第15話 胸騒ぎ…(竹下栞奈)

 私は、大学生になったと同時に、両親が経営しているアパート2棟の管理業務のアルバイトをし始めた。

 管理業務と言っても、水や電気などの設備関係、それに毎週火曜日と木曜日の共有部分の掃除や、ゴミ回収日の夕方にゴミ置き場を水で洗い流すなどとても簡単なものだ。


 正直、最初は、あまり気が乗らなかった。同じお金を稼ぐのであればもっとオシャレなカフェで可愛い制服を着てウェイトレスをしてもいいし、昔からそこそこ勉強は出来たので、家庭教師や塾講師などの選択肢も合った。

 だが、私はこうして親が管理しているアパートの一室に住み、管理人のアルバイトをしている…。


 宮里咲楽みやざとさくらさん…。

 そんなにイケメンというマスクではないし、スタイルが良いわけでもない。なのに、彼の体から滲み出る優しさのオーラを感じずにはいられない。


 彼は、市役所の契約社員として働いているそうだが、いつかは写真で世に出たいと思っているみたいだ。だから、彼は休みの日にカメラを片手に撮影に出かけている。


 そんな彼を掃除をしているふりをして待ち始めたのはいつからだろうか…。


 最初は、会釈をするくらいだったが、今は会えば一言、二言、話をする仲にはなっていた。


 大学で彼氏を作ろうとしない私を見かねて、高校時代からの友人だった佐藤英華さとうえいかは嫌がる私を無理矢理合コンに何回か連れていった。

 だが、一向にその気にならない私を怪しんで、「もしかして…、好きな人とかいるの?」と詰め寄られたのが先週だったっけ。

 その場は何とか誤魔化したものの、正直私自身がこの思いの全てがなんなのかを分からずにいる。どうなったら恋でどの関係が友人!?それがこれまで分からずにいたんだけど…。


 さっき、宮里咲楽さんに会ったことで私の胸は激しく動いた。


「ねえ、どうしたの?また、凄くやつれた顔をしているよ?」


 彼のあんな顔を初めて見た私は思わずその言葉を発した。


「いや、何もないよ。人捜ししててさ」

「人?誰?どんな?」

「うーん、なんて言えばいいのかな…」


 彼の困った顔から、恐らく女性なんだろうな…と感じる私。


「ほら、凄くしんどそうだから、今日は私が夕食作って持って行ってあげるから」と言うと恥ずかしさの余り「じゃあ、またね」と素っ気ない態度を取って自分の部屋に駆け込んだ。


 もしかして、彼には好きな人がいるんだろうか?

 そう思うだけで私の胸はとても苦しくなった。


「え?なんで…」


 思わず口にしてしまう。

 これが恋…!?もしかして、私は宮里さんのことが好き…!?


 そう思うとじわーっと熱いものが込み上げてきた。


 今日の宮里さん、ちょっとおかしい気がした。もしかして、彼になにかが起きているのだろうか?だとすれば、私に何か出来るだろうか!?

 ただ、何か悪い予感がする…。こういう時の私の予感って結構当たるんだよな…。いや、そうならないようにしなければならない…。


 ベットにバタンと倒れ込み薄い木目のシートが貼られた天井を見上げる。何気なしにふと宮里さんの事を思い出すだけで、さらに胸の鼓動が早くなる。


「もう、どうかしてるわ」


 でも、こんな気持ちになれるなんて…、嬉しい。


「宮里咲楽さん…」


 もう一度彼の名前を呟く…。

 そうだ、勢いで夕御飯作るなんて言っちゃったんだ。今からスーパーに買い物に行って彼がびっくりするほどの料理をご馳走しなきゃ。


 私は、トートバッグとサイフを持つと慌ただしく部屋を飛び出した。



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