【第二章:科学探偵クラブ(6)】

「で、何で僕も掃除そうじを手伝うことになってるの?」と、少し不満ふまんそうな顔で田中洋一がぼやいた。


場所は旧校舎の図書室。なか強引ごういんに科学探偵クラブの一員にさせられた田中洋一と沢木キョウは、その日の放課後に行う掃除メンバーに加えられてしまっていた。また、実際じっさいに『幽霊の音』を聞いていて、同じく科学探偵クラブの一員となってしまった相葉由紀も掃除に参加さんかすることになった。六年三組の帰りの会で担任たんにんの池田勇太が掃除ボランティアの募集ぼしゅうを行なったが、予想通り誰も手はげなかった。


「これだけいれば十分じゅうぶんね」と真中しずえが話し始める。


「あれ、カンナどうしたの?」

「この南京錠なんきんじょう、実はかぎこわれてたりしないかなって思って色々いろいろためしてみてるの。」

「開きそうなの?」

「ううん、全然。」

「今、池田先生が職員室しょくいんしつで鍵の番号ばんごうをチェックしてるから、すぐに開けられるよ。」

「そうね。でも、何だかちょっと不思議なのよね。」

「何が?」

「ここって何年も使われてなかったんだよね。」

「そうだと思うよ。池田先生もそんなこと言ってたし。」

「でも、そのわりにはこの南京錠は新しく見えるのよね。古いタイプの鍵であるのは確かなんだけど、この鍵自体はつい数ヶ月前に買ったみたいな感じ。」

「気のせいよ、そんなの。ほとんど使われてなかったから新しく見えるだけじゃないかな。」


「そうかなー」と、真中しずえの言うことにあまり納得なっとくしていない様子ようすの空木カンナだったが、次の瞬間しゅんかん、誰かが図書室に入ってくる足音が聞こえてきた。


「池田先生が来たみたい」と相葉由紀が言ったが、そこに姿すがたあらわしたのは、同じクラスの羽加瀬信太(はかせ・しんた)だった。


「あの・・・僕も掃除を手伝ってもいいかな?」と聞いてきた羽加瀬信太に、「もちろん!ありがとう」と真中しずえは答える。その返事を聞いて羽加瀬信太はとてもうれしそうだった。


と、そこに小さな手帳てちょうを手にした池田勇太がやってきた。


「やあ、待たせてごめん。お、信太も来てくれたのか。これだけいれば掃除には十分だな。」

「先生、おそいですよ。」

「すまんすまん。鍵の番号を見つけるのに苦労くろうしてな。やっぱり、ここ数年は誰も使ってなかったみたいだったよ、その図書準備室。」

「え、じゃあ鍵の番号は見つけられなかったんですか。」

「いや、それは大丈夫。きちんと記録きろくのこっていたよ。」

「番号は何だったんですか?」

「うーん、本当は児童には教えちゃいけないことになってるんだけどな。まあいいか。誰にも言うなよ。」

「言わないから大丈夫です。科学探偵クラブだけの秘密ひみつです!」


「科学探偵クラブって何?」と、横から羽加瀬信太が聞いた。


「あ、そうか。信太君はこないだいなかったもんね。えっとね、科学の力で不思議な謎を解いていくグループなんだよ。」

「面白そうだね。」

「でしょ。信太君ももう科学探偵クラブの一員ね。」

「え、僕も入っていいの?」

「もちろん。で、今日は幽霊の謎を調べるために来たんだよ。」

「幽霊の謎?図書準備室の掃除じゃなくて?」


「ほら、信太も何言ってんだこいつ、って顔してるじゃないか」と池田勇太は言った。「幽霊なんていないんだよ。さあ、掃除掃除。鍵を開けるぞ。」


「先生、ひどい」と言いつつも、池田勇太の発言はつげんは全く気にしていない様子で真中しずえは「で、鍵の番号はなんです?」と聞いた。


「『0123』の四桁よんけただよ。他の奴らには言うなよ。」

「え、何その適当てきとうな番号。」


という二人の会話を聞きながら、ドアに一番近いところにいた空木カンナが南京錠を開けようとする。だが、その鍵は開かなかった。


「先生、開かないですよ。」

「ほんとか?『0123』だぞ。」

「『0123』に合わせましたが開きません。」


「おかしいな」と言いつつ、今度は池田勇太が自分でもためしてみる。そして、「あれ、やっぱり開かないな。おかしいな。メモに書き間違まちがえたかな。もしかして、『0321』だったかな。うーん、これでも開かないか」と言いながら、ガチャガチャと色々と試してみた。しかし、それでも南京錠は開かなかった。


「先生、どうしますか?」と空木カンナが聞いた。「仕方しかたない。職員室に行って番号をもう一回見てくるよ。それで、もしそこに『0123』と書いていたら、用務員室ようむいんしつかどこかで鍵をこわす道具を持ってくることにしよう。誰かが鍵の番号を記録きろくするときに間違まちがったのだとしたら、この鍵はもう使えないからな」と言って図書室をっていった。


「さてと、私たちはその間どうする?」と真中しずえが聞いたとき、羽加瀬信太はドアのところに歩いていって何やら南京錠をガチャガチャしていた。


「信太君、何してるの?もしかして、泥棒どろぼうみたいに鍵を開けられたりするの?」と、真中しずえが聞くと、「ううん、もちろん、そんなことはできないよ。でも、何か適当に番号を入れて開かないかなって試してるの」と、羽加瀬信太は答えた。


「えー、そんなの無理むりだよ。」

「うん、僕もそう思うよ。でも、池田先生がもどってくるまでひまだなと思って。さっきは『1029』を試してみたんだ。僕の誕生日は十月二十九日だから。」

「開いた?」

「ううん、ダメだった。さすがにそんなに都合つごう良くはいかないかな。」

「ねえ、私の誕生日は七月十二日なの。『0712』を試してみてくれる?」


と、真中しずえが自分の誕生日の四桁を伝えると、「うん、いいよ」と言いながら、羽加瀬信太がその数字を合わせた。すると、『ガチャ』と小さな音がして南京錠が開いた。


「え?」

「どうしたの?」

「開いちゃった。」

「ほんと?『0712』で開いたの?」

「うん・・・」

「じゃあ、ドアを開けられるってこと?」


「たぶん・・・」と言いながら、羽加瀬太郎が南京錠を外してドアノブをゆっくりと回すと、『ギギィ』と音がしてドアが開いた。図書準備室の中は真っ暗で、少し湿しめったにおいがした。


「ど、どうしよう・・・」と羽加瀬太郎がみんなの方を向いて言うと、真中しずえは「中を見てみるしかないよね」と答えた。


「でも、勝手かってに入ったらおこられちゃうんじゃない?それに、ちょっと怖い」と相葉由紀が言った。


しかし、相葉由紀の言ったことは聞こえなかったのか、空木カンナはドアを全開にして図書準備室に体を半分いれた状態じょうたいでドア付近ふきん見回みまわし、右手で何やら探していた。そしてすぐに『カチャ』と音がして図書準備室の電気でんきがついた。


「うん、電気はちゃんとつくね」とひとごとのように空木カンナが言うと、沢木キョウが空木カンナの横までいって図書準備室の中を見た。


「やっぱりせまいね。」

「そうね、しかも古い校舎だけあって、この部屋の作りも古臭ふるくさい感じ。」

「ここを掃除するのはちょっと大変かな。」

「私もそう思う。この人数が全員入るのも少しきびしいくらいだしね。」


「私たち、掃除に来たんじゃないのよ」と、空木カンナと沢木キョウの会話に、真中しずえが割って入る。そして、「幽霊の謎を解かなくちゃ。私も中にいれて」と言って、二人の間を通って図書準備室に入っていった。


それに続いて羽加瀬信太も、少しおどおどして天井てんじょう何度なんどもチラッと見ながら、じめっとした図書準備室の中に入っていった。だが、相葉由紀は「私はちょっと怖い」とドアから少し離れたところで立っていて、田中洋一も「中はせまそうだから僕も外にいるね」と言って相葉由紀の近くから図書準備室の中を見ているだけだった。


図書準備室の中に入った四人がたなの本とかテーブルに乱雑らんざつに置かれていた紙のたばを見ていたところ、突然とつぜん「キャッ」という声が真中しずえから発せられた。


「どうしたの?大丈夫?」と、おどおどした声で相葉由紀が隣の図書室から聞いてきた。


「大丈夫大丈夫。なんかゆかれていて少しすべったの。」


「え、もしかして?」と田中洋一が言うと、「そんな怖いこと言わないで」と横から泣きそうな顔で相葉由紀が言ってきた。


「血じゃないわよ。ただの透明とうめいな水っぽいの。でも、なんでれてるのかしら、この床。」


「幽霊がいた場所は、その後に床がれてるって聞いたことあるけど、もしかして本当に幽霊が・・・」と田中洋一がしゃべり始めると、「やめて」と目になみだを浮かべながら相葉由紀が少し大きな声で田中洋一の発言をさえぎった。


「ごめん」と田中洋一が答えるのとほぼ同時に、図書準備室の中で「雨漏あまもりしてるね、この天井」と上を指差ゆびさしながら空木カンナは言った。指をさした先は真中しずえのいる当たりの天井で、「え、ほんと?」と言いながら上を見た真中しずえの目の前を水滴すいてきが落ちてくる。『ピチャ』と小さな音がした。


「こっちも雨漏りしてるっぽい」と図書準備室の奥の方にいた羽加瀬信太が言う。「古い建物たてものだからね。本とかにダメージがないといいけど」と沢木キョウが言ったところで、「お、ドアが開いたのか?」と池田勇太の声が聞こえてきた。池田勇太が図書室にもどってきたので、図書準備室にいた四人はいったん図書室に出てきた。


「その鍵、結局けっきょくあいたのか?やっぱり『0123』だっただろ?」

「『0712』でした。」

「『0712』?」

「そうです、私の誕生日でした。」

「『0712』?真中の誕生日?何だそれ。職員室にあった記録では、やっぱりこの鍵の番号は『0123』だったぞ。」

「ほんとですか?でも、実際に『0712』で開いたんですよ。池田先生も試してみますか?」


池田勇太が真中しずえから南京錠を受け取り、『0712』に数字をセットすると『ガチャ』と音がして確かに鍵は開いた。


「あれ、ほんとだ。おかしいな。誰かが新しく鍵を変えてたのかな。まあいいや、あとで職員室の記録用紙きろくようしを書きえておくか」と言って、池田勇太は自分の小さな手帳てちょうに『0712』の数字を書いた。


「で、中に入ってどうだった?幽霊とやらはいたか?」

「幽霊はいませんでした。でも、雨漏りはしてました。」

「雨漏り?」

「はい、天井から。少なくとも2ヶ所。」

「どれ、ちょっと見てみるか。」


そして、真中しずえから雨漏りをしていることを聞いた池田勇太は図書準備室の中に入る。そして、真中しずえがその後に続いた。


図書準備室の中で真中しずえが指差した天井を見て、池田勇太は「あー、たしかにこれは雨漏りしてるな。業者ぎょうしゃを呼ばないといけないな」とちょっと面倒めんどうくさそうに言った。そして自分の腕時計うでどけいを見て「もう4時前か。明日電話するかな。いや、電話だけでも今日しておくか。明日来てもらえるかもしれないしな。ん、ちょっと待てよ。今日は木曜日だよな。ということは明日の放課後は会議かいぎか。じゃあ、業者に来てもらうのは早くても来週の月曜日か。電話も明日にしようかな。うーん、でもやっぱり・・・」と、独り言のようにブツブツと言っていた。


「池田先生、掃除はどうします?」と真中しずえが聞くと、ハッとわれもどった池田勇太が「そうだな、雨漏りしてるから床も少しれてるな。今日はちょっとやめておこうか。俺は職員室に戻って雨漏りを修理しゅうりしてくれそうな業者の連絡先れんらくさきとか調べてみるよ」と答えた。


「図書準備室の中をもう少しだけ見ててもいいですか?」

「なんだ、まだ幽霊を探してるのか?」

「いえ、そういうわけではないんですが。」

「少しならいいよ。でも床が濡れてるから気をつけるんだぞ。あと、きちんと電気を消して鍵もかけておいてくれよ。」

「はい、わかりました。ありがとうございます。」


図書準備室から図書室に出てきた池田勇太は、真中しずえに言ったのと同じ内容を他の五人にも簡単かんたんに伝えて職員室に戻っていった。


池田勇太がいなくなってから、「でも、まさか、真中さんの誕生日で鍵が開くとは思わなかった」と相葉由紀は真中しずえに話しかけた。


「私もびっくりしちゃった。やっぱり私って何か特別とくべつな星の下に生まれてるのかな」と冗談じょうだんっぽく言うと、空木カンナは「また、そういうこといって」と笑って答えた。


「真中さんが自分の誕生日が暗証番号あんしょうばんごうになってる南京錠を買ってきてつけてたって可能性はあったりする?」と、少しつかれたのかねむそうに左目をこすりながら沢木キョウが聞いてきた。


「まさか、そんなのないない」と開いた右手を左右にりながら真中しずえが答えると、「そうだよね、僕もびっくりしちゃった」と羽加瀬信太が真中しずえに続いてそう言った。


結局けっきょく、残った六人は、その後も図書準備室だけでなく図書室も見回ったが、幽霊の謎につながるようなものは特に何も見つけられなかった。


三十分ほどってから、「私、そろそろじゅくにいかないといけないかも」という真中しずえが言ったので、その日の幽霊の謎を解く探検たんけんは終わった。その塾には、相葉由紀と羽加瀬信太もかよっていたため、三人は一緒に学校を出て行った。


残った三人である、田中洋一・沢木キョウ・空木カンナも、途中とちゅうまでは一緒に帰った。その道中どうちゅう、田中洋一が「結局けっきょく幽霊騒ゆうれいさわぎって何だったんだろうね」と残った二人である沢木キョウと空木カンナに聞くと、「洋一君はわからなかった?」と沢木キョウは田中洋一が想像そうぞうしていなかった返答へんとうをしてきた。


「え、もしかしてキョウ君は幽霊の謎が解けたの?」

「まだわからない点はあるけど、大体のことはわかったよ。」

「本当!?」


「ふふっ」と空木カンナが笑う。


「え、もしかして空木さんもわかったの?」

「それはどうかな。内緒ないしょ。」

「えー、教えてよー。」


「やっぱり空木さんもわかったんだね。じゃあ、明日この三人で『犯人はんにん』に会いにいこうか。」

「犯人って・・・相葉さんを驚かせたのは、幽霊じゃなくて人間の仕業しわざなの?」

「もちろんだよ。」


「でも、明日わかる保証ほしょうはないと私は思うけどな」と空木カンナが言うと、「絶対ぜったいではないね。でも、来週には雨漏りの修理しゅうりをする業者が来そうだから、明日が現れる可能性は高いと思うよ」と沢木キョウは答えた。


「そうかもね。」

「じゃあ明日まではこのことはこの三人だけの内緒ないしょということで。」


「え、真中さんには言わないの?」と田中洋一が聞くと、「どうする?」と沢木キョウは空木カンナの方を向いて彼女の判断はんだんあおいだ。


「やめときましょうか。犯人のためにもね。」

「あー、やっぱりそういうことか。じゃあこの三人で行こう。僕はこの後ちょっと買い物に行ってくるよ。事件じけんの謎を解く『かぎ』を買いにね。」

「あ、そういうことね。いってらっしゃい。」


「何が何だか全然わかんないよー」となげく田中洋一を尻目しりめに、沢木キョウと空木カンナはそれぞれの家へと帰っていった。


***

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る