【第一章:転校生(1)】

田中洋一(たなか・よういち)はごく普通ふつうの小学生男子だった。運動ができるわけでもなく、勉強ができるわけでもない。かと言って、悪ガキや不良ふりょうといった『落ちこぼれ』というわけでもなかった。本当にどこにでもいるような普通の児童じどうであった。


ただ、手品てじなだけはクラスのだれよりも上手で、休み時間に田中洋一が手品をするためにトランプなんかをつくえの上に出すと、それとはなしに人が集まってくるのだった。


本来ほんらい、手品というのは不思議ふしぎ現象げんしょうを見て楽しむものだ。しかし、多くの人は手品を見るとなると、そのタネをあばくことに必死ひっしになる。タネが見つけられれば自分の勝ち、見つけられなければ負け、というわけだ。


田中洋一の手品を見に集まるクラスメートたちも、その多くが手品のタネを見つけることに集中していた。そして実際じっさい、時には田中洋一の手品のタネがあばかれることも少なからずあった。


田中洋一は、初めのころは自分の手品のタネがばれるのをいやがっていた。しかし、手品のタネがばれたときの方がみんながよろこんでくれていることに気づき、それ以来いらい積極的せっきょくてきに手品のタネを明かすことはないにしろ、手品のタネをひたかくしにしたり、手品のタネがばれないように必死ひっしになったり、ということはなくなった。


そんな大らかな態度たいどのおかげか、ごくごく普通の小学生男子であるにもかかわらず、田中洋一は、それなりにクラスのみんなと仲良なかよくできていた。そして、彼の手品は、彼の周りに人をきつける大きな武器ぶきともなっていたのである。


***


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る