第3話 知らされた事実


 二人は王都・リストミアからどんどん離れていく。

 あまり王都に近いとあの騎士が見回りにくるかもしれない。悪いことをしているわけではないので、見つかっても問題ないのだが、先ほどの件で目をつけられているはずだ。面倒ごとを避けようとしているのか元魔法師が歩いて行ってしまうのでついて行かざるを得ない。

 同じように王都を目指す者たちが通る道を逆行する。馬車も通るので舗装された道だ。その道なりに進んで十分ほどでにぎやかな街が見えてくる。


 そこは王都に入れなかった者たちが集まる都市・カーテスである。

 始めは王都に入れなかった時に寝泊まりする場所が必要になって、人が集まった。そこから次第に人が増え、そのまま住む者が増えたために都市にまで発展した。

 衣食住すべてをまかなうことができるので、生活に困ることもない。また、王都に最も近いことから流通も安定している。

 暮らすことに困らない便利な都市だった。


「らっしゃい、らっしゃい。野菜、そろってるよ」

「まま、あれ買って!」

「明日の夜には発つから準備をしておこう」


 店員や家族連れ、旅人などの声が飛び交う。聞き分けるのも疲れる喧騒。思わず耳を塞ぎたくなった。

 フランの故郷は人が少ない田舎だった。それゆえ苦労もした。便利な都市に憧れを抱いていたが、人が多いとそれはそれで苦手であるとやっと分かった。

 フランははぐれぬように前を征く元魔法師を見る。


「人が多いの苦手だった? もうちょっと我慢してね。ここの外れにお店があるの。そこでお話しましょう?」


 と言うのでフランはついて行く。その傍にはもちろんジルが浮遊している。ジルが行くなと意思表示をすればフランはそれに従うが、今回は何もしていない。だからフランはついて行っている。


 使い魔は戦い以外にも協力してくれる。

 得手不得手があるが、ジルは危険予知をすることができた。それに何度もフランは助けられている。

 ジルがいなければ、ここまでたどり着くことも出来なかっただろう。道案内や選択に迫られたときにいつも支援してくれる。自分で判断することが出来ないほど、優柔不断であるフランにとって、いつしかジルは生きていく上で欠かせない存在になっていた。


 脚は人気のない路地裏にある静かな店の前で止まった。

 ガラス窓があるがカーテンが閉まっていて中を窺うことはできない。看板もないので何も得られる情報がない。営業中なのかも怪しかったが、ドアの鍵はかかっていなかった。

 ドアを開けば古めかしいベルが鳴る。しかし、店員らしき人は出てこない。

 店内は暗い。いくつもの丸テーブルがあり、その上に炎が灯っていない蝋燭が置かれている。なんの店か、それだけでは判断しにくい。


「ささ、座って。食べながら話しましょう? マスター、適当に見繕ってちょうだい」


 おそるおそるフランは元魔法師の向かいの席に座った。すると勝手に蝋燭に炎が灯る。

 その周りを不思議そうにジルが飛んで見回ってから、フランの膝の上に降りた。話しかけなくても、フランはジルの背中を優しくなでる。


「あいよ。適当に、な」


 ふと声がした方を見れば、カウンターがありその奥に男性がいる。彼がここの店主なのだろう。

 どこに居たのだろうか。気配を感じられなかったというのに。不思議そうな顔でフランは姿を目で追う。


「ここ、魔法師しか入れないお店なの。魔法師でないと入り口は開かないし、席の明かりもつかない。マスターも客が魔法師じゃないと出てこない。だからお客さんがいないんだけどね」

「へえ……」


 世間知らずなフラン。そんな店があるのだと頭に入れた。

 辺りをきょろきょろするフランへさらに話続ける。


「本題に入りましょう。私はルウ。さっきも言ったけど、元王立魔法師団で団長をしていた魔法師よ」

「だ、だんちょっ!? それは初耳です」

「あら、言ってなかったかしら。ちなみに騎士団団長はシリウスだったけど、聞いてない?」

「シリウスも!? 言ってないし聞いてないです。そんな凄い方だったなんて。私がここにいるのが恐れ多いです」


 笑うルウにフランは体を小さくしてしまう。


「そんなに緊張しないで。もう辞めた身だし。それよりも貴方は何者? シリウスとはどんな関係なの?」


 急にルウは表情を変え、真面目な声で訊く。アメジストの瞳が炎の明かりで揺らめき、フランの心臓が大きく脈を打つ。


「私はフランです。それでこの子は使い魔のジル。そしてシリウスは。私の幼馴染で恩人で。彼は忘れちゃったかもしれないけど、将来を誓ったんです」


 シリウスと出会ったのは、故郷でのこと。

 持ち合わせた魔力と、浮いた見た目から迫害されていたフランに声をかけたのがシリウスだった。

 彼だけがフランに手を差し伸べた。王子様というのはこういう人のことだろうと、幼いフランはすぐに心を奪われた。

 当時はまだ、魔力の制御ができずに溢れ出た魔力により魔法を暴走してしまうことがあった。そんなフランを助けてくれたのは彼だった。

 おかげでフランは人殺しにならず、今まで生きている。

 シリウスのおかげで今を生きている。


 恩人の彼と共にありたいと思うのは自然だった。

 初めての決意。それを伝えると彼は屈託のない笑顔で『約束だな』と指切りをした。

 その後しばらくして彼は騎士を目指して王都へ立ったが、しばらく文通をして『約束の日』に王都で会うと決まったのである。


「そう。彼ってああ見えて意外と真面目だものね。確かに『婚約者がいるんだ』って言っていたわよ。てっきりアタシは王都で会った子だと思っていけど、貴方のコトだったのね」

「は、ずかしい……」


 フランは赤くなった顔を両手で覆う。


「初心で可愛いわ。もっとコイバナしたいところだけど、シリウスの名はここ以外で出さないほうが得策よ」

「そうでした、どうして王都の前で皆さんが一斉にこっちを見てきたのかわからなくって。それにあの騎士さんも凄く怒っているようでしたし、何か騎士さんからおかしな感じがして」


 シリウスに何があったのかと不安をぬぐうように、ジルの背中を何度もなでる。


「何も知らない、のね」


 ルウは悲し気な顔をしていた。

 それがより、フランの不安をあおる。

 シリウスに何が。

 愛しの彼を想い、ここまでやってきた。昔の約束を果たすために。

 まさか死んで――


「端的に言えば――『シリウスは王を殺した』の」


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