35 狂暴な熊注意

薄暗くなってしまった森を走る。ただひたすらに、仮面のもの達から逃げるために。


 途中、魔獣が襲ってきたがなんとか撃退していた。


「はぁ……戌井、止まれ」


「え?」


 背中の体温が徐々に低くなっていくのを感じ取って戌井に止めるように呼び掛けた。


 驚いた様子の二人を無視して青年を背中から下ろす。


「……予想以上に重症だな」


 あちこちに裂傷があり、深さはまちまち。一番酷いのは腹部の傷、剣か何かで切りつけられたのだろう、一際傷が深い。なんなら後頭部も打っているようだ。


「……ご主人様」


 絞り出すような、か細い声。


「し、篠野部?」


「生きてる。体温が下がってきてるから、恐らくは失血が原因だな。止血だけでもしないと、町まで持たないかもしれないな」


 治癒魔法をかければいけるか?


「あの、助けるために必要なことはなんですか?私にできるのならなんだってします」


「……とりあえず一番出血してる箇清潔な布で圧迫止血してください。僕らは治癒魔法をかけてみます」


「はい」


 メイドは何処からともなく綺麗なタオルを取り出し腹部の傷を強く押さえる。思いとは裏腹にタオルにはじわじわと血が染み込んでいく。


「篠野部、これ私らの治癒魔法でいけるの?」


「できるできないじゃない、やるんだ。喋ってないで魔法使え」


「あ、うん」


 どうも戌井の様子がおかしい。なんというか、多少は落ち着いたものの、随分としおらしい。


 治癒魔法をかけ続けていると、本当にゆっくりとだが出血量が減っていく。止血は一先ず戌井に任せコートを脱いで腹の下に押し込んだ。


「心臓より上に、だからこれでいいはず。運ぶときが問題だな」


「血落ち着いてきたけど次はどうする?」


「次、次は……」


 次はどうしよう。どうするのが正しい?町に運ぶか?ああ、そうだ。町に運んで医者に見せるんだ。


 となれば__


「担架、担架を作って運ぼう。その方が傷に響かないはず」


「布はあります。使えそうな棒は……作ります」


「は?」


「え?」


 このメイド、一体何をいっているのだろうか。


 唖然としている間に近くにある木を持っている剣で斬り倒した。


 ガサガサ__


 葉が揺れ、枝が引っ掛かり、木が地面に伏した。


 メイドが剣を振り上げる。次の瞬間、丸太は細長い角材に変わっていた。


「できました」


「……布をくくりつけるぞ」


「自信なくす……」


 角材に布をくくりつけ、簡易的な担架を作る。青年の慎重に寝かし、僕とメイドで運ぶことになった。


 このメイドがいてよかったと、心底そう思った。いくら剣道部エースの戌井でもこんな芸当はできないだろうし、使えそうなものを探す時間もない。


 青年を担架にのせて運ぶこと体感、十分程度。後ろから仮面のもの達が追いかけてくる気配はなかった。そう安堵していると進行方向から木葉が揺れる音と枝がおれる音が聞こえてきた。


「今度はなんだ?」


「魔獣が生息しております。もしやすると血の匂いに連れてきたのやも知れません」


「……最悪」


 だんだんと音が近づいてくる。警戒しているとき、茂みの中から何かが飛び出してきた。


「ぐう?」


 出てきたのは囚人服のような模様が特徴的なシマシマベアーだった。


「……シマシマベアーさん?」


「ぐう」


「なんだ、君か」


「く、熊!?」


 シマシマベアー相手に騒ぎ立てるメイドに懐かしいものを覚えた。シマシマベアーにあった僕らも最初はあんな感じだった。あのときは今と全く違ってシマシマベアーは正気ではなく、肉食獣の顔で追いかけ回されていた。


「だ、大丈夫なんですか?」


「大丈夫、賢い子だし」


「えぇ……」


 はたからみれば相当ヤバイ絵面だけどな。血塗れな四人組と野生の熊、間違いなく補食寸前だ。


「魔獣への牽制ができるようになるのはありがたい」


 魔獣だけじゃない、あの仮面のもの達への牽制にもなる。


「あの……」


 さっきまで僕らのシマシマベアーに対する態度に引いていたメイドが控えめに声をかけてきた。


「私達は命を狙われています。犯人も理由もある程度予想できており、その上で考えた結果、私達の死を確認しなければ、あの物達は引こうとしないかと。死亡偽装をしなければ貴方達だけではなく町にまで危害が及ぶと想定できます」


「それは、確かにそうだな。ともなれば何か……」


 死亡偽装?するにしたって死体の変わりでも用意するか?そんなのどうやってする?


 魔法で作る?禁忌だし、それっぽいものを作るにしたって肉と骨が必要だ。今ここにそれはないし、魔法で死体モドキを作るにしたってあとはどうする?燃やす?どう見たって不自然だ。でも燃やさなければ死体モドキだと言うことはバレてしまいそうだ。


「……死んだって思わせればいいんだよね?」


 今だ顔色の悪い戌井がシマシマベアーを撫で付け、水入りの皮袋の水筒を取り出した。


「何をするんだ?」


「狂暴な熊注意」


「は?」


 すっとんきょうな発言に呆れと疑問を孕んだ返事を返す。


 だが話を聞くに、どうも悪くない作戦だった。これならば死体がなくとも相手に死んだと思わせることができるかもしれない。


 死亡偽装計画が開始した。


 これで上手く騙されてくれるといいのだが……。




__ __ __ __





仮面の者A視点


 “あのお方”からの命令により小僧一派を殺すべく、あちこち追いかけ回し一人また一人と戦力を削っていった。


 最終的には小僧と小僧に使えるメイドの二人にまで減った。しかもだ、メルトポリアのクソ野郎共の国の端に位置する森へ追い詰めたら小僧は部下の攻撃で気絶しやがった。


 抵抗してくるメイドもあちこちボロボロで楽勝だと思っていた。


 楽勝だと思っていたのに!!


「くそったれ!なんだったんだあの光と音は!」


「ぐぅぅ、まだ耳と目がおかしい……」


「あの二人見失っちまいやしたぜ。どうしましょう?」


「どうするもこうするもねえだろ!見つけてぶち殺すんだよ!」


「へ、へい!」


 あのメイドの武器は剣と投げナイフだけになっちまってたはず、予備動作のようなものはなかったし何より本人が驚いていた。小僧は気絶していたから論外だ。なにかよそ者が干渉したと見て間違いなねえ。


「小僧派の援軍か、それともただのお節介焼きか。まぁ、どっちにしろ死んで貰うがな」


 さて、どんな風に殺してやろうか。俺らにやったように目と耳を潰してやろうか。


 ギャァァアアアアアア!!!__


 森の南西から聞こえてきた断末魔が木葉を揺らした。


「なんだ?」


「魔獣に襲われた行商人でもいたんじゃねえですか?」


 思わず口角が上がる。


「これは手間が省けたかも知れねえな」


「え?どう言うことですかい?兄貴」


「バーカ。血まみれの小僧どもは真夜中の魔獣が生息してる森をフラフラと歩いてるんだぜ?餓えた獣どもはヨダレを垂らして食いつくだろうよ」


 実際、血があちこちに付いている、この場所に向かってくる音が聞こえていた。


「なるほど、あの様子じゃあ抵抗するまもなかったかもしれんな」


「そういうことっすか!」


 「流石、兄貴!」と誉めてくる子分を他所に断末魔の反響からおおよその位置を割り出す。


 子分達を引き連れ、なるべく音を立てないよう隠密行動で森のなかを進んでいく。


 しばらくすると断末魔の元凶であろう魔獣を見つけた。


 外見は熊だが体に縞模様が入り、小僧どもの血肉を食らったがゆえか口の回り野家が赤く染まり血が滴り落ち辺りを赤く染め上げていた。


 口元には小僧のスカーフとメイドのエプロンの切れ端が引っ掛かっていた。


「ぐぅぅ……」


「チッ、木の上の俺たちの匂いを察知したか」


「死体は確認できていないが、引き上げるか?あれがどんな種か知らないが冬眠し損ねた熊に関わるとろくなことにならないぞ」


「食い殺されるのは勘弁っすよ」


 へっぴり腰どもがうるせえ。“あのお方”には死体まで確認しろと言われちゃいるが、この様子だと血と肉塊しか残っちゃいねえだろう。撤退するのが最善か。


「……餌を取ろうとしてると勘違いされちゃ面倒だ。かえっぞ」


「ああ」


「うっす!」


「ああ、帰る前に__」


 木に上ってこようとしている熊の魔獣に向けて腕を付き出し、呪文を詠唱する。そうすると熊の口元に引っ掛かっていた小僧のスカーフが浮かび上がり、俺に手に収まった。


「うげえ、べしょべしょ……。まぁ、死体の変わりにゃなるだろ」


 未だに俺たちに威嚇する熊を放置して、俺たちは帰路に着くことにした。


 癪にさわる雇われ野郎は、どこにいるんだ?ろくに仕事しやがらねえし、とっととクビになっちまえばいいのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る