジョアン王は見て見ぬふりか」


「多額の賄賂を受け取っているのかと。お話を窺いたかったのですが、門前払いされました」


「数年前の微かな印象だが、悪に手を染めて私腹を肥やす感じではなかったぞ」


「外部から優秀な参謀長を迎え入れた話は有名で、先王の死去や窃盗団結成時期などタイミングが合致する事が多々ありまして」


「その参謀長が実権を握っているのかもしれんな」


 他国の事情に横槍を入れるのもどうかと思うが、気になるので様子を見ておきたい。


「気にかけておく。何か分かれば都度知らせよう」


「ありがとうございます。あと、その一件とは全く関係ないのですが」


 急に人差し指同士を合わせ、何やら言いにくげに顔を伏せるジャンヌ。


「なんだ、はっきりと言え」


「は、はいっ! 遠征中、シャナ様がサラディンと手合わせをしたと窺いまして……」


「随分と前の話だ。剣について悩んでいると聞いて軽く交えただけさ」


「な、成程。軽く交えたのですね……」


「どうした、何が言いたい?」


「いや、あのっ、その……! わ、私も剣について悩んでおりまして……」


「ジャンヌが? 剣で? 悩む?」


「は、はい……」


 目を逸らしたまま唇を尖らす彼女。いや、絶対に悩んでいないだろう。


「なので私とも、その……剣を交えていただければなぁと思ってみたり……」


 成程、つまりはサラディンを特別扱いした感じで気に入らないという事か。


 とはいえ団長と手合わせか……最後に行ったのはいつだったか。それくらい前の話になる。


 常に強い相手と戦いたいのが剣士。己を鍛え、それをぶつけられる相手がいるのは幸せな事だが……正直、気乗りがしない。


 とはいえ、ここまで言わせて嫌だとも言えない。私が「分かった」と了承すると、ジャンヌは満面の笑みを浮かべてみせた。


「では! 鍛錬場へ向かいましょう!」


「う、うむ」


 これも指南役としての、そして彼女を団長として推した私の責任か。


 ――跳歩スキップをしながら前を歩くジャンヌに従い鍛錬場へ到着。一心不乱に木刀を振るい汗を流す団員達が我々の姿を見た瞬間、全ての行動を止めて一礼を行う。


「「「お疲れ様ですッ‼」」」


 余りの音響に壁が震える。だが、そんな事など気にもとめないジャンヌは言い放つ。


「悪いが稽古を行う。少し空けてもらえるか」


 その一言に団員は戦慄が走る。


「だ、団長自らが稽古を?」


「か、畏まりました! おい、急げ!」


 慌ただしく鍛錬場の外に出ていく団員。新人は何が起こっているのか分からず戸惑っていたが、先輩達に連れ出されてしまう。


 あっという間に鍛錬場は私とジャンヌだけとなり、扉や窓の外には戦いを見届けようとする見学者が押すな押すなと首を並べている。


「お待たせしました! では始めましょう!」


 既に準備万端のジャンヌ。私も覚悟を決めて壁にかかった木剣を手にした。


「――よろしくお願いします」


 一礼をして正眼の構えを取るジャンヌ。一気に周りの空気が冷えていくのが分かる。いや、実際に温度は下がったのだ。証拠に剣先から微かな霜が降り始めている。


 彼女は、この世界でも希少な『魔法剣士』だ。己の肉体や武器に会得した魔法を付与する事が可能。その恩恵は凄まじく、こと魔物退治に関して彼女の右に出る者はいない。


 だが、ジャンヌの強みは他にあった。それこそが千本桜団長として抜擢された要因――。


「くっ……! 久々に喰らうと効くな……!」


 まだ一太刀も受けていないのだが、私の表情は曇ってしまう。身体は鉛のように重くなり、うまく剣気を練り上げる事もままならない。そう、これこそジャンヌだけが持つ特殊能力。


「――『聖女の旗振』……対象の全能力を半減化、及び使用者の全能力を倍加させる恐ろしい技」


 魔法ではないので詠唱もなく、更に彼女が敵とみなした全体に効果がある。正に完全無欠。


 つまりジャンヌが戦場に立つだけで状況が一変してしまうのだ。それらを踏まえて周囲に『戦女神』などとも呼ばれている。


「参ります!」


 言葉と同時にジャンヌが床を蹴った。他の上位と違い派手な爆発音と共に突進してくるのではなく、隠密のような無音の足さばき。


 一瞬で私の死角に入ると、最も動作モーションの少ない突きを放ってきた。


 僅かな気配を感じ取り半歩下がると、眼前に冷気纏った木刀が飛び込む。


「せいっ! やっ! はっ!」


 間髪入れずに連撃を繰り出すジャンヌ。それを木剣で受けた瞬間、手に痺れが生じる。


 見ると先程まで氷属性が付与された相手の武器にバチバチと電気が走っていた。一秒にも満たぬ間に彼女は雷属性へ変更を行う。


 掌を振りながら思わず感嘆する。こちらが目を離している間に、とんでもない修練を重ねた模様。


「とはいえ、負けてられん」


 相手の攻撃を受け流し懐へ入る。お互いが零距離となり、次の手が繰り出せない状態。しかしこちらには策があった。


フンッ!」


「――⁉」


 私はジャンヌを背負う形で肩越しに投げる。いわゆる背負投げというやつだ。彼女の身体は宙で一周して床へ叩きつけられる。


「あうっ!」


 そのまま細い首に手を回し羽交い締めの体勢へ。


「剣術ばかりでなく、体術にも気を回せ」


「さ、流石はシャナ様……! で、ですがしばらくこのままで……! あ、アァ〜ッ!」


 ……何故、頬を赤くして恍惚の表情? 戦場に身を置きすぎたせいで色々とおかしくなっているのかもしれない。少し休ませるよう打診するか……。

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