遺跡好きの魔女は「まじない」を編む~「あと二年で子供が授かれなくなる」と言われて…

@hayatayuu

第1話 プロローグ


「今、なんて仰いました?」

 リタは思いがけない言葉に怪訝な表情を浮かべ、治癒師の顔を凝視した。

「リタさんの不調の原因は魔力過多症よ。よくある病気ね。ただ、大人になって初めて発症するのはとても珍しいけど」

 年配の治癒師は柔らかに噛んで含めるようにゆっくりと答えた。

 魔力過多症は体が保持する能力以上に魔力が多い病だ。

 単に魔力が多いだけなら良い。「体の能力以上に」という点が問題となる。そのアンバランスが体に不調となって表れる。

「仕事のやり過ぎのせいですか? それなら、減らしてもらいますけど」

「まずはそうね。でも、魔力過多症の進行は続くでしょう。魔力の増加が体の自然な反応なら、止めるのはまた異なる負担となるわ」

「では、しんどい状況は続く、と?」

 リタは縋るように尋ねた。

「お薬を処方しておくわ。仕事のあとの怠さは二年前からなんですよね?」

 治癒師は書き付けに視線を落としながら問う。

「そうです」

「でも、無理を続けてしまった、と。リタさんの二十二歳という年齢では珍しいから気付かなかったのは仕方ないけど。今回の場合、悪条件が重なったのね。リタさんは子供のころはあまり魔力が高くなかったでしょう。魔力回路の成長が遅かったのね。でも、成長した途端、こき使い過ぎたわけね。それで遅まきながら、魔力の増加があった。これも珍しい事例ね。増えるのは良いことだとしても。体が付いてきてないの」

「た、確かに、妙に仕事自体はやりやすくなりましたけど」

「そうでしょう? 魔力回路の成長が遅かった分、遅れを取り返すように魔力量の増加があったのね。成人しているにもかかわらず。それで、魔力過多症になってしまった。その上、無理に無理を重ねたのよ。魔力の増加は僅かずつだとしてもしばらくは続くでしょうね。リタさんの魔力の潜在能力はもう少しあるでしょう。なぜなら、リタさんの体の中で、もっと魔力を受け入れられる魔力回路の部分とそうでない部分と、不揃いになっているから。本来は、高魔力の状態があなたの完成形だったの」

「それは・・」

 リタは唇を噛んで俯いた。


 治癒院から帰って呆けているうちに窓の外は宵闇が濃くなっていた。

 ソファに放られた編み物を手に取る力も出ない。唯一の趣味と実益を兼ねた楽しみだというのに。

 部屋の扉をノックする音がした。

 リタはのろのろと立ち上がった。人に会いたい気分ではないが、一人きりで鬱々としていると精神的に不味い気がしていたのだ。

 ドアを開けると、学生の頃からの友人で考古学研究所では同僚でもあるサヤが立っていた。

 サヤは職場では一つに縛っている金茶の髪を肩に垂らしている。茶髪や焦げ茶の髪が多いホムロ王国では彼女の髪色は珍しい。灰色の瞳もだ。そのあまり見ない色のせいもあって、彼女は目立った。

「どうだった? 治癒師に診て貰ったんでしょ? 窓の灯りが付いてたから様子を見に来たのよ」

 同じ寮に住む同僚には居留守は使えないらしい。

「あんまりよくなかったわ。働き過ぎだって」

 リタは肩をすくめ、サヤを中に招いた。

「やっぱり! そうよ、リタ。残業が多すぎたもの。主任に押しつけられた仕事なんか、断れって言ったでしょ!」

「でも、残業代が出るじゃない」

 リタは勝手にソファに座ったサヤに、水差しの水をカップに入れて渡した。寮の食堂からもらってきた水だ。本当は茶をいれるべきだろうが、そんな気力はなかった。

「それにしたって! そもそも、なんでそんなにガツガツ仕事してんのよ」

 サヤはリタが水しか出さなくても文句もなく喋り続けている。

「早く奨学金を払ってしまいたかったのよ。ヤグル領の仕事をしたかったから」

「もしかして、奨学金の支払いって、僻地だと大変だから?」

「ええ、そう。ほとんど無理ってくらい大変。うちはそんな便利な国じゃないんだもの。町役場の窓口で支払うってやり方しかないんだから。こういう場合は、勤め先にお金を借りて一括で払う方法があるらしいけど。そうすると、金利がつくでしょ。だから、あくせく働いて、借りないで返そうって頑張ってたのよ」

「なるほどね。でもさ、そういう借金の金利はそう高くないんじゃない?」

「そうだけど。実家から『仕送りしろ』ってうるさく言われてて。その上金利もじゃ、大変かなって思ったの。ヤグル領に行けばうるさい実家から離れられるでしょ」

 リタはもごもごと言い訳をした。

「リタの実家って、リタのこと虐待してたんじゃないの!」

 サヤの声音が一気に険しくなる。

「まぁね」

 食事は飼い猫よりずっと粗末で、服は妹のお下がりだった。学生時代からの友人はリタの不遇だったころを知っていた。

「あんたねぇ、実家の仕送り要求なんて無視すればいいでしょ」

「無視っていうか、今までは仕送りしたくても出来なかったのよね。最初の一年は見習いだったし。奨学金の支払いを優先させたかったから。でもさ、職場にまで『仕送りしろ』って手紙やら、突撃やらされたら、ちょっと金払って追い返したほうが楽でしょ」

「楽じゃないわよ! あんたのほうが慰謝料とか賠償金を請求してやるべきでしょうが!」

「ええ、わかってるわ、さすがに。今回のことで、よくわかったのよ。私、あと二年で子供を産めなくなるらしいの」

 リタは気落ちした様子で、つい暴露した。

「なんですって? あんた私と同い年よね? 二十二歳」

 サヤは目を剥いた。

「そうよ。仕事のやり過ぎと、子供のころの環境が悪かったせいよ。食事が貧しかったから。私、成長期に栄養失調だったもんだから」

「そんなに酷い状態だったの」

 サヤは絶句した。

「だから成長期のころに魔力回路がうまく育たなかったらしいわ。それで、遅まきながら少しずつ育って、魔力がそれに釣られるように増えて。で、働き出してから、遺物の復元作業で魔力を使うようになったでしょ。魔導具を使って魔力を使うから、余計に魔力を引き出す感じになってるわ。だから、魔力が増えたの。成人したら増えないはずなのに増えちゃったのよ」

「・・それで?」

「だから、体の魔力保持の能力以上に魔力が増えてったのね。今も増えてるのよ。ほんの少しずつ。私、本当は、けっこう魔力の多い人間だったらしいわ。確かに、祖母は魔導士だったわ。高魔力持ちのね。血筋的に潜在能力があったわけよ。魔力と魔力の保持能力は、本来は均衡がとれてるわ。体はそのように成長するはずだった」

「そうね」

 サヤは傷ましげな目で相槌を打った。リタの話の行方が見えてきたのだろう。

「体内の魔力って、外気の魔素から変換しているっていうでしょ。あとは単純に吸収したり、生命力から魔力へと変換したり。そういった諸々が魔力を生み出したり保持したりしていて。私の場合は、釣り合うべき魔力の保持能力はうまく育たなかった。でね、妊娠して子供を子宮で育てているときに、魔力を与える器官があってね」

「ええ・・」

「その器官の経路と、私の魔力との均衡まで崩れてしまってるって話し。だから、それが、生理不順とか、魔力過多症の悪化に繋がってたらしいわ。つまり、余計に均衡が崩れたら子供は無理だって。その制限時間が二年」

「あぁ、リタ・・じゃぁ、こういうわけ? 二年で子供を授かろうって」

「なんでいきなりそうなる・・」

 リタはがくりと項垂れた。

「なるでしょうが。なにもかも、実家のあの強突張りな継母のせいでしょうが!」

「そうなんだけど」

「クソババァのために、子供を諦めろって? 大人しく産めなくなっていいの?」

「いや、サヤ、だって、そんな理由のために子供って」

「あんた、結婚したら子供は二人くらい欲しいよねって、酔っ払ったとき言ってたでしょ」

「そりゃ、酔っ払いの戯れ言よ。三十までに結婚できるかも怪しい女が」

「あと八年はあったのよ、猶予が! それが、あと二年になったのね、クソババァのために! で? 諦めるって?」

「サヤ、私だってそれは思ったわよ。治癒院からの帰り道にふつふつと怒りが立ち上ってきて! もう、あいつの仕送り要求は完全無視してやろうって! 今までは、職場に突撃されたときは財布を空にしてくれてやってたのよ! 幸いなことに、いつも貧しかったからあまりやれなかったわ。あのなけなしの金は手切れ金だと思って諦めるけど。今度きたら『子供のころは野菜クズしかくれなかったくせに』って怒鳴ってやるって心に決めたくらいよ」

「決めるのが遅いのよ」

「ホントね。あの虐待生活のために体がそんなになってたってわかったら、甘い対応は間違いだって思い知るわよ。でも、我が子のことは別よ。私は自分が酷い環境だったから、子供が生まれたら幸せに育てたかったんだもの。たった半年かそこらで優良物件をモノにするなんて、私の容姿じゃ無理に決まってるわ」

 リタは自分のくしゃくしゃのくせ毛を握りながら自嘲した。

「まぁ、確かに、その茅ネズミの巣みたいな髪は女として問題よ。それから、痩せ過ぎて骸骨に近い体も。あと、修道服みたいな灰色のワンピースも。化粧なしの顔色の悪い肌も。視力が悪いのか、半目で人を睨む癖も」

「絶望的って言いたいの? まぁ、自覚してるけど」

 全部、本当のことだ。我が事ながら、あまりの悲惨さに思わず笑った。

 栗色の髪は柔らかすぎるし、くりくりのくせ毛だ。金色がかった茶目はぎょろりと大きく、つい睨みがちなのでなるべく俯けるようにしていた。

「髪は綺麗にしてあげるわ。香油で手入れをして、巣みたいなくせ毛に櫛を入れるのね。痩せぎすは短期間では無理だろうけど。化粧はするべきよ。あと、目付き!」

「視力は悪いわけじゃないのよ。仕事してから余計に見え難くなったのかしら。目に力を込めると魔力で強化されてよく見えるようになるの」

「やっぱ目が悪いんじゃないの。でも、視力の強化は、睨むように見なくても出来るはずよ。鏡を見ながら癖を矯正しなさい。きっと目付きが悪いのは治るわ」

「そうね、頑張ってみようかな」

 わずかずつ前向きな気持ちが頭をもたげてきた。諦めるのは簡単だが、まだ可能性があるなら、なんでもやってみるべきではないか。

 親友のサヤはお洒落だ。サヤは切れ長の瞳に大きめの口をしていて、彼女が美人か否かは人の好みによるが、自分の個性をよく知っていて魅力的に装っている。リタのことも上手く改善してくれるかもしれない。

「そうよ!」

「本音では私だって、諦めたくはないもの。でも、良さそうな伴侶を見つけようにも、伝手がないわ。サヤだって、男っ気なしでしょ」

 リタはせっかく親友が親身になってくれているし、素直に頑張ろうとは思うけれど、今の職場には独身の男性は少ない。出会いの場が思いつかなかった。

「私に男っ気がないのは認めるけどね。でも昨今は、幸いなことに、見合いパーティがあるじゃないの」

 サヤがにやりと笑った。

「えー、まさか。もしかして、ドルスタ共和国にいく調査団のこと? まさかよね」

 リタは思わずソファにのけぞった。

「そのまさかよ。エリートがたっぷり来るわよ」

「さすがに嫌よ、ドルスタ共和国なんて。元敵国じゃないの! さんざん戦った相手よ。結婚したら見合い相手に付いていくことになるでしょーが!」

「それそれ、その誤解がはびこってるから、ライバルが少ないのよ」

「どういうこと?」

 リタは眉を顰めた。

「私の父は外交部の高官だわ」

「そうね。娘のサヤはこんなボロい寮で暮らしてるけど」

 サヤはこう見えて、良家のご令嬢だった。

「徒歩三分で職場なんだもの、寮暮らしするに決まってるじゃない。それでね、広報室の連中がちゃんと広めてないから、かなりの誤解が広まってるのよ。確かに、ドルスタは敵国だったわ。でも、国王と王族どもが悪逆の輩だっただけで、それ以下のまともな臣下たちとか国民はひたすら疲弊してたわけよ。それで、王族どもを討ち取った我が国に対しては感謝している民のほうがずっと多いわ。悪意をもってる人は少ないの」

「へぇ。初耳」

「でしょ。それで今回は、我が国のエリートたちが大量に赴くわけだけど」

 終戦後、ホムロ王国から戦後の後始末要員が大量にドルスタへ渡って、滅んだ国の立て直しは終わらせている。第一陣メンバーは、そのまま移住した者や、まだ仕事で残っている者、帰国した者など様様だ。

 今回はまた別だ。元ドルスタ王国、現在はドルスタ共和国となった隣国には、巨大な遺跡がある。遺跡の調査は進んでいなかった。歴代国王たちは、遺跡は王家の偉大な遺物で、古い王家の墓があり、勝手に入った者は拷問の末に極刑と決めていた。

 ゆえに、何者であろうとも入る者はいなかった。恐怖政治をしいていた元ドルスタ王国で、国王が「拷問の末に極刑」などと宣い、逆らう者などいるわけがない。

 かくして、貴重な巨大遺跡は手つかずのままに残された。放置されたと言っていい。調査はほぼなされず、管理すらも満足にしていなかった。単に近衛たちが見張りをしていただけだ。衛兵や騎士団ではなく、近衛が責任を持って守ると決まっていた。

 猫の子一匹入れるなと言明された近衛らは、文字通り命をかけて守っていた。国王の視察時に猫でも入り込んでいたら近衛の隊長の首が飛ぶ。比喩ではなく。

 この度、めでたく王家が滅んだので、ホムロ王国は巨大遺跡の調査に取り組むこととなった。

 ドルスタ王国はホムロ王国の北西隣にある隣国で、昔から仲は悪い。特に、当今の王の代になってからは最悪だった。

 数年前にドルスタの愚かな王が仕掛けてきた紛争は思いのほか早めに集結していた。多額の賠償金も得ている。ドルスタにかける予算には余裕がある。

 それで優秀な人材を揃えた調査団を組織した。遺跡調査に必要な能力を有したエリートたちは、長丁場となる仕事のために家族とともに移住する。

 独身の研究者たちのためには、お見合いパーティが計画された。国主導で、彼らにお相手を見つけてもらおうという。端から見ると余計なお世話な気もするが、現地で妻となる、あるいは夫となる伴侶を見つけるのは絶望的に難しいためだった。

 けれど、長年敵国だったドルスタへ行きたいご令嬢は少ない。恐怖政治下にあったためにドルスタは貧しい。治安も悪い。おまけに赴任地は僻地の遺跡だ。

 自国で豊かに平和に暮らせるのに、わざわざ行きたいはずもない。

「予算があるから調査団の住環境は充分に整えられるはずよ。それに、遺跡は近衛たちが守っていたでしょ。だから、けっこう大規模な駐屯のための施設が整えられていてね。手を加えて調査団の住まいとして使う予定。近衛たちが使っていた施設だから綺麗よ。近隣に小さい村があって治安はいいみたい。そもそもドルスタは、王都から離れるほど治安は悪くないという普通とは違う謎な現象が起きてたのね」

「なんでかしら」

「王都は諸悪の根源の王族が牛耳ってたからかもね。賭場やら、娼館やら、猥褻な遊技場やら、いかがわしい場所がびっくりするほどあったって。全部、王族が遊ぶところ」

「うわぁ・・信じられない。そんなだったの、あの王家。まぁ、噂は聞いてたけど」

 リタは顔をしかめた。

「ドルスタ王国だったころはそういう悪評は封じ込められてたからね。でも、田舎町は素朴だって話よ。うちの父は実際に何度もあの国に入ってるから」

「なるほど。当てになる本当の情報なのね」

「そう。本当の情報がうちの国に広まってないのは問題だけど、今回はリタのためには良かったわ。ライバルがいないのよ。優良株のエリートたちが伴侶を求めてるこのときに! 綺麗に身繕いして、パーティに参加しなさいな。私が父に招待券をなんとかしてもらうから!」

「だ、だって、そんな、無理矢理に招待券なんて・・」

 リタは自分ができることは必死にやろうと思うが、友人に迷惑をかけたいとは思わなかった。

「無理矢理じゃないわ。変な人間が入り込んだら困るから、それなりに審査した上で配ってるものだけど。リタの家は男爵家だわ」

「潰れかけた男爵家よ」

「リタの亡くなったお母様は、古い子爵家の出で魔導士の家系だったわよね」

「ええ、そう。マヨルタ子爵家」

「充分よ。リタは、学園を首席で卒業してるし」

「奨学金のためよ。家が学費を出してくれなかったから」

「偉いわ」

「入るのが難しい学園のほうが、弟と妹が入ってこなくて丁度よかったしね」

 リタの弟と妹は、後妻の連れ子だ。けれど、実父によく似ている。種は実父なのだ。しかも、双子の弟と妹はリタとは一歳も離れていない。死んだ母を蔑ろにするにもほどがある。

「そうよね、誤魔化し入学なんて不可能だもの。でも、それだけの条件が揃ってれば絶対大丈夫よ。国立研究所勤務なんだし。あんたも実はエリートの端くれなのよ! 自信持って!」

「端くれで自信持てって言われても」

 リタは苦笑する。

「令嬢らしく猫を被るのね! あとは見栄えよ! 目付きを直すのは宿題だからね!」

「直すわ。絶対、直すってば」

 リタは有り難い友人のお膳立てに応えるべく、頑張ろうと誓った。


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