第45話 巫女さん、王者に挑む

「【生成クリエイト】」


 半分手詰まりになったボクが迷っている間にガイアが魔術を唱えた。

 彼の掌の上に大きめの石が現れる。

 まずい――


「【散弾岩ロック・キャニスト】!」


 空中に放られた石をガイアの振るう六尺棒が打ち砕き、無数の石礫となって襲いかかる。

 ボクは即座に石礫の弾幕が薄い場所へと身体を滑らせ、避けきれない物だけを刀で弾いて防いだ。


「……レンちゃんには悪い事しちゃったな」


 レンちゃんと一緒に大会への対策を話し合ってる際、ボクは彼女にガイアは遠距離攻撃手段を持たないから空中に逃げて後は攻勢を緩めなければ勝てると伝えた。

 その結果がこの始末だ。


 まぁレンちゃんは意外と頑固……芯が強いからガイアが飛び道具を使えると知ってても試合を棄権する事はなかっただろうけど。


 思考を戻そう。


散弾岩ロック・キャニスト】。

 この技は石を生成してから六尺棒で打ち抜くというプロセスが必要な事から発動から攻撃に入るまで比較的猶予があるという欠点がある。

 だけどそのかわり、弾速がとんでもなく速い。


 ボクは自分とガイアの試合を近距離戦は不利、遠距離戦は有利だからなるべく距離を取って戦う事を心掛けるつもりでいた。

 だけど実際にはガイアはボクの魔術全てにその身体能力と技術だけで対応して見せたし、彼自身も脅威となる遠距離攻撃を持ち合わせていた。


 ガイアの魔力量は本人曰く70でボクの11分の1未満。

 だけど彼のやってる魔術は大きめの石を一つずつ作ってるだけで撃ち出すのは人力だ。

 このまま遠距離戦をやったところでどう考えてもボクの方が先に魔力が尽きる。

 

 不利と分かっていても近距離戦を仕掛けるしかない。



    ◇



「はぁっ……はぁっ……」


 仕方なく近距離戦を仕掛けてからというもの、10分程の時間が経過した。


 ボクの剣技とガイアの棒術。

 速度に関しては初速はボクの方が速くて加速はガイアの方が上、総合的に見れば互角と言っていい。


 だけど速度が同じなら獲物の重量、そしてボクと彼自身の体重の差がそのまま威力の違いとして現れてくる。


 不利な要素はそれだけじゃない。

 刀と六尺棒ではリーチにも差がある。

 接近戦でも時折【水弾すいだん】を混ぜる事でその差を誤魔化してはいるけど、魔力の消費はともかく極度の集中の連続による精神的な消耗が激しい。


 結果、一時的に距離を取って肩で息をしてるのがボクの現状だ。

 ちなみにガイアは様子を見る限り、消耗はしてると思うけどボクと違って息を切らしてる様子はない。


 40過ぎのおじ様なのにこの人、元気すぎるよ……。


「ふぅ……」


 ようやく息が整った。

 ガイアはまだ踏み込んでくる様子はない。

 あのまま攻め続ければ必勝だっただろうに。


「本気を出せヒナミナ。お前の全力はこんなものではないだろう」


 ガイアが発破をかけてきた。

 嫌味かな?


「こっちは最初から本気で全力のつもりなんだけど。言っておくけど雷竜サンダードラゴンを倒した時の状態の事を言ってるなら、あれはレンちゃんがいないと使えないよ」


「だがお前にはまだここで見せてない技がある筈だ」


 ……これだから求道者ってやつは。

 準決勝第2試合でもガイアはレンちゃんが空を飛ぶのを全く阻止しようとしなかった。


 彼にとっては自身の勝利も栄光も大した価値がないんだろう。

 ただ相手の持つ全てを乗り越えて自分の成長の糧に出来ればそれでいいとしか思ってない。



 まったく。

 本当に理解し難い人だ。



「いいよ。だったら見せてあげる」


 右足を後ろに引き、刀身を自分の身体に隠すようにして構える脇構えの姿勢を取る。

 あの時と違ってレンちゃんの力添えはない、自分の力だけで放つ奥義。

 これで全部終わらせる。


 一方、ガイアは六尺棒をまっすぐ頭上に掲げた。


「【地を割る一振りアースブレイク】」


 魔術名を唱えた事で六尺棒を握る手に岩が纏わりつき、完全に固定される。

 力の全て、その一切すら逃さないようにしてるんだろう。


 ……直撃したら間違いなくボクの身体は真っ二つだよねこれ。


 お互いにジリジリと距離を詰めていく。

 気付いたら会場は静まりかえっていた。

 集中するあまり、周りの雑音が聞こえなくなってるだけかもしれない。


 一歩。


 二歩。


 空気がひりついて喉がカラカラだ。

 一歩一歩が緩慢で、まるで時間が引き延ばされたかのように感じる。


 互いの射程範囲に入ったその時––––


「オオオオオオォッ!!!」


 ガイアが特大の気合いを入れながら六尺棒を振り下ろした。

 ボクは半歩だけ身体を横にずらして回避の行動をとる。


 大きく動いては反撃が間に合わないし、そもそも振りが速すぎて半歩しか動く猶予がない。


 ボクの身体のすぐ真横を凄まじい暴風を引き起こしながら六尺棒が通過してすぐに『バゴン!!!』と地が裂けるような音がした。

 いや、実際に地が裂けている。


 ガイアの放った一撃は武舞台を真っ二つにして、その下にある地面にまで亀裂を入れていた。


 そして至近距離でこの技を躱したボクも無傷と言えるような状況じゃない。

 極度の集中状態にあったおかげで痛みは感じなかったけれど、武舞台を割った事で飛び散った無数の破片がボクの身体に突き刺さった。


 刺さりどころが悪かったら試合を続けられなかったかもしれない。

 だけどボクはまだ、こうして動く事ができる。



「【草薙くさなぎ】」



 横一閃。

 身体が傷付いてもなお極限の脱力状態を維持し、放たれたその斬撃は水の魔術を放つ事で更なる加速を得た事で、まだ体勢を戻せていないガイアの右腕を易々と切り裂いた。


 六尺棒を握りしめたままの右腕が宙を舞い、そして地面に落ちる。


 残心は解かない。

 腕を一つ落としても、もう片方の腕で殴りかかってくる可能性があるから。



「……俺の負けだ」



 ガイアが降参の意を告げた。

 静寂が会場を包む。


「決まったあああああぁッ!!!ついにッ!ついにッ!不敗神話が破られました!勝者はヒナミナ!!新たな伝説の誕生と、素晴らしい戦いを披露してくれた両選手に惜しみない拍手をお願いします!!!」


 耳を劈くような大歓声が響き渡る。


 ……勝てた。

 いや、勝たせてもらえたと言った方が正しいかもしれない。


 ガイアが試合の勝敗に拘る立ち回りをしてたら、敗北してたのはきっとボクの方だった。


「ヒナミナ、お前に【雌伏の覇者】から抜けてもらった時の事を覚えているか」


 止血を済ませたガイアが左手で地面に落ちた腕を拾い、小脇に抱えながら話しかけてきた。

 あとで治癒師にくっつけてもらうつもりなんだろう。


「覚えてるよ。ボクはもっと別のパーティで経験を積んだ方が成長に繋がるって言って、送別会を開いてくれたよね」


「あれは方便だ。本当は俺は怖かったんだ」


 ……はぁ?


「怖い?あなた程の人が何を怖がるって言うの?」


「俺はもう40を超えている。今は問題ないがこれから先、体力も衰えていくだろう。若い上に凄まじい才能を持ち、これからも成長していくお前と衰えていく俺。同じ場に立って並んで歩んでいくのが怖かったんだ」


「……」


 ガイアの告白を聞いても特段腹が立ったりはしなかった。

 彼程の冒険者でもそんな風に感じる事があるんだな、と意外に思っただけ。


 ただ一つだけ、突っ込みたい事はあるけどね。


「ガイア、あなたは自分を見くびりすぎだよ」


 ボクの発言に首を傾げるガイア。

 どうやら意図が伝わらなかったらしい。


「たぶん50歳の時のあなたは今のあなたより強くなってるだろうし、60歳のあなたは50歳のあなたより強くなってると思うよ」


 そもそもあの【散弾岩ロック・キャニスト】とかいう技だって今まで隠してきた訳じゃなくて最近新しく開発した技なんだろう。

 そうでなきゃ先日の雷竜サンダードラゴンとの戦いで使ってなきゃ不自然だ。


 ガイアは日々修練を続けて強くなっている。

 年齢を重ねたぐらいで弱くなる訳がない。


「大体さ、体力が衰えるって腕力だけで地面を割るような人間が何言ってるの?仮に歳を取って腕力が半分になったとしても、あなたは普通に化け物のままだからね?」


「……そうか」


 険しかったガイアの表情が和らいだような気がする。


「ヒナミナ、お前と戦えて良かった」


 そう言うとガイアは残った左手を差し出し、握手を求めてきた。

 ボクもそれに応じようと手を差し伸べたところで――


 ズギャアアアアンッ!!!


 突如、武舞台への入り口方面から爆音と共に激しい火の手が上がった。





 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 次回から2章ボス戦入ります。

 もう入ってます。

 

 ここまで読んで頂きありがとうございました。

 基本は週2回(曜日は第1話に書きます)更新を目標、忙しい時は週1回更新予定です。

 もし宜しければレビュー、応援コメント、作品のフォロー等をして頂けると作者のやる気が爆上がりしますので、少しでも面白い、続きが読みたいと思った方は宜しくお願い致します。

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