第14話 水曜日

バイト先の居酒屋「風鈴」に団体客の予約が入ったからと、店長から連絡があった。

「ひとり身の優衣はどうせ暇だろ?」

そう言われて、普段は入っていないシフトに入れられてしまう。

仕込みの手伝いも頼まれたので出勤時間も早くなり、普段乗らない時間帯のバスに乗った。


バスから降りると、制服を着た子や、制服を着ていなくても中学生か、高校生とわかる子を多く見かける。

その中をバイト先に向かって歩いていると、目の前を周りの人たちより頭1個半くらい背の高い人を見つけたので、駆け寄って声をかけた。

「菅原さん!」

「ああ、平野さん。」

菅原さんは、身長190cm以上はある大学院生で、「風鈴」でバイトをしている。

「もしかして、店長に駆り出された?」

菅原さんが笑って言った。

「はい、人手が足らないからって。ここ、こんなに人多かったです?」

「時間帯かな。風鈴の道路渡ったとこに大手の塾があるから、みんなそこに向かってるんだよ。」

そう言えば莉子もそんな話をしてた。


「『風鈴』って名前、夏はいいけど、冬は微妙だよなぁ。」

「しようがないですよ、店長の娘さんの名前が由来なんだから。」

「それ、初めて知った。」


たわいもない話をしながら歩いていると、

「僕も前を歩いてるカップルみたいに初々しい頃あったなぁ。今じゃ彼女とは熟年夫婦みたいだけど。」

と菅原さんが言った。

「そんなこと言ったら彼女に失礼ですよ。」

そう言いながら、前を歩く高校生らしい男女を見た。

何を話しているかはわからなかったけれど、時折女の子の方が、男の子の腕を叩いたり、親しそうに見える。

そのうち、女の子がカバンから何か小さなお菓子のようなものを出して、男の子に渡そうとした。



男の子の方のリュックには見覚えがある。

その後ろ姿も知っていた。



受け取らないで。



心の中で思ってしまった。



受け取ったら、きっと、その子のことで頭がいっぱいになってしまう。



颯太…



女の子がそれを渡そうとした時、菅原さんがわたしの名前を口にした。

「平野さんは、もう20歳になったんだっけ?」


それで、前を歩いていた、颯太が振り返った。



立ち止まってこちらを見ている颯太を、隣にいた女の子がちらっと見て言った。

「誰?知り合い?」

女の子の手は颯太の服の袖をつかんでいる。

「今日、水曜日なのに。どうしてここにいるんですか?」

「あ、平野さんの知り合いだった?」

颯太と菅原さんの2人に同時に聞かれ

「高校の時の後輩です。」

と、菅原さんの質問に先に答えてしまった。

それで颯太はそれ以上何も言わなかった。

「なんだ、ただの先輩かぁ。」

女の子がこちらを見てにこっとした。

「急がないと授業に遅れるよ!あの人たちと違って私たちは受験生なんだから、時間ないんだよ!」

そう言って、颯太の腕を引っ張って行った。


「いいの?彼のこと。きっと誤解しちゃったよ?」

菅原さんが聞いて来た。

「誤解も何も…」

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