死神ちゃんには恋人が必要です

橘スミレ

死神ちゃんが仕事して帰ってきたら、死神ちゃんを妄想する少女が人の腕食おうとしてた

 毒々しいほどに赤い液体。

 きっと甘酸っぱくて美味しいんだろうな。

 私は目の前の少女が飲んでいる赤いジュース──人の血液を眺める。




「美味しそうだったな」


 ブルーシートに包んだ死体を運ぶ少女を追いかけながら思う。

 少女が住む家の裏にある山。

 その奥深くに死体を埋めてしまえばなかなか見つからないだろう。

 まあそもそも死体になる前も社会との関わりが絶たた人間。

 一人で死を待つだけの銅像だから探されることもないと思うが。


 ブルーシートの隙間から死体の顔が覗く。

 青白い肌が不気味だ。

 だが仕事は仕事。

 大きくて重たい専用の鎌を死体の胸に振り下ろす。

 鎌を引き抜くと掌くらいのキラキラと輝く魂がついてくる。

 取り外し、死神として生まれた時に与えられた黒の鞄にしまう。


 少女はせっせと地面を掘っている。

 私も手伝いたい。

 だが私は少女の生み出した妄想に過ぎず、ただ見守ることしかできない。

 どんなにもどかしくとも、私には少女を見守ることしかできないのだ。


「ねえ、死神ちゃん。この死体を食べてよ。え? 今はお腹いっぱいだって? それなら仕方ないか」


 家に帰ってきた少女は一人しか居ない部屋で、先ほど運んでいた死体の手足の前で話している。


「じゃあせめて冷蔵庫まで運ぶの手伝ってよ。それくらいはいいでしょう?」


 もちろん、と答えたいが声は出ないし物を運ぶこともできない。

 ただ黙って少女の妄想を見守る。


「それも嫌? わがままだねえ。まあ仕方ない! 私が全部やってあげるから死神ちゃんはそこで寝といて」


 少女は大きいなふかふかのクッションを指差した。

 その上にねころぶ。

 少女の妄想の中だけでねころんでいるので感覚はさっぱりないが、きっと心地よいだろう。


 少女は、仕方なくといった様子で一人で冷蔵庫に腕をしまいにいく。

 次は反対の腕、ついで腕よりもさらに重い足という順で冷蔵庫なら運ぶ。

 とても大変そうだ。

 全て運び終わると糸が切れたように私の隣に寝転んだ。


「お疲れ様」


 労いの言葉も届きやしない。

 それでも声をかけてしまう。

 たった一人で暮らす少女の力になりたいのだ。


 少女はクッションの上で眠りについた。

 そろそろ時間だ。行かなくては。

 魂が逃げないうちに冥土へと運ばなくてはならない。

 鞄から魂が逃げるなど滅多にない。

 だがはやめに片付けるにこしたことはない。

 少女を一人にするのはしのびない。

 それでも仕事だから仕方がない。

 少女が寝ている間にさっさと運んでしまおう。

 そう決意しクッションから起き上がった。


 鞄についている鎌をモチーフとしたチャームを握る。

 握るといっても想像するだけだが。

 冥土へ行くと念じて目を閉じる。

 すると真っ暗なはずの視界が明るくなる。

 再び視界が真っ暗になってから目を開くとそこは冥土だ。


 冥土にくれば仮の肉体が手に入る。

 肩に重い感覚。フリフリのワンピースは可愛いけれど重たい。

 裾を引きずらないように軽く持ち上げながら歩いて受付まで行く。


「こんばんは。魂の回収ですね。この紙に必要事項を記入し、回収窓口へ魂と共に提出してください」


 窓口の綺麗なお姉さんがいつもどおりの説明をしてくれる。

 仕事だからと言って律儀に説明する彼女はきっといい人だ。


 魂の持ち主の名前、生年月日など本人が特定できる情報を書いていく。

 最後に自分のIDを書いて完了だ。

 窓口に行くと隣でパンツスーツをきた死神さんが慌てふためいていた。

 どうやら魂の持ち主の名前の漢字がわからないらしい。

 大変だ。

 あの様子だと7日ほど肉体没収だろうな。

 せっかく人の恋心を落として手に入れた肉体なのに、勿体無い。

 かわいそうだが助ける意味もないので隣の窓口で魂を回収してもらう。


「これ、お願いします」

「はい。お預かりします。用紙に不備もありませんね。お疲れ様です」


 私は無事に魂を納品し、冥土から現世へと帰った。

 また視界が真っ暗になって目を開くと、少女が起きたところだった。

 少女は先ほど納品した魂の持ち主だった物の両腕を冷蔵庫から引っ張り出している。


「ほら、死神ちゃん。朝ごはんだよ、食べな」


 ここで一応聞いてから捨てに行くのがいつもの流れのはずだった。

 だが今日は違った。


「食べないの? じゃあ私が食べるよ」

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