第四話 エッダの夜

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 外は薄らと白い雪が積もっていた。

 雪は夕方に降ったきりで、この数時間は降っていなかったのだが、氷点下に近い気温が残った雪共々空気自体を凍てつかせていた。


 降り積もった雪を舞い上がらせながら、バギーを駆る。メイは余程急いでいたのか、結局追いつくことも無いまま二人はシリオスへと到着していた。


(---シリオスに着いたのはいいけど--。ティム先生の家、分からないなぁ--。)

 ダイムはあからさまに肩を落としている。


(ひとまず、どこかで暖まろう。そうしないと、二人して凍えてしまうよ--。)

 トトは冷えきった指先を擦り合わせながら、呆然と立ち尽くすダイムの背中をぐいっと押す。


 とりあえず---という形で、毎朝立ち寄るいつものマーケットへと入り暖を取る。


 ガタガタと震えながら二人が入って来た事に気付き、おじさんが驚いた表情を浮かべた。


(ダイム、トト。どうしたこんな時間に?)

 すっかり顔馴染みとなっていた為、二人に対し、おじさんは心配そうな表情を見せている。


 ダイムとトトは二人してあれやこれやとおじさんに向かって伝える。

 しかし、二人が一遍いっぺんに雑多な送念をするため、要点が掴めずに狼狽する。


(二人とも、落ち着けって。)

 おじさんは二人をなだめると、カップに注いだスープを差出してくる。そして、落ち着きつつあるトトへと目を向ける。


(トト、何があった?)

 おじさんは静かに送念すると、トトは首を横に振りダイムに目配せをする。


(おじさん、ティム先生の--)

 ダイムがそう送念しかけた時だった。

 マーケットの扉が開き、冷たい風が吹き込んでくる。お客さんが入って来たらしい。


(ディン--!)

 ダイムの思念が一瞬乱れた。彼の視線の先にはティム先生の息子、ディンが丁度入って来たところだった。


 ディンは相変わらず、二人の姿に気付くと耳を赤く染め上げ、伏し目がちに送念する。


(こ-こ-こんばんは。)

 彼は上目遣いでダイムを見ると、そそくさとマーケット内のお菓子をいくつか見繕っていた。


(いやいやいや、ディン。ちょっといいかい?)

 ダイムがディンに近寄ると、ディンは得心したかのような表情を浮かべた。


(--あ、そ、そっか。リンデンさんって、君のお母さん?)

(それじゃあ母さん、もう君の家に来てるのかい?)

(うん。お父さんに何か話があるって--家にお茶菓子が無かったから、僕はお使いに--。)

 モジモジとしているディンに向かい、トトが緩やかに送念する。


(--そっか。それじゃ、僕達も連れてってくれないかい?僕達もティム先生に話があるんだ。)


 ディンはこくりと頷くと、口角を上げていた。


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(---母さん!)

 ディンの家に着くなり、ダイムは母の元へと駆け寄り、先立って面会していた二人を驚かせていた。


(--ダイム!?何故--。)

 メイとティム先生はどうやら周囲への注意が散漫になるほど話し込んでいたようだ。ダイムとトトに気付くと、強ばっていた表情を一瞬にして和らげていた。


(おばさん、ごめんなさい。僕--)

 トトはメイの前に立ち、顔を両手で覆う。


(トト君、君は何も悪くない--。しかし--状況はあまり良くないようですね。)

 ティム先生は眉間に皺を寄せ、両手で額を覆い考え込んでいるようだ。


(先生、ってどういう意味?ねぇ、トト。何か知ってるの?)

 ダイムは状況が掴めずにティムとトトの顔を交互に見遣る。


(--仕方ありません。オルテガの消息が分からない今--。君たちは最低限、知っておかなければならない話があります---。)

 ティムは瞳を閉じ、ゆっくりと過去の思念を二人に送り始めた。


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 A.D.233年(二年前)春---。


 その日、なんの前触れもなくオルテガが戻って来た。

 彼自身、酷い傷を負っており、あまり得意では無かった筈の『魔導具・回復ヒーリング神木サークレット』を用い、二人分の命を繋ぎながらここまで辿り着いたという。


 屈強な彼が何故---。


 彼からは何も詳しいことは伝えらなかった。

 ただ、ティム自身が「高等魔導」のマスターでもあり、触れずとも相手の『トランスミッション・ウェア』から対象者の思考を断片的に抜き取ることが出来るのである。


 詳細には分からない部分もあるが、相手が強く思っていることは鮮明に読み取る事が出来る。


 そこから垣間見えたことは、『千年前の戦争は全く違う真実があるのでは無いか』という疑念。また、『背負って来た意識の無い少年が、であり、トト・ロムルスと言う名である』こと。彼を自身の家に届けた後は、何かを単身西側へ向かう---と。


 ティムの記憶が確かであれば、ロムルス家の人間は国家の中心にであり、一般世俗に出てくることは稀であるという事実--。

 末端の家系の出なのかもしれない。また、かの戦争後に平民にも苗字ファミリーネームの付与を許可された。その際に英雄と同じ苗字を付ける者も多かったと聞く。

 しかし、何故こんなにもこの少年は傷を負っているのか---そのことは、どんなにオルテガの意識を探っても分からなかった。


 ---トトの事、息子ダイムの事をお願いします---。


 彼のその決意に、ティムは引き留める事が出来なかった。


 その後、ティムは教育庁へと異動しダイムとトトの傍に居ることを選んだのだった。

 そして、彼が進める教育方針はダイムやトト、そして他の子供たちが、最低限ように、と教育カリキュラムを仕組まれていた。


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(--まさか、その日のうちに旅立つとは思いませんでした。消息を絶った--と言うことは、やはりあの日、として西へと向かったのでしょう。仮に任務でなければ、定期伝令は行わない---。)

 ティム先生は考え込んだ末に、ゆっくりと開眼した。


(---明日、私は首都へ向かいます。ここで話していても埒が明きません。直接大公に会い、状況を確認して来ましょう。私が戻るまでの間は、副担任のジール先生に君たちの事をお願いしておきましょう。)

 ティム先生は心配そうな表情を浮かべるダイムの頭を撫でる。

 その彼の優しさが手をつたい、ダイムの心を落ち着かせていた。


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