第一話『入学、問題発生?』

「おー!ここが学園かー!すげー人!」

 そう声を上げはしゃぐ少女

 彼女の名は鬼ノ山 鈴音(きのやま すずね)、鬼神兄妹の妹の方である

 170弱の長身で額から伸びる一対の角と長く伸ばしたポニーテールが特徴で、スラリと長く伸びる手足やメリハリのある、華奢に見えつつもしっかりと筋肉の付いている引き締まった身体、右腕を包帯で巻いた姿が印象的である

「こらこら、そんなにはしゃいじゃダメだよ」

 そう彼女に言うのは彼女の兄、鬼ノ山 遥翔(きのやま はると)、鬼神兄妹の兄の方である

 鈴音や平均的な男子よりも小柄ではあるものの妹と同じく細く引き締まった肉体と首元にかなり目立つ切創があった

「いいじゃねえかよ兄貴、初めて来る場所なんだから、テンション上がるのは当然だろ!?」

「まぁそうだけど…ってあれ?大和たちは?」

 気が付いた時にはもう何人か居たはずの同行者たちがいつの間にかいなくなっていた

「あっ、アイツ!またどっか行きやがった!」

「たしかに昔からいつの間にかどっか行っ てたりしてたけど・・・まさかこのタイミングでとは・・・」

「ま、いっか、とりあえず一緒に居るはずだから碧に連絡しよーぜ」

「そうだね、それがいいかも」


 一人の少女が人混みの中で鳴るRフォンを取り、通話を始める

「もしもし、碧です」

 鈴音の言う同行者の一人、創手碧(つくりて あおい)と呼ばれる少女が鈴音と話す

『あっ、碧か?』「あぁ、鈴音、どうしたの?」

『お前らいつの間にかいなくなってたけどどこいってんだよ』

「ごめんねー。人の流れが強くてかなり前に流されちゃった」

 実際この時合格者の入学生たちの流れは凄まじく、しっかりと踏ん張らなければ簡単に人の流れに呑まれて押し流されてしまうほどだった

『おーそうか。大丈夫だったか?』

「うん大丈夫。でもちょっと面倒事に巻き込まれちゃって」『面倒事?』

「実は天照を寄越せって言ってきてる人がいて困ってるんだよね…ほらこの声」

 そう言って碧は携帯の通話をスピーカーモードにした

「いいからそいつを寄越せと言っているだろう!?」

「嫌じゃ!貴様のような性格クズの所になぞ行きとうない!」「何だと貴様!」

 携帯のマイクは人混みの中で一人の青年に怒鳴る高圧的な男と先程『天照』と呼ばれた小柄な少女が言い返すその声を精細に受け取っていた

「ってかんじ」『そりゃ大変だな』

 その直後、驚きと焦りの混じった声が碧から発せされた

「あっ、今度は音葉に目をつけた」『・・・ちょっとヤバくねえか?』「うん・・・ヤバいかも」

 そう言い終わらないうちに怒鳴り声とグシャッという何かが潰れる音

 そして『「あ」』という二人の声が重なった

「あがぁぁぁぁ!お、俺の腕がぁぁぁ!」

 そう、音葉と呼ばれた少女が男の腕を片手で一瞬のうちに握り潰していたのだ

 その手は無惨にも粉微塵に砕かれた上に180°曲げられていた

「音葉、駄目でしょ。いきなり骨を折ったりしたら」

 そう言う青年と

「すまん無理だった」

 と返す少女

「それにしてももう少し我慢出来なかった?もしくは警告するとかさ?」

「絶対無理だ!大和だって知ってるだろ、俺がああいう奴大嫌いなの!ああいうのやられると可動域増やしてやりたくなるんだよ!」

 嫌悪感と不快感を一切隠そうともせずに言い放つ

「うん、まぁたしかにああいう人は苦手だけどさ」

 大和と呼ばれた青年が音葉の発言に苦笑いを浮かべながらも同意を返した

「貴様らァ…どれほどこの俺を愚弄する気だ!俺はクライス家の次期当主、レイズフェルトだ!」

「それがどうしたの?」「何だと!」

 威圧的にレイズフェルトと名乗った男に大和はあっけらかんと返した

「ここじゃそういうのはご法度だって入る前に教わらなかった?」

 そう、入学前に説明されるが天月内や外国には今でも貴族・武家・皇族といった身分が残っているが、学園内では『特権』と呼ばれるモノは一切使えない

 そのため、学園では一定の水準さえ満たしていればどのような身分の国民・外国民であっても受け入れる、その門戸の広さも学園の特徴である

「うるさい!貴様が大人しく着いてきていれば俺の学園での地位は絶対的なものだったの だ!」口汚く叫び散らかす男と

「儂のせいか!?」と驚く天照、「そりゃ無いよ」と返す大和

「黙れ、黙れ、黙れ!それもこれも全て貴様のせいだ!どう責任を取ってくれる!」

 喚き散らすレイズフェルトを横目に

「どうしよう天照」「どうしようのう大和よ」

 二人は顔を見合わせて困り顔を浮かべる

 その時、誰かに呼ばれたのであろう学園の教師がその場に到着した

「おいどうしたガキ共、うるせぇぞ。入学早々問題行動か?」

「あ、先生」「おぉ、久しいのう龍哉よ」

 龍哉と呼ばれた教師は着崩した普段着にぶっきらぼうな言動と、およそ教師とは思えないスタイルではあったが襟元に着けられたバッジと身に纏う独特の気配がそれに足る実力者であると伝わってくる

「おう、久しぶりだな天照、相変わらずちっこいままだなぁ」「うるさいわ!」

「で?何があったか説明してもらおうか?」

 そう一団に問いかけてくるがその目の先に居るレイズフェルトを見つけると(またか・・・)と呆れるような目で見ていた

「またお前か・・・入学するまで何回問題起こしゃあ気が済むんだ?」

「うるさい、うるさい、うるさい!どいつもこいつも俺のことを馬鹿にしやがって!もう我慢ならん!正々堂々勝負しろ!」

 そう言い放つレイズフェルトに龍哉は心底面倒くさそうな顔をし、大和は「えっ、どこで?」と疑問を口にした

 それに龍哉は「あー、それなら大丈夫だ。一応生徒全員テスタールーム使えっから」と頭をかきながら大和へ教えた

 フルダイブバーチャルリアル式戦闘訓練所,通称テスタールーム

 使用者の全身をスキャンし、仮想空間内に現実と全く同じ身体数値・能力のモデルを作り出す装置

 専用のスキャナーを使用して自身のPFも出力可能なため、各種授業や学生同士のいざこざの解決のための決闘の場としても使用されている

「じゃあそのテスタールーム?ってので戦おっか」

「ふん、良いだろう、せいぜい今のうちに謝罪の一言でも考えておくんだな!」

 そう言い残すと即座に踵を返してどこかへ行ってしまった

 それを見届けた龍哉は「お前らもとっととやる事やっとけよ」と言ってその場を離れた

「あ、行っちゃった」

「それで決着って言っても・・・誰で行くの?」

 そう碧が大和に問いかける

「うーん、やっぱり天照かな〜」

「おーい大和〜!」「あっ、鈴音〜こっちー」

 その時、鬼ノ山兄妹が合流する

「ねぇ大和、何かあったって聞いたけど何があったの?」「実はね・・・」

 遥翔の問いかけに大和は二人にそれまでの事を説明した

「あー、それは災難だったね」

「で、その決着ってのはやっぱり天照と行くのか?」

「そうだね、一番相手にショック食らわせられるかも」

「でもその前にきちんと入学受理証貰わないと」

 ほぼ全員がすっかり忘れていたが入学にあたり必要な書類を提出し、入学受理証を受け取る必要があるのだ

「あれ、月詠と珠良さんは?」「月詠なら列車内に忘れた荷物を回収しに飛んで行ったぞ」

「珠良なら寝坊して今走って来てるってよ」

 この時、外では学都に向けて凄まじい速度で地上を走行する機影と上空を飛行する機影の二つが観測されていた

「じゃあ後で合流する感じみたいだね」

 そう会話しながら受入証発行所へ向かう

「すいませーん、入学確認表貰いに来ました」

「あぁ君たち?入学早々問題起こしたって言うのは?」

 そう言って大和達を見る受付の担当者

「全く、今年はとんでもない子たちばかりね」

「そんなに凄いんですか?」

「そりゃあもうすごいなんてもんじゃないですよ。国内最大級の極道グループ『真白尾会』の会長の長女に人間国宝『日ノ川』一族歴代一の頭領の孫に絶滅危惧種の『九尾』の族長の長女、『空の魔王』の孫が揃って来てますからね」

 そう、隣の担当者が教えてくれる

「もう考えただけで胃が痛いのにここに来てさらに胃痛のタネを増やしてくれた人がいるんだもの」

 そういって眉を寄せながら目じりをおさえる

「それは災難でしたね「じゃったな」」

「あなた達のことよ?」

 それに少し申し訳なさそうな顔をする一部

「とりあえずデータと照合するから書類ちょうだい」

 そう言われて書類を担当者に渡したその瞬間、陽の光を遮るように大和たちの後ろに何かが二つ、轟音と共に落着した

「全く、荷物を忘れてしまうとは・・・この月詠、不覚・・・ッ」

「なんで目覚まし鳴らなかったんだ・・・?あ、昨日叩き潰したの忘れてた」

「お、二人とも来たようじゃな」

 その音の正体は列車に忘れ物をして取りに行っていた月詠と寝坊して走ってきていた珠良の2人だった

 さもそれが当然であるかのように見ている一行とその光景に驚きつつも、書類を覗き込む二人

 その目が大きく見開かれるには一瞬もいらなかった

「えーっと、大和君に天照さ…ん?えっと、天照ってもしかしてプロトタイプの一柱のあの天照?」「ん?儂か?違いないぞ」

「えっ嘘…ってことは他の種族『PF-P』になってる四人も・・・まさか?」

「まぁそのまさかだな。「ですね」「だな」 「まぁそうなるな」

「ヒュッ・・・」「ヒェッ・・・」「あ、気絶してしもうた」

「まぁしょうがないよ、目の前にいきなり始祖機が五柱もいたら。」

「しかも第零柱が四人に第一柱だもんね。」

「儂らってそんなに驚かれるものかのう?」

 そう、普通は驚かれる所の話では無い、むしろ目の前の受付二人の反応が正常なのだ

「だって普通に生活してたら一生に一度会えるか会えないかだし。」

「というかそもそも身分を全て明かして生活することは無いからな」

 それを知ってか知らずか会話を続けているうちに受付の二人は意識を取り戻した

「「そうとはつゆ知らず、申し訳ございません!」」

「良い良い、お主はお主の仕事をしたまでじゃからな。」

「そういえば皆様の装着者は一体誰なのでしょうか・・・?」

「ん?あぁ、儂ら四人は大和で珠良は鈴音じゃな。」

「えっ、ってことは大和さんは第零柱の四柱のナノマシンを全て宿しているってことですか!?」

「まぁそうですね、結構前からですけど。」

(嘘…一人の体に四種類のナノマシンが同時に宿っているなんて・・・)

 そう、本来複数機分のナノマシンを受け入れることは不可能なのだ

 PFを装着する際には装着者の体をPFに合わせる為にその機体のナノマシンを体に植え付けなければならないため、余程相性が良くない限りは一種類が上限

 万が一それを超えるとナノマシン同士の拒絶反応で宿主の体を破壊してしまうのである

 ちなみに乗り換える際には体からのナノマシン排出用の薬品の摂取が必要であり、数日間の入院が必要となる

「それに大和君の苗字…比良坂ってまさかあの比良坂?迅さんと和葉さんの…?」

「あぁ、父さんと母さんですね、ってなんで知ってるんですか?」

「え、嘘、知らない?あの二人三次大戦末期の『撤退戦』において取り残された友軍の救出の為にたった二人で突撃して見事、友軍とともに帰還した英雄と呼んでも何の問題もない二人なんですよ?」

 撤退戦

 それは歴代の天巨大戦の中でもトップクラスの激戦と言われながらも天月側の損害はほぼ無しに等しい

 なぜなら、撤退する中で敵に包囲されかけた友軍

 彼らを救出し、離脱しきるまでの間、百万に迫る数の敵を

 たった二人で足止めし返り討ち

 いや、殲滅したからだ

 そしてその二人の英雄、彼らこそが大和・鬼ノ山兄妹の両親、比良坂夫妻なのだ

「え…天照、それってホント?」

「うむ、間違いないぞ。」

「えー、聞いてないよ。」

「あの二人はそういうのに無頓着だったからのう。」

「まぁいっか、それについては今度小一時間問い詰めるとして。あっ、すいません入学受入証ください」

「あ、そういえばそうだったわね。はいこれ、入学式が終わったら担当の人にこれ見せれば支給品とか渡してくれるから」

「「「ありがとうございました〜。」」」

「すまぬのぅ手間をかけて」

「い、いえ。それでは皆様お気を付けて。」「学生生活楽しんでくださいねー。」

 そう言って送り出された一行を、周囲の人々は目で追いかけることしかできなかった


「先輩・・・俺夢でも見てたんですかね?」

「あれが夢だったらなんで私たち未だに覚めてないのかしらね。」

「俺始祖機の人達見たの初めてでびっくりしましたよ、結構フレンドリーな人達なんですね。」

「そうね・・・もっと取っ付き難いかと思ってたけど話しやすそうで良かったわ。」


「さて、入学受入証もらったし、この後どうする?」

「僕は一回自分の部屋に行きたいかな。荷物置いておきたいし」

「あたしもかな、移動ばっかで疲れちまった」

「じゃあ皆で一回部屋に荷物置きに行ってから寮の入り口に集合しよっか」

「「異議なーし」」

 大和は鬼ノ山兄妹と話し終わると「天照達はどうする?」と話しかけた

「ん?ああ、儂らは一回あ奴らに挨拶にでも行こうと思っておったのだがお主らがこれから住まう部屋も気になるからのう」

「じゃあ先に挨拶済ませてきちゃえば?部屋はいつでも見れるんだし」

「そうじゃのう、ならばそうするとしようかの。」

 そうして歩き始めた一行

 そのうち寮の前にたどり着いた大和が建物を見上げて天照に言った

「っていうか、多分毎日見ることになると思うよ?」「?、なぜじゃ?」

「なんか俺たち部屋一緒みたいだし」「なんと!?」「っえ、まじかよ」

「うん。だってほら、ここ見て」

 そう言って大和が見せた入居部屋の新規入居者名には彼ら全員の名前があった

「うむ、そうみたいだな。」

「なんか他にも人居るみたい」「お?誰だ誰だ?」

 そう言って見た居住者名には焔・憲剛・雷電と他にも数名分の名前があった

「お!久我彦に焔に雷電に憲剛が居るのか」

「ホントに?みんな最近会ってないから楽しみだなー」

「っていうかなんか忘れてる気がするんだけど」

「きっと気のせいだよ。とりあえずみんなに会いに行こう。きっと楽しみにしてるよ」

「それもそうだな!じゃとっとと行こうぜ!」

 そう言って彼らは楽しげに寮の入口をくぐっていった

 その頭からは決闘の約束などすっかりと忘れて落ちているようだ


(アイツら…完全に忘れてやがるな…)

「クソッ、クソッ、クソッ!アイツら何処までも俺を馬鹿にして!必ずこれ以上の屈辱を味あわせてやる!」

(しゃーない、電話すっか。多分この時間だと今頃部屋に着いた頃だろうし)


 大和達は寮の指定された部屋の前に到着した

「邪魔するぜぇ!」バァン!

 そう言って破壊する勢いでドアを蹴り開ける

 それに部屋の奥から「邪魔するんでしたら帰ってくださーい」と飛んできた

「だってよ、帰ろーぜ。」「ここが学園での帰る所だし鈴音はもうちょい加減しなよ・・・」

 そう話しながら部屋に入ると一人の女性が出迎えてくれた

「むっ、やはり君たちでしたか!久しぶりですね!」

「おう焔!久しぶりだな!」

 焔と呼ばれた女性は人懐こそうな顔をはにかませて嬉しげに笑っている

「みんな君たちが来るのを待ってましたよ。それにしても、大和君は大きくなりましたね」

「焔さんもお元気そうで何よりです」

「おい焔誰だったんだ・・・ってお前ら来てたのか!」

「あっ、雷電!久しぶり!」

 そう言って奥から雷電と呼ばれた男が出てきた

 雷のような金髪と紫色に薄く輝く目を持ち、崩した和服を着ている男だ

「おっ、鈴音か!久しぶりだな!五年ぶりか?でかくなったなぁ、今いくつだ!」「178!まだ雷電に勝ててない!」

「お前じゃ俺には勝てんぞ!おい久我彦!憲剛!みんな来てるぞ!」

 すると奥からさらに二人の男が出てきた

「ふぁーぁ、すまん、夜勤明けでな。大きくなったな三人共。昔はこんなちっこかったのになぁ」

 久我彦と呼ばれた男は眠たげに大きくあくびをし、頭をポリポリと掻く

「そりゃ五年もたったら大きくなりますよ。久我彦さん」

「久しいな、鈴音」

 そう言ってのそりと出てきたのは身長が200cmを優に越す憲剛と呼ばれた大男

「久しぶりだな憲剛!相変わらず口数少ねぇな!」

「そ、そうか?これでも多くしたつもりなんだが…」

「おぉ、そうじゃ忘れておった。これから四年間同じ部屋に住むことになるでの。よろしく頼むぞい」

「おお!それは本当ですか!だとしたらこの部屋も賑やかになりますねぇ」

「そうだな。楽しみだ」

 懐かしげに話し合う一団の近くで電話が鳴る

「ん?なんだこんな時に」

「俺が出よう。三人は楽しんでくれ」

「悪いな憲剛」「それではお言葉に甘えて」

「そういえばクジラの双子とカマキリの子と結晶ちゃんはいつ頃合流するんですか?」

「とりあえず三人は父さんと母さんが『基本的な常識と加減を覚えさせてからそっちに送る』って言ってましたよ。あとルチルは専用機の最終調整が長引いてて少し遅れて来るみたいです」

「確かにあの子たちは常識の欠片も無かったですし彼女のは少し特殊ですしね」

「おお、あと迅さんと和葉さんは元気か?」

「『入学前だから』って山の中に投げ込まれましたよ・・・」

「その話はやめてくれよ・・・まあ、色々落ち着いたしとりあえず歓迎パーティーでもしようぜ!」

(ああ、俺だ、なんだ龍哉か。どうした?ふむ、なるほどわかった。伝えておこう)

「龍哉さんからみたいですけど何かあったんですかねぇ」

「まぁある程度であれば警備隊がどうにかするだろう」

「会話に花を咲かせている所悪いが、龍哉から『お前ら決闘覚えてっか?』だそうだ」

「あ、すっかり忘れてた。あれ、テスタールームってどこだっけ?」

「ここから48km先、電車と歩きで21分の所だって。」

「あと、『伝言を聞いてから10分以内に来い』だと」

「嘘でしょ間に合わないや、もっと早く着けるルート無い?」

「目の前の道路真面目に走れば大和くんならすぐ着きますよ?」

「よしそれだ!天照、行こう!」 「了解じゃ!」

 そう言うが早いか大和は道路に面した窓から飛び出した

 ちなみにこの部屋は48階にあるので普通であれば地面に叩きつけられて即死である

 しかし二人は普通の人間ではなかった

 そし大和は天照を背負い、着地する寸前に腕から金属の鞭のようなものを伸ばして建物の突起に絡ませ振り子のようにスイングし、何事もなかったかのように着地して道路を走る

 道路ではバスや輸送用の車両や部活と思われる大型バイクで走行している生徒たちが居たがその尽くを追い越して走り去った。

 そして五分後、「すいません、遅れました!」「遅れましたじゃねえよ馬鹿野郎!早すぎるわ!」「え?だって十分以内に来いって」

 そう言った大和に龍哉は再度怒鳴り返す

「ちょっとした冗談に決まってんだろうが!本当に十分以内に来るやつがいるか!?」

「ここにいますよ?」「煽ってんだよな?な?」

 そう言うと龍哉は大和の頭をアイアンクローでミシミシと締め上げた

「煽ってないです、というかすっごい痛いです!」

「そりゃ痛くしてるからなぁ!どうやってここまで来たか説明しやがれ!」  

     〜説明中〜

「早速頭痛のタネ増やしやがって・・・とりあえず模擬戦やるから自分の出せ」

「天照で良いですか?」「馬鹿野郎、始祖機は使用禁止だ」

「なんじゃと!?それではあ奴に一泡吹かせられんではないか!」

 まだこの時の大和が知る由もないが、大和たちの入学が決定した時に学園内のパワーバランスを保つ為、双方の合意がない限り始祖機を使用しての演習・実戦訓練は原則禁止となった

「え、じゃあどうすればいいんですか?」

「知るか、自分でどうにかしろ。」

「誰かに借りる訳にもいかないし…ん?なんだあれ」

 その時龍哉が遠くから近づいてくるなにかに気づいた

「ぬ…あれは…おぉ!灰(カイ)ではないか!」

「は?灰だと!?間違いないのか?」

「うむ、間違いないないぞ。あんな変わった見た目しとるのは今じゃ彼奴ぐらいじゃからのう」

「アイツ暴れて不活性措置取られたんじゃ・・・いや、それより、どうやって動いてやがる!?」

 そう叫ぶ龍哉。それもそのはずだ。なぜなら、PFは本来単体での活動を想定していないからだ

「さぁ?それよりもあと十秒位で着くぞ?」

「ねぇ先生、天照、俺だけ話に置いてかれてる気がするんだけど」

 話に着いていけてない大和が二人に話しかける

「む、すまんな大和よ、彼奴はな…なんじゃ?」「〜〜」

「なんか言ってんな。」「あ…さま…」

「え、なに?」「主様ーー!!」

 その直後、およそ70kgを優に超える金属の塊が大和の腹部目掛けてかなりのスピードで突っ込んできた

 その勢いで大和の身体は、くの字どころかほぼ鋭角に近い角度で折れ曲がり、腰からは何かが粉砕する音がした

「グフッ」パタンッ…

「主様、主様、主様ーー!!」

「灰やめい!もう大和のライフはゼロじゃ!」

「あ、天照様!お久しゅうございます!」

「うむ、久しいの・・・じゃない!それでは大和の再生が行われんのだ、一度離れよ、灰」

「も、申し訳ございません・・・それと自分でしておいてなんですが、主様の再生・・・とは?」

「それは確かに気になるな。治癒なら聞いた事あるが再生なんざ聞いた事ないぞ」

「なに、見ておればじきに始まるぞ」

 すると大和の身体に異変が起こり始めた

 折れ曲がっていた大和の身体が真っ直ぐに伸びたかと思った瞬間、

 彼の身体、正確に言えば先程灰が突撃した箇所の内部が蠢いたかと思うと、ノーモーションで起き上がった

「・・・びっくりした」「じゃろうな、いきなり突っ込んできては誰しも驚くじゃろうて」

「いや、そこじゃねえよ!?」

 間髪入れずに龍哉のツッコミが入る

(なんだありゃあ、治癒だとか再生だとかいう類のもんじゃあねぇ・・・中に何か居やがるのか!?)

 そう考えている彼を尻目に、他の三人は話している

「ねぇ、天照。この子だれ?」

「そういえば説明しておらなんだな。こやつは灰。斬鉄系統、そして現行型のPFの最も古い機体じゃ」

「お初にお目にかかります、灰です!末永くよろしくお願い致します!」

「待てい話が飛びすぎじゃ!せめてもう少し簡潔に説明せい!」

 自己紹介ついでにとんでもないことを口走った灰を天照が制止し、説明を促す

「実は、私には今仕えるべき主がいないのです・・・」

 少し悲しそうに、寂しそうにそう言った灰は顔を上げると一瞬で表情を変えたように言った

「そこであなた様に私の主となって頂きたいのです!」「え、いいよ?」

 その勢いに押されて大和はつい了承してしまった

「ありがとうございます主様!」「だから待てと言っておろうに!」

 それに喜び再度飛びつこうとする灰の脳天に手刀を入れつつ再度落ち着かせようとする天照

「確かにこやつには今適合者はおらん。じゃが大和、お前は既に儂らのナノマシンが入っておる。さしもの貴様でもこれ以上は許容し切れるか分からんぞ?」

 と少しドスの効いた声音で大和に問いかけた

「でも・・・なんか可哀想だし、寂しそうにしてるし・・・」

「そんな捨てられた子犬を拾うように決めるでないわ!じゃがまあ、双方納得の上なら何も言うまいて、自由に決めるが良い」と半ば呆れつつも信頼した様子で言う

 それを聞いた大和は改めて灰に向き直る

 灰は先程から正座でこちらを見つめていた

 そんな灰に大和は問いかける

「本当に、俺でいいのかな?」

 それに、何を当たり前のことを?と言いたげに返ってきた

「何を仰います!むしろ貴方様以上に私の主としてふさわしい方はおりません!」

 そこまで断言されては、と天照を見る

 やれやれと言いたげに首をすくめ、振っていた

 しかしそこに拒絶の感情は微塵もなかった

「じゃあ、これからよろしくね、灰」そう言って手を差し出す

 それを見て一気に表情がそれよりも明るくなり、「こちらこそよろしくお願いします!」とその手を握り返した

 それを見ていた龍哉はやっと現実に追いついたようで、「じゃあお前は灰と決闘に挑め。開始はあと一時間後だ」と言ったあとに頭を抱えてその場を後にした

 その場に残された三人

 そこでハッとしたように灰が話し出す

「その・・・まだ私と主様は適合手術をしていません、最低でも一週間なければ決闘などとても・・・」と不安げに言った

 そう、本来ならゆっくりと時間をかけて行う手術を二人はまだしていないのだ

「む?それなら問題ないぞ?」とサラッと天照は言い放つ

 心底驚いたような表情を浮かべる灰

 それを見た天照はいたずらっ子のようにニヤッと笑い、灰にその秘密を教えた

「こやつは両親の影響か適合率は高いし手術期間もとんでもなく短いからな、一時間もあれば十分じゃろ」

 灰は信じられない、というように天照と大和の顔を見る

 しかし、天照の満足そうな顔と大和の絶妙な表情が真実だと告げていた

「そうなのであれば・・・早速やりましょう!」

 そう言って灰が手を合わせ、開け広げる

 そこには鉛筆程度の小さな刃物がある

「適合手術のやつって昔からこうだったんだ・・・ちょっと引くかも」

 その刃物を手に取り、自身の腕に突き刺した

 そう、これが適合手術の中で一番精神にくる行為と言われ、未だにトラウマを拭いきれない適合者達はかなりの数がいる

 適合手術の前に必ず行われるこの行為

 適合したPF固有のナノマシンで編まれた何かしらを、自ら自分の身体に撃ち込み、突き刺す

 どういう訳かこの方法でないとPFのナノマシンが体内で活性化せずに、身体の改造が始まらないのだ

 そのうち、突き刺した刃物が溶けるように傷口から流れ込み、その姿を消す

 異様な光景ではあるものの、別に気にしてはいないようだ

 その後、およそ一時間経つと全身にナノマシンが馴染んだようで突き刺した箇所を中心に複数のラインが現れる

「これで大丈夫かな?」「うむ、それが消えたら完了じゃ」

 6色で現れたそれは少しの後にスウっと消えてしまった

「これで終わり、って言ってもあんま実感わかないや」「お主は既に複数入っておるからな、本来改造する箇所の改造が済んでおったからここまで早いのじゃ。」

「では主様はもう私を纏えると言うことですか!?」「お、おぅ・・・まあそうなるのぅ」

「ありがとうございます!!」ドスッ「ぐふっ・・・」

 再度灰のタックルを食らって大和が撃沈する

「もうツッコまんからな・・・、それよりもそろそろ決闘の時間じゃぞ?」

 その言葉に焦った二人は急いでテスタールームに入ると、キレ気味の龍哉に「遅ぇ!」と言われ二人まとめてスキャナーに投げ込まれた

 そのまま決闘開始までのカウントダウンが表示される

 合わせや多少の練習も無しのぶっつけ本番

 そんな状態であっても二人はあることを確信していた

「この相手ならば自分の命を預けるに値する存在」だと

 決闘までのカウントは進む


 〜開始まで 残り 30分〜


 一話完

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