二十三本桜 弟子、出陣

 闘技場には介添人セコンド席が別に設けられており、一般客より近くで選手の動向を探る事が可能だ。しかし指示を送る行為は反則とされ、競技と違い介添人セコンドが試合を止める事は出来ない。


 ちなみに介添人セコンドは三名までと聞き、隣にエヴァも待機スタンバイしてもらっている。


「すごいね、大大大観衆。闘技場全体が震えてる。新人デビュー戦がこの規模って前代未聞だよ」


「対戦相手の情報は入ってきたのか?」


「それが一切。どうやら箝口令かんこうれいが出てるみたい」


「事前対策は無しか」


 突然、会話を断つように銅鑼ドラの音が鳴り響く。闘技場には四箇所の入場門が設置されており、北側の『玄武門』からド派手な金衣装に蝶眼鏡パピヨンマスクの司会役が現れた。


 音の魔力が付与された拡声器マイクから発せられる声は、闘技場全体へ伝わっていく。


「――レディィイスエェエンジェントルメンッ! これより剣聖の弟子バーサス千本桜の勝ち抜き戦を開始いたしますッ‼」


「「「うおぉおおおおおおおぉぉおおおッ‼」」」


 気合の入った宣言アナウンスだが、少々大袈裟ではと思う。それに同調し、観客達も絶叫する。


審判ジャッジは、こちら! その道三十年の大ベテラン、『ミスターフェア』ことメンリコ • ドスマリフ!」


 続いて白襯衣シャツ蝶襟締ちょうネクタイの審判役が現れた瞬間、隣のエヴァがハッと息を呑む。


「あのメンリコが審判を……? これは大変な事になりそうだよ……!」


「誰なんだ、メンリコ」


「シャナは『格闘王、奇跡の王座奪還』を知らないの⁉ 今は現役を退いた格闘王が初の王座決定戦タイトルマッチに挑んだ逸話を! 敗戦濃厚の格闘王に対し、当時の審判メンリコだけは試合を止めなかった! 結果、格闘王の反撃カウンターが王者の顎を捉え決着! 勝者会見で格闘王は『今日の主役は私ではなくメンリコだ』と告げた事から一大メンリコフィーバーが」


「分かった! 解説は、もういい!」


 いつまでも話し続けるエヴァの口元を閉じさせ、次はいよいよ弟子達の入場だ。


「お待たせ致しました! それでは、今回の主役をお呼びしたいと思いますッ! 魔王の討伐を成した勇者一行が一人ッ! 剣聖の正統後継者ぁああ――ウシィィイイワアァアカァァアア‼ エェンドォ……ヤァアアァァマアトオオォォオッ‼」


「「「うおぉおおおおおおおぉぉおおおッ‼」」」


 西側『白虎門』から牛若と大和が姿を現した瞬間国中が湧き上がる。長耳で聴覚に優れるエヴァが、思わず両耳を抑える程。


 だが当人達は落ち着いた様子で舞台へと進む。


「なんでウシワカが先に呼ばれてんだよ、オレのが兄弟子なのにおかしいだろ」


「せっしゃにそれを言われても……」


 舞台へ到着した二人に、改めて説明が入る。


「ルールはオーソドックス。テンカウントに場外、参ったと言えば敗北。時間は無制限で武器の使用はアリ。ただし、今回の勝ち抜き戦は代表選手二名という事もあり交互に戦っていただく事となります」


「各五戦ずつ、連闘にはならないわけだね」


「それでも十分、こちらが不利さ」


 やれやれと、私は大きな溜息をつく。


「試合から外れた選手は小休止インターバルとなり、魔法や道具を使用しての回復も認められます。千本桜が選出した十名を全て倒せば、弟子チームの勝利。途中一度でも敗れれば、千本桜の勝利となります」


 準備は万全のつもりだが、もしもの時はエヴァの魔法に頼らせてもらう。


「それでは第一試合、ヤマト選手バーサス――」


 いよいよ対戦相手の発表となる。一体誰だ?


「千本桜七十二位、ストラウド選手!」


「「「うおぉおおおおおおおぉぉおおおッ‼」」」


 歓声と共に東『青龍門』から全身鎧フルプレートメイルの若い男が姿を現す。おや? どこかで見た覚えが……。


「少壮気鋭のストラウドを当ててこようとはね……彼は入団から僅か半年で多くの任務をこなしてきた若手のホープだよ。左利きサウスポーから繰り出される攻撃は慣れていないと一方的試合ワンサイドゲームになってしまう」


 思い出した。初めて牛若を国王と謁見させた後、鍛錬場で見た若者か。私が助言した通り、左利きをそのままに力をつけてきた様子。


「助言? 何で敵に協力してるのさ、君は!」


 敵と言われても。そもそも、あの時はこのような事態になると思っていなかったわけで。


 ストラウドは介錯人セコンド席の私に対して深くお辞儀を行う。若いのに騎士道精神がしっかりしている。


「オレが先か。小休止インターバルは秒で終わるからな、すぐに戦う準備しとけよウシワカ」


「ゆだんたいてき、だよ」


 大和が自慢気にするのを注意し、牛若は舞台から去っていく。


「両者、改めて前へ」 


 メンリコの指示が飛ぶ。向かい合う選手に「正々堂々と戦うこと、いいね」と告げる。


「ちなみにヤマトは、左利きサウスポーと戦った経験はあるのかい?」


 エヴァの質問に私は「ないな」と答えると、彼は「えっ」と驚く。


「そ、それってヤバいんじゃ――」


「レディィ……ファイッ‼」


 銅鑼ドラの音が鳴り響き、いよいよ試合が開始された。ストラウドの武器は基本に忠実な騎士剣なのに対して大和は――。


「大和なら、問題は無い」


 新たな相棒パートナー、『双小太刀』のお披露目だ。


「両手に短剣ダガー⁉ いや、それよりも随分大きい……脇差なの?」


「分類としては大脇差だが、それよりも扱いやすく短剣ダガーより強度も威力もある。双方の良いとこ取りと言うべきか」


 本来の刀では獣人としての優位性イニシアティブを存分に発揮出来ないと思った。そこで思い付いたのが二刀流。


 前例がないので、私は大和に学んだ全てを忘れろと伝えた。調子を崩す可能性もあったが――。


「試みは成功した。今の大和は……強いぞ」


 片方で顎、片方で胴を守る姿勢に隙はない。事実ストラウドは動揺を隠せず攻めあぐねている。


 開始から五秒。騒がしかった観客も固唾を呑む中動いたのは――。


「はああぁああああっ!」


 ストラウドだった。一気に距離を詰め、渾身の左一文字を繰り出す。


 ――そう、に留まってしまう。


 突如、激しい打撃音と共に攻撃を仕掛けたはずのストラウドが膝をつく。


「――――⁉」


 観客も審判も、当人ですら何が起こったのか理解出来ていない様子。


「……四発、かい?」


 エヴァの呟きに私は「御名答」と返す。


 大和はストラウドの攻撃が当たるより先に、胴へ三発入れるつもりだった。それを実行した上で更に隙を残す相手へ、追撃を加えたのである。


 それ程までに、二人の立つ世界が違い過ぎた。


「ワ……ワン! ツー! スリー!」


 慌ててメンリコがカウントを入れる。いくら鎧を纏っているとはいえ、被害は甚大だ。ストラウドは打たれた腹を押さえ、苦悶の表情をしながら何とか立ち上がる。


「ファイト!」と審判から再開を促されるも、足が前に出ないストラウド。彼も半年の間に実力を磨いてきた騎士。先程のやり取りで既に理解していた。


 どう足掻いた所で、眼前の少年には勝てないと。


 だからといって、逃走の選択肢は無い。騎士道を背く事は、死よりも恥ずべきと叩き込まれている。


「はああぁあああああっ‼」


 威嚇ではなく、己を鼓舞させる為の発声。恐怖に圧し潰される事無く前へ出る彼の姿は、紛れもない騎士だった。


 ドンという一際大きな打撃音が鳴り響く。大和の峰打ちがストラウドの首に炸裂、一瞬にして意識を途切れさせる。


 糸が切れた人形のように倒れる相手にメンリコが近寄り、カウントを唱えるまでもなく両手を交差。


「……きっ、決まってしまったぁあああぁああッ‼ ヤマト選手の勝利ッ! しゅ、瞬殺だぁあああ‼」


「「「うおぉおおおおおおおぉぉおおおッ‼」」」


 司会の宣言アナウンスと共に、再び大歓声が沸き起こる。とんでもない試合内容に、未だ信じられないといった様子の者達。


 それに応えるよう大和が右手を掲げる。まずは、一試合突破。戦いは、始まったばかり。

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