悪魔の聖騎士、罪人の天使。

才式レイ

プロローグ

 いつも祭りやパレードで賑わう王都エヴェロンのメインストリートが、今日だけは

裏の顔を見せた。


「出てけ、このクソ天使!」


「お前えの花を止めさせろ!」


「私たちの故郷を返して!」


 怒号咆哮の声が飛び交い。数倍、数十倍も色の強い、明確な怒気がボロボロな布切れを着ている少女に向けられていた。

 自慢の地味な灰髪が、今回ばかりは何の役にも立たない。両の手首に木製手枷がはめられ、足首には鎖の足枷が繋がれている。

 長い道路を裸足で歩かせているだけならまだしも、まともな食事すら与えられず空腹の上に炎天下で罵詈雑言を浴びせなければならないという生き地獄。

 

 四人の下級騎士に護送されているとは言え、大分距離を開けていては安全とは言い難い。


「ッ!」


 途中、石ころが少女のこめかみに命中しよろめく。一筋の血が地面に滴り落ちても騎士たちは見て見ぬフリをするだけで、投げた犯人はいかにも愉しそうに嘲笑する。それに続いて2,3個の石が痩身に降り注ぐ。

 それでも少女は耐えながらも背筋を伸ばして進行する。


 永遠と思われる長い屈辱の道の末、一行はキャメロット・スクエアに到着。

 異端者の処刑場が公開裁判なんて無意味なものが行われるのだ。無論、信者から批判が殺到。毎日教会の前で抗議する者まで現れる始末。

 

 文句を垂れ流す信者が大勢いる中、教会のやり方を見極めようとする者だっている。だから結末はどうであれ、間違いなく、歴史に名を残す大事件になるでしょう。

 緊張が高まる中、公開裁判の幕が今、開けようとしている――。


「静粛に」


 用意されたガベルを使わなくても、八字髭が特徴な男の一声だけで大衆を黙らせた。

 

「――これより、本法廷において被告、――――の審理が開始する」


 ようやくこの時が来たのか――裁判長の声が響き渡る中、首を垂れる被告人の碧眼はまだ不屈の光を失われていない。

 何しろ、こちらは黒そのものだ。火刑台の上に焼かれるべきなのはむしろこちらの方。だけど、あの人が言ってくれたんだ。守り抜く、と。


 弁護人の聖騎士を見やると、丁度目が合った。『大丈夫か』と問い掛ける視線に頷くも何故か小難しい顔で渋々裁判長の方に顔を戻された。

 もしかして本気で心配しているのか――心中の気持ちを表に出すわけにはいかず、こちらも視線を戻すことにした。


「此度の裁判は被告人が本当に我々の故郷を、世界を破壊しているあの天使なのかどうかを見極めるためのものである。事の重大さにあたってより慎重に、且つより公正な判決を下すために、国王陛下から一時この場を法廷として使用するよう、特別使用許可を頂いた。

 エディンバラ家の名に懸けて、国王陛下のご期待に応えるようにその役目を果たすことを、ここで誓います」


 国のトップが教会に屈さなかった――それだけでも驚きなのに、あの公明正大として知られているエディンバラ公爵を裁判長として任命するとは二度驚きであろう。人々はざわめきながら裁判官席の彼を見つめている。

 そんな中、件の被告人は至って落ち着いているそのものだ。その落ち着きこそが、もう過去に囚われたくないという意思表示なのだろう。


「被告人、準備はいいか?」


「はい、大丈夫です」


 今まで逃げてきたツケが回ってきたかもしれない。 

 未来まえへ向かって生きるためにも、一生懸命に守ろうとした彼のためにも。

 見届けよう。この身の命運がかかっている公開裁判の、最後の瞬間まで。

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