弱者野村の異世界革命

ないと

序章

第1話 異世界転移

 草、生える。


 そう、草が生えている。


 大草原というやつだ。

 僕はきっと、そのど真ん中に佇んでいた。


 視界の先まで広がる原っぱ。

 あら素敵と言わんばかりに生え散らかった、見たこともない花々。


「うーん、おかしい」


 僕は頭を捻った。

 そして眉を寄せる。


 僕は、さっきまで学校の教室で授業を受けていた。

 それがどういうことか、居眠りをしていた最中に、気づいたら周りの景色がこんなことになっていた。


 僕は再び頭を捻った。


 いや、確かに、授業中に居眠りをするのは悪いと思うよ。

 だけど、それだけでこんなことになるのは、流石に規模がバグっているのではなかろうか。


 今一度、状況を整理してみよう。

 俺は脳の奥底から記憶を呼び起こした。


「——野村って本当にキモいよな」


 思い出した。

 授業が始まる、五分前のことだ。


「なんかいつもニヤニヤしてるし、頭の中で変な妄想してそう」


 僕こと野村秋斗の悪口を堂々と言い放っているのは、クラスの中心的人物、金木光と黒井絵梨花だ。


 金木は長身茶髪のイケメン。

 誰もが羨む容姿とコミュニケーション能力を持っている。


 女子からの支持は学年の中でも圧倒的だ。


 実に世界は不平等だと思う。

 ああいう人間を生み出すために、僕みたいな根暗が誕生するのだと思うと、涙が止まらない。


 対する黒井絵梨花は、容姿端麗な美少女。

 金髪の中身長で、誰もが羨む容姿とコミュニケーション能力を持っている。


 男子からの支持は学年の中でも圧倒的だ。

 

 そう、要は黒井も金木と同じである。

 つまり黒井≒金木で、金木≒黒井とも言えなくもない。


 いや、思考が変な方に曲がった。

 ただ、容姿と話しやすい性格が、人々にとって大きな評価項目になるのは、一つの事実として間違いはないだろう。


 その点、僕を見れば、どのような人間が人々から嫌われるのか、わかりやすい。


 どんよりとした雰囲気。

 パッとしない容姿。

 メリハリのない曖昧な態度。

 覇気のない佇まい。


 人に話しかける時は「あ」から始まって、人から話しかけられる時も「あ」から始まる。

 気まずくなったら「あ」と言って、無視されたら「あ」と嘆く。


 五十音一音目の使い手と呼んでくれ。


 そんなわけで、クラスからの僕の評価は、あまり芳しいものではない。


「うんうん、秋斗はキモいよなぁ」


「おい、涼太……いや、別に間違ってはないが」


 しかし、僕に優しくしてくれる人間も、ごく一部だが存在する。


 この黒髪黒目の快活な男、佐々木涼太は、僕の数少ない親友である。

 そんな涼太を以てして、キモいと言わしめるのだ。

 僕は本当にキモいのだろう。

 

「秋斗、大丈夫か」


 珍しく、涼太が真面目な顔をしてそんなことを言ってきた。

 金木と黒井の話が、聞くに耐えなかったのだろう。


「別に、いいよ。僕が気持ち悪いのは事実だし」


 金木の方を見ると、取り巻きの奴らが僕の悪い部分や失敗談をあげつらって、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。


 しかし、それももう聞き飽きた。

 だって、あいつらいっつも同じような話ばかりするんだ。


 僕がテストで赤点だったとか、体育の授業ですっ転んだとか、そんな他愛もないものから、隣のクラスの女子に告白して振られたとかいう嘘話まで。


 好き勝手でっちあげるくせして、中身はどれも同じようなものばかりだ。

 それで自尊心を満たせるというのだから、随分とコスパのいい奴らだと思う。


 机に突っ伏す。


「飽きた、寝る」


「授業が始まったら起こすか?」


「いいよ、構わない。どうせ先生も僕なんて気にかけないだろうから」


 そうか、と涼太はつぶやくと、隣を離れて自分の席に戻っていった。


 陽の光に当てられていると、自然と眠気が誘われた。

 僕はそれに抗うこともなく、白昼堂々、夢の中の世界に入り込んだ。


 ——夢の中で、僕は異世界に転移した。

 ライトノベルでよくあるやつだ。


 いっつもそんな妄想ばかりしてるから、夢の内容がそんな類のものでも、違和感はない。


 チートに無双に成り上がり。

 たまに悪党を背負い投げして大事を成す。


 そんな、理想的な異世界ライフ。

 根暗で陰湿な自分からかけ離れた、完璧な僕。


 僕はきっと、そんな日々を、夢見ていた。


 しかし、ざわめきが夢に亀裂を入れる。

 外の世界の騒がしさに、束の間の異世界ライフは終わりを告げた。


「ん、うぅ……?」


 寝ぼけた眼を擦る。

 耳元に聞こえるのは、困惑の混じったざわめき。


 なんだなんだと視線を上げてみれば、床中を覆う魔法陣。

 ピタリと停止する思考。


 次の瞬間、僕は何も無い草原に立っていた。


 ——これが、ことの顛末である。


「うむ、なるほどね」


 顎に手を当てて、唸った。

 ここまでの流れで考えると、実に不思議な事実が発覚した。


 光る魔法陣、つまり、異世界ファンタジー。

 気づいたら知らないところに転移、つまり、異世界ファンタジー。


 僕は、今一度、自分のうちに出た答えを呟いた。


「どうやら、異世界に転移してしまったらしい」

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