第13話 ヘントセレナ入国作戦

 ヘントセレナに入国するにあたって、最大の難関は、種族の問題。つまり、人間の国に、魔族であるトーリスが入る方法を考えなければならない。レイノンの場合もしかり。


 幸い、角と尻尾は練習すればしまえるようになるが、問題は目の色と、耳だ。


 基本的には、二人そろってフードを被せることにより対応しているが、旅人に対する規制が厳しいところでは、そうもいかない。


 かと言って、その場で気づいて逃げ出そうとなんてすれば、捕らえられる危険もある。


 国によって人魔問題に対する意識は千差万別。その国を知らないと、危険が高まる。


「ヘントセレナの魔族差別は、かなり、重篤だからね。顔を見せたら、その場で刺されてもおかしくない」


「怖すぎだろ……。なんでそんなことになってるんだ」


「元々、ヘントセレナは魔族の土地だったからね。今でも度々、魔族による侵攻があったり、領土の取り合いが続いてるんだ」


 気候条件が厳しいところには、魔族が住んでいることが多い。魔族は人間よりも過酷な環境に耐えられる上に、体力があるため、土地の開拓が早い。


 土地を切り開いたところに人間たちが侵攻し、領土を奪っていったのだから、魔族としても面白くないだろう。赤い川は魔族たちの聖地でもあり、信仰の一つを奪われたような気持ちだ。


 人間は人間で、山脈の北に魔族がいるせいで、隣接する自分たちの領土であるはずの赤川山脈にまったく近づけなかった、という歴史がある。どうしても、南北を抑え、山の領土を手にしたかった。けれど、川自体は気味が悪いと、赤い原因が分かった今も、忌避している。


「そんなところ、入って大丈夫なの?」


 レイノンの黒瞳は、すっと鋭い。トーリスに何かあったらただじゃおかんぞという威圧を感じる。守ってばかりいてもいけないが、俺がここにいられるうちは、危険に晒すつもりはない。


「まあ、大丈夫だよ。なんとかなるって」


「本当に大丈夫なのか……?」


 季節のことは考えて旅をしている。この時期にここまで来てしまえば、もう、ヘントセレナで冬を越す以外に道はない。戻ることはしない。分かっていて、追い込んだのだから。


 しかし。どうやって、入国しようか。


「ルジ、絶対計画なしだろ」


「なぜ分かった……!?」


「いや分かるだろ。それに、リアも心配そうだぞ」


 トーリスの足元から、リアが心配そうにこちらを見ている。


 迎えにいけば、ぴょんと腕に飛び込んできて――姿を変え、ぐーんと膨らんでいく。


「まだ怒ってるのかな、リアサン……!」


 持てなくはないが、子ども二人分だから重いのは重い。そっと地面に置こうとすると、すっと軽いネコの姿になって腕を登ってきては、俺の肩で丸くなった。


「ごめんね、リア」


「ラ」


 いいわよ別に、と返ってきた。しっくりくる重さだ。撫で心地も抜群。かわいい。


「まあさすがに、ヘントセレナ以北は、ある程度作戦を立てていこうか。人情に訴える作戦と、フードを被ったまま通過する作戦、それから、どさくさに紛れて入る作戦は、まず無理だと思った方がいい」


「この一年を全否定したな」


「そもそも、あんなに広い街、どうやって警備してるんだろ?どこからでも入れそうだけど」


「等間隔に警備員が並んでるんだよ。……あ、それならいけそうだと思っただろ。あれを潜り抜けるのは無理だよ」


「なんで?相手は人間なんだよね」


 レイノンはトーリスと自分の違いをよく知っている。だから、生身の人間相手なら、通り抜けできると考えるのも、不思議ではない。


「だって、こっち側の警備だけで、五〇〇人が一列にならんでるような、イカれた場所だからね。向こう岸というか、街の反対の側も同じくらいの人数で守ってるし」


「イカれてるねえ」


 山頂から見た限り、数年前までの三分の一といったところだから、恐らくはそうだろう。


「でも、この幅をそれだけの人数なら、死角があってもおかしくなさそうだが」


 トーリスは大陸のおおよその幅と、人間が視認できる距離から目算して言っているのだろう。


「確かに、人が視認できる範囲ギリギリのところに立ってるだけだから、見落としがあってもおかしくない。――でも、彼らは見落とさない。見落としたら、死ぬから」


 ほとんど人の出入りなどないけれど。それでもちゃんと見守っている。立ってるだけでいいなら楽だ、とかいってこの職を選んだ暁には、不定期に訪れる監視員に気づかず、処刑される。


「それくらいしないと、魔族に侵略されるから、みんな本気だ。ま、どのみち、敵を見落としたら、街ごと滅ぼされるからね!」


「かるぅ〜」


「やっぱり、みんな強いのか」


 過酷な環境で生きてきた人間は、強いのか。そう問われているのだとしたら、答えは、否だ。


「強くないと、生き残れなかっただけだ。弱い人間はみんな、朽ち果てていった。今だってそうだ。適応するっていうのは、適応しない遺伝子を排除するようなものだから」


 食べ物を分け合ったり、露頭に迷う旅人を家に上げたり、暖かさを人と一緒に感じたり。


 そういう優しさは、とても大切なことだ。けれど、それは強くないと、あるいは、国が豊かでないとできないことだ。


 分け与えた結果飢え死んだり、旅人に家を盗られたり、寒さで凍えたり――。


 生きるためなら人間は、手段を選ばない。死が隣に住んでいるような環境では、たとえ、優しさによらなくとも、奪い合いなど日常茶飯事だ。


「まあ、そんな中でも選りすぐりの人たちが警備に当たっているというわけだ」


「それでも、逃げ切れそうな気がするけど?」


「あれは、本部に報告するのが役目だからね。要は、一五〇〇個の目が並んでると思えばいい」


「見つかったらどうなる。殺されるのか」


 入国にあたって審査などは特にない。が、ずっと見張られることになる。人間であればまだいいが、魔族が入ろうものなら――。


「うーん。背中の皮に槍を通して磔にしたあとで、石を投げつけられるよう見せしめにされる、くらいのことは平気でやるかも?それも、簡単には死なせてくれないだろうね!」


「トーリス、ダメダメ。オウチ、カエル」


「おうちなんてないんだよレイノン。もともとどこにも定住してないんだから」


「まあ、それでもここに連れてきたのには理由があるんだろ。それに、ルジがいるから大丈夫だ。行くぞ」


「オウチカエルノー」


 トーリスは、俺を信用しすぎだ。


「ラー?」


「今は、魔法があるからね。警備の数も減って、より監視が厳しくなってるだろうし、リアがいくら可愛くても、それで目をそらすのは無理かな」


「ラーウ……」


「リアがいてくれるだけで、俺は幸せだよ」


「ラーラー」


「――ありがとう」


「ひゅーひゅー」


「だから、誰に吹き込まれたんだよ……」


 お構いなしに歩いていくトーリスを、俺とリアは追いかける。あれでトーリスも、計画なんて考えちゃいないだろうな。

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