5 散歩

 色づいていた葉は落葉になって風に飛ばされるようになった。はげた木々が時折吹く木枯らしに悲鳴を上げる。生命が息をひそめるよう様子は、冬の訪れを実感させた。

 紗耶が見舞いに来るペースは今でも変わらない。果物の代わりに何が良いか色々試したようだが、結局お気に入りの本を僕に貸すのに落ち着いたらしい。

 彼女はたまに本を持ってくるようになった。「これ、どうぞ」とぶっきらぼうに渡される本は、しかし、意外にもどれも面白いものばかりだった。

 入院生活で時間の有り余る僕にとって、小説を読むのは良い暇つぶしになった。家にあるライトノベルを読むと異世界のことを思い出して吐き気が込み上げることがわかったので、紗耶の持ってくるそういう趣味とはかけ離れた小説はありがたかった。

 前に貸してくれた、上下巻のSF小説の上巻を返して礼を言う。かわりに下巻を受け取った。

 結構続きを楽しみにしていたのだが、すぐには読めない。はたからじっと見つめられていると、人間は集中出来ないのだ。本を持ってきたらお前は用済みだからもう帰れなどとは口が裂けても言えないし、それに存外紗耶が横にいる状況が僕は嫌いではなくなっていた。彼女がいる間は、見られているのに気を取られるだけかもしれないが、少なくともあの悪夢について思い出さない。それがとても良かった。

 かと言ってすることがあるわけではないので、彼女のいる間は窓の外を見ていた。風景に注視していると、時間がゆっくり流れるように感じられて、まためぐる季節の変化にも楽しみを覚えるようになった。

 何だか老人の余生みたいだなと思いながら窓の景色を眺めていると、横から声がかかった。

「外、出ないんですか」

  脈絡というものが全く感じられないその言葉は、しかし僕の耳によく入ってきて、彼女という人間が何を考えているのか益々分からなくさせた。

 だけど、彼女の言葉はよく響いて、僕の耳に入ってきた。


***


 時折外を散歩でもしてみると精神的にいいですよ。という医者の言葉に従ったことは一度もなかったので、これが目覚めてから初めての外出ということになる。

 冬の空気は、刺すような冷たさで、服に隠されない部分の肌を容赦なく攻撃してくる。

 だけど、晴れ渡った空とカラッとした空気は快くもあった。

 リハビリのおかげで多少ぎこちないが松葉杖なしでも歩けるようになってきた。経過観察も含めて後半年で退院することになるらしい。

 風が吹いて木の葉を巻き上げた。体感気温が一気に下がった。寒い。

 けど。

「意外といいもんだな」

 現実って。ついてきた紗耶の存在を思い出して、二の句は心の中で継いだ。

「そうですか」

 そう紗耶が言って、少しだけ口の端を上げた。初めて見た彼女の笑った顔は、控えめだけど、僕の印象に残るのには十分で。

 寒い中で、日差しの暖かさがひと際身に染みるようだった。


***


 あれから、ちょくちょく散歩に出るようになった。時間の経過が楽しみになる。そして、冬が終わって、春、夏とめぐる内に、いつしか悪夢の頻度は少なくなり始めて、最近はめっきり見なくなっていた。

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