9 初仕事

環境が違うからか、自然と目が覚めた。


 窓から差し込む光に顔を大きくしかめる。正直まだ眠たい、何なら二度寝したいがそんなわけにもいかず、無理矢理体を起こす。


 時刻は午前四時半、日も登っていない早朝だ。こんな時間に起きるなんてお年寄りか、忙しい人か、パン屋くらいだろう。


 背伸びをして、眠気に負ける前にベッドから出た。ベッドを整え、昨日渡された服に着替える。


 カートルというらしい、裾の長いワンピースのようなものを渡された。白地に少し黒のはいった赤い上着のようなものだ。靴も用意してくれようとしていたがあいにくサイズがなく、見送りとなったのでスニーカーのままだ。スニーカーだと召喚された人間だとばれそうなので近いうちに買いに行きたい。


 ゴムと紐を使って髪を団子にまとめる。紐は服の赤と同じ色のものだ。


 あらかた用意が終わると部屋から出て庭にある井戸水で顔を洗う。


「つんっめたっ!」


 ……一気に目が覚めた。


 ここまで一回も篠野部を見なかったがもう起きてしまっているのだろうか。起きてなければ起こしに行けばいいか。


「ふう、改めてみるとデカイ家だな。屋敷の手前くらいかな?ちっちゃい宿ならできそうだわ」


 独り言を呟いてリビングに向かう。


 「おはようございま〜す」


 リビングにはいればナノンちゃん以外が揃っていた。流石に小さいナノンちゃんはこの時間に起きてこないらしい、私も同じくらいの時は7時とかざらだった。


「あ、私が一番最後か」


「きたか」


 Tシャツっぽいのとズボンを着た篠野部がいた、篠野部の服は元いた世界でも普通にありそうなものだ。


「おはよう」


「おはよう、永華ちゃん。ちゃんと起きれたのね」


「あ、おはようございます。はは、まだ眠いですけど何とか」


「ふふ、それじゃあ揃ったことだしお店に案内するわね」


「はい」


 イザベラに案内されてお店のなかを見て回る。


 パンを焼く用の釜が自力で温度調節するものだったり、冷蔵庫が古典的な氷をいれてものを冷やすものだったのには驚いた。


「さて、今から昨日仕込みをしたパンを完成させていくわよ」


 言うが早いか、取り出されたのは膨らんだパン生地だ。それをイルゼの指示道理に捏ねて、分けて、形を整えていく。それを何度も繰り返していくと不揃いのパン生地が並んでいく。


 その後はパンを焼いていく作業だ。次から次に釜にいれていき、焼き上がるまでは休憩だ。


 ここまでろくに会話していない、というかそんな余裕無かった。イルゼさんは解説だったり、世間話だったり色々話してたけど私も篠野部も相槌で精一杯だった。


「はあ、パン屋ヤバい」


「ふう、パン屋と言うよりはここがやばいんだ。一般のパン屋より作る量が多い」


「まじか」


 開始早々、疲れ気味です。


 工房の隅に置かれた椅子に座り込む永華とカルタ、それを見てイザベラは微笑み二人の前に皿に乗ったサンドイッチを差し出した。


「はい、朝御飯よ」


「ほっ!ご飯!」


「子供か…」


「いただきまーす!」


 差し出されたサンドイッチを貰い受け、篠野部の言葉なんて気にせず早速かぶりつく。


 挟まっているのは噛む度にシャキシャキと音を立てる新鮮なレタスと塩味の効いたハム、それからひと味違うマヨネーズだ。塩味の効いたハムはパンとの相性抜群で、マヨネーズはアクセントになりとても美味しい。


 どこを取っても美味しいのだが、なにより一番なのは……。


「パンやばあ」


「ふわっふわ」


 もちもち、ふわふわ、それでいて少し甘く飽きない味で“そりゃ人気にもなる”と納得だ。


「このパンでハムサンドは最高でしょ」


「エイカちゃんは食べるの好きねえ」


「だって食は人生の至福ですもん」


 昔っから食べることは好きだ。好きなものを一杯食べたいし、美味しいものをたくさん食べたい。その代わり体重管理や健康面の管理が面倒なんだけど。


「ほら、そろそろパンが焼き上がるころよ。店先に並べるから手伝ってね」


「はーい」


「わかりました」


 釜からいい匂いがしてくる。焼く前にセットしていた砂時計はそろそろ無くなってしまいそうだ。


 お盆を用意して、包装用の袋も棚からだしてくる。少しして砂時計の砂は落ちきって、パンの焼き上がりを知らせる。


 釜から出てきたパンはきつね色に焼けて、湯気が起っている。焼きたてのパンの匂いが食欲をそそる。


 菓子パンは右の棚、食パンとフランスパンはレジの近く、惣菜パンはサンドイッチの隣。出来たものから次々に並べていく。


 やっと開店前まで漕ぎ着けたと思えば、もう9時の少し前だった。


 店先には人がたくさん並んでいて圧さえも感じる。友達と遊びに行くと言うナノンを見送り、永華はイルゼに指示された通りにお店の鍵を開けてクローズドと書かれた木札をオープンに変えた。


 すると人が雪崩れ込んでくる。ある人は手早く選び、ある人はあーでもないこーでもないと迷っている。


 これは混雑すると悟った永華は素早くレジの中に入り、会計をする客をさばいていく。お金の単位は円ではないものの一の次は二と、元の世界と同じなので割りとスムーズに進めていた。こればかりはバイト経験が生きたものだ。


 ちなみにだが篠野部は裏で追加で販売するようのパンを作っている。パンが次から次に売れていくのは心地よかった。


 ピークを過ぎた、午前二時ごろ。最後の客を見送り大きく息を吐いた。


「はあ……」


「はあ……」


 端から見ても疲れているのがわかるだろう疲労っぷり、人並みがすごかった。語彙力が無くなってしまうほどにすさまじかった。


「お疲れ様、二人とも。さあ、今日はここまでよ」


 イザベラの意外な一言に驚き、首をかしげる。


「不思議そうね。貴方たち、この町に来たばかりでしょう?だから探検がてらお散歩に言ってきなさいな」


「お散歩?」


「ええ、お散歩。迷わないように地図もあげましょうか。それからお使いも頼めるかしら?」


「え、あ、はい」


 呆気に取られて反応に遅れてしまう。となりにいる篠野部は返事をする気力も残ってないようだった、モヤシなので致し方なし。


「じゃあ、この紙に書いてあるものをお願いね。お金は多めにいれているから町でおやつでもかいなさいな。それから悪い人達に気を付けるんだよ。あと靴買ってきなさい」


 なんだろう。イザベラさんは私たちを幼児か何かだと思っているのだろうか?まあ、異世界二日目の生まれたての子供に等しい経歴なんだけども。


「あの、自分たち十五ですからそこまで心配しなくても大丈夫ですよ?」


「えっ」


「え?」


「?」


 篠野部が年齢をいったら驚かれた。


「嘘……はっ、極東の人は童顔だって聞いたけどそういうことなのね。ごめんなさい、てっきりもう五つ程下かと思ってたわ」


「え?あ、そうなんですか?」


 どうりで私たちに対する態度が子供扱いじみてるわけだ。


 カルタは今まで年下に見られるどころか、大人びている部分のお陰で二つ、三つ上に見られることが多かった。


 永華はその逆、子供っぽいところがあるから年下に見られることはいつものことだった。流石に五歳も下に見られることは初めてだったけれども。


 日本人そんなに童顔なんだな。


「あらまあ、驚いたわ」


 それは私もです。


「でも私が間違えちゃったし、そう思う人の方が多いと思うの。小さい子って狙われやすいから、どちらにせよ気を付けるのよ」


「あ、はい」


「わかりました」


 そんなこんなで異世界に来て二日目の午前の初仕事は大忙しで終わりを告げ、町の探索が幕を上げようとしていた。

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