第4話 みんな日陰が嫌いなんだね

 俺は橘 尹尹コレタダ、トレジャーハンターだ。

 お宝求めて、都内近郊を駆け回っているが、今日は別件だ。

 友人の手伝いで、青梅おうめの山の中へ来ている。

 山を切り開いてマンションを建てようとしている現場だな。

 そう、今日はキッチン搬入の、お手伝いだ。


 キッチンとはいっても、いつもの玄播さんのとこじゃなく、学生時代の友人でキッチン屋さんになった、岩倉君の手伝いだ。

 あだ名が『岩倉君』で、本名は滝山たきやま 悠吾ゆうごだ。

 彼が、ちょっとだった中学生の頃、カミソリ悠吾と呼ばれていた所為で、高校になってから『岩倉君』と呼ばれるようになった。

 カミソリ→カッター→デビルカッター→いわくらくん

 そんな不思議な流れだ。

 分からない人には、まったく伝わらない。

 まぁ、あだ名なんて、大抵そんなもんだけどね。


「おう橘、おまたせ~」

「よっ」

 駅で待ち合わせた悠吾が、車でロータリーに入って来た。

 軽く手をあげ挨拶すると、助手席に乗り込んだ。


「そういや、前にもこっち来たよな」

 走り出した車を運転しながら、悠吾が以前の現場を思い出す。

「ああ……やたらとでっかいコンベックのマンションか」

 山の中にドンと建つ、高層マンションが目に入り、面倒くさい現場を思い出した。

 ガスコンロの台、キャビネットの代わりに、使いもしないオーブンをくっつけたイカれた物体がコンベックだが、ここのは一台100kgという、さらにイカれた物だったのを思い出す。通常でも単体で60kg、コンロ付きで80kgではあるが。


「そうそう。その現場の隣だよ、今回」

「へぇ~」

 現場に近付くと、建設反対の看板や旗が目立ってきた。

 また反対してんのか。


「今回も、地域住民一体となって反対してるよ」

「そういや、前回も反対だって騒いでたな」

「見てみな」

 窓の外を覗くと、以前に来たマンションがそびえ立っている。

 日陰になるからと、周囲の住民に反対されたマンション。

 そのマンションに掛かる、大きな垂れ幕。


『高層マンション建設反対』


 思わず噴いたわ。

「いやぁ~、それはないだろう」

 周囲の反対を押し切って建てたくせに、建設反対してるよ。

 まぁね、住民が建てた訳じゃないけどね。


「今日は荷揚げ屋さん呼んでるから、番号ふってやってよ。後は見てるだけだぜ」

「へ~……だといいな」

 今日の俺の仕事は番頭だけだと言う悠吾。

 そんな予定通りに進む現場なんて、見た事も聞いた事もないけどな。


 荷揚げ屋さんってのは、東京と大阪にしかないんだとか。東京の会社から分裂して独立した会社が、神奈川に出来たけどね。昔、そんな事を聞いたな。

 今現在、どうなってんのか知らないけど。

 荷揚げ屋さんってのは、やっすい日当で重い荷物を、命懸けで運んでくれるイカれた集団のことだ。20年前は3万だった日当が、今じゃ1万きったりしている。

 会社を通さずに頼んでも、高くて1万5千円くらいだ。

 命を懸けるには安過ぎるだろうにね。


 今日来た荷揚げ屋さんは、いつも悠吾が頼んでいる会社で、俺も何度か会った事がある四人だった。当たり外れが激しいけれど、今回は当たりなメンツだ。

「よろしく~」

「おはようございます」

 荷揚げ屋さんと挨拶を済まして、悠吾と現場を見に行く。


「今日は2階だけだから楽勝でしょ。部屋も出来てるし、スパンも使えるし」

 フラグなのか?

「取り付けは、どっからいくんだ?」

「どっからでもいいよ。端から行こうかね」

「分かった。取り敢えず、そこだけ先行するか」


 一部屋だけ先に荷物を搬入して、悠吾は取り付けを始める事になっている。

 吊戸が3つにレンジフード、キャビネットが3つにコンベック。

 幕板、フィラー、水栓、コンロ、天板その他。

 だいたい一部屋につき十数回、出入りする事になる。


「そろそろ朝礼だな」

「どこのゼネコンも、なんでか朝礼が好きだねぇ」

「監督は他にやる事ないしなぁ」

「働く監督は、新卒の若いのだけだからな」


 朝礼に向かう為、エレベーターに乗る。

 二階なのにエレベーターで下に降りようと、馬鹿な事を考えた罰なのだろうか。

 下に降りるエレベーターが途中で止まる。

 どのボタンも反応しない。

 当然だが建築中なので、非常ボタンも何処にも繋がらない。


「あっぶねぇなぁ。金尺持ってて良かったな」

「日頃の行いかね」

 悠吾がL字の金尺を持ち歩いていた。

 それをドアの上、隙間に突き刺し、ドアのロックを外す。

 ドアを開けると、運良く下半分が一階に出ていた。

 その隙間から、滑り降りる。


 中途半端な位置で止まったままのエレベーターを放置して、知らぬ顔で朝礼に向かう二人。朝礼が終わったら、誰かが気付くだろうさ。

 日頃の行いが良い所為か、朝礼の後すぐ、荷物を積んだトラックが予定通り、入って来てくれた。さて、今日一番の面倒な仕事だ。


 今日のメーカーは、現場で荷物に番号を振らなければならない。

 何故かというと、現場とメーカーで部屋番号が違うからだ。

 現場は建物正面から見て順番に並んで、普通に部屋番号が1からつけてある。

 しかし、このメーカーは嫌がらせなのか、ベランダ側から見て番号をつけるので、現場と逆から始まるのだ。面倒な。

 その為、荷物の梱包の裏の番号を図面で探して、部屋番号をふっていく。

 各部屋共通の部材と、一部のキャビネット以外すべてに。


 ほぼ確実に、毎回番号のふり間違いがあるので、それを修正して、正しい部屋へ運ぶのも俺の仕事となる。面倒な。

 何が嫌かって、自分で書いた番号の所為なので、文句が言えないとこだね。

 しかし、予想通りというか、現場では予定通りに進む事なんてありえない。

 それどころではない問題が、朝一から発生していた。面倒な。


「おいおい。まじかよ」

「まぁ、二階だけだからさ、じゃ、後は頼むよ」

 片手拝みに悠吾は、道具を持って墨だしに、二階へ上がって行った。


「ごめんね~。今日は手上げです」

 今日使えるはずだったロングスパンエレベーターが、謎の故障で動かなくなった。

 仕方なく階段で運ぶ事になったと、荷揚げ屋さんへ伝えた。

 まぁ、4階までなら階段の方が早いし、今日は2階だけなので彼等も笑ってゆるしてくれた。気を取り直して、荷物に番号をふりながら、仮置きしていく。


「橘さ~ん。やばいっスよ」

 二階へ運んで戻ってきた一人が、半笑いで寄って来た。

 やだ、聞きたくない。

「階段で何か? やばめ?」

「やばめっスね。足場組んでて、単管で通れねぇっスわ」


 バカ現場め。

 階段の出口に足場を組んであり、人は通れるが荷物は通らない。

「差し上げかぁ……コンベックあんだぞ」

 致し方ございません。

 差し上げでございます。


 躯体外部の足場の一部を外し、下から一人が荷物を差し上げる。

 それを途中の足場で二人がかりで受け取り、二階へ持ち上げる。

 イカれた作業が始まった。


 いよいよ80kgのオーブン、コンベックの番がやって来た。

 仕方なく俺も参加して、何故か途中の足場に配置されている。

 持ち上げられたコンベックを、細い足場板の上から引き上げる。

 一旦、二人の間の足場板に、荷物を乗せたところで気付いた。


「この足場板ってさ、限界重量が150kgなんだけど、荷物が80kgなんだよね」

 まずい事に気付いてしまった俺が、苦笑いで荷揚げ屋さんを見る。

「俺の体重は70kgくらいっスね。橘さんが何キロだろうと関係ないっスね」

「だよね~」


 そんなイカれた、いつも通りの荷揚げ作業も終わり、梱包を開けてゴミをまとめる、面倒な作業が始まる。そんな中、ポケットの電話が鳴った。

「どしたー?」

 相手は同じ階で作業中な筈の悠吾だ。

「この部屋だめだわ。車からサンダー持って来て」


 問題続きで素敵な現場だな。

 何が起きてるのか、知りたくもない。

 何も聞かずに電話を切ると、車へサンダーを取りにいく。


注) 名称

「サンダーの、ください」

 店でも、それで通じるくらい普通に、サンダーと呼ばれる道具ですが、実際の名はグラインダーだったりします。『サンダー』は、グラインダーの刃のです。当然ですが『サンダー』ではない『サンダーの刃』もあります。

 関係ありませんが、ドライバーはマイナスのねじ回しの事です。

 古い職人さんに、ドライバーを取ってくれと言われた時、プラスかマイナスか訊ねると、いきなり殴られる可能性がありますので、ご注意ください。


 車からサンダーを持って、悠吾のいる部屋へ向かうと、中からラジオの音声が聞こえて来る。一体、どこの放送を聞いているんだ、あいつは。

 この辺りでは、めったに聞かない曲が流れていた。


♪ヒジテツだ 目突きだ 突き指するな♪

♪から~ぶしょうしないぞ アイランド・ソルジャー♪

♪今だ! 我ら離島閃隊りとうしぇんたいタネガ~シマ~ン♪


「なんで種子島の観光大使なんだよ」

「おっ、待ってたよ~。見てよこれ」

「見たくないよ……って、なんだこれ」

「ひっどいだろぉ?」


注) 何じゃとかいこら?

 急な種子弁で驚いた方もおられるかも知れませんが、『からぶしょうしないぞ』とは『さぼらないぞ』という意味になります。

 ところで種子島たねがしまの方言ですが、『種子弁』というらしいです。

 この『種子弁』って、何と読むのでしょうか。

 御存知の方はご教示くださいませ。

 離島閃隊タネガシマンですが、閃隊の読みは「しぇんたい」らしいです。

 ついでに3番のサビの歌詞の、英語バージョンも無断で掲載しておきます。

 Counterattack! Jab back! Don't stub your fingers!

 Karabushoushinai zo! ISLAND SOLDIERS

 It's time now! We are the ritou sentai TANEGASHIMAN

 怒られたら消します。

 一部の方は御存知ないかもしれませんが、離島閃隊タネガシマンとは、悪の組織ジャアスロウ帝国と戦う正義の観光大使で、西之表、中種子、南種子、出身の3人と仲間たちの事……らしいです。

 種子島の方々、無許可で申し訳ございません。


 キッチンの中に入ると、取り付ける躯体がボッコボコのデコボコだらけだ。

 ちょっと見た事ないくらいに酷かった。

 多少は見なかった事に出来るが、一部の大きな突起は無理だった。

 仕方なく、サンダーではつる事になったようだ。

 前回は天井のアンカー打ちもしてたな……何屋だよ。

 舞い上がる粉塵で、一杯になったキッチンから脱出する。


 搬入は、たいした問題もなく、無事に終了した。

 後は荷揚げ屋さん達に帰って貰ってから、俺は取り付け手伝いだな。


 そんなイカれた現場から帰ると、家に面倒事が待っていた。

「あら、おかえり~」

「あ、ただにぃおかえり~」

 一人暮らしのはずだが、何故か二人の出迎えがある。


 まぁ、百歩譲って姪の尹尹イチカはいいさ。

 なんで勝手に家に入っているのか、そこは気になるけれども。

「お風呂入ってるわよ~。早く入っちゃって、ご飯作ってね」

 女装したおっさん。権藤が、おかしな事を言っている。

 何故居るんだ。


 勝手に自宅に侵入されたおっさんに、晩飯を作れと催促された。

 理解を超えた状況だが、取り敢えず風呂でも入るか。

 俺はトレジャーハンター……のはずだ。実家がすぐ近くにあって、両親もいる姪と女装したおっさんの晩飯を作るのは、トレジャーハンターの仕事だろうか。

 まぁ、二人を同時に相手にしても勝てないから、仕方なく作るけれども。


次回予告)

 いよいよ本業、トレジャーハントに出かけます。

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