第4話 適正?

 ホテルの最上階で食事なんて、ちょっと贅沢かなあと思った。


今回は、教育委員会主催の研修会だから、事業旅費対象になっている。

 宿泊費、交通費、日当手当が支給される。


 食事代を除けば、ほぼ手出しは無いんだ。





「何、難しい顔してんだよ、北野きたの先生?」


「いやあ、でも、このレストランは…………」


「心配するなよ、ここは俺が奢ってやるから」


「でも、それこそ、こんな高級なレストランは……」


「いいや、今日はお祝いだ!俺からのプレゼントだと思ってくれ!」


「お祝い?……僕の?……誕生日じゃありませんよ?」




「あのなあ、同僚の誕生日ぐらいで、高級料理を奢るかい?

 …………今日は、お前さんの魔法使い記念日なんだよ!…………とは、言ってもまだスタート段階なんだけどな」


 そう言って、片桐先生は、乾杯のグラスを合わせて来た。どうも彼にとっては、よほど嬉しかったようだ。



「あのなあ、この研修会で1日目をクリアできるのは、初回参加者としては、稀なんだ」


 運ばれて来た前菜のスープを飲みながら、片桐先生は嬉しそうに話し出した。



「2日目の研修で、別会場になった者は、2次試験へ進めるんだ。つまり、そこで魔法使いに相応しいかどうかの適正検査が行われる」



「え?それじゃ、こんなことしてる場合じゃないですよね!早く、明日の準備をしなければ……」


「準備?……北野先生は、どんな準備をするつもりなんだい?」


「…………ん、……わかりません。片桐かたぎり先生、教えてくださいよ!」


「そんなもの、俺にわかる訳ないじゃないか……」





「だって、今日だって『寝るなよ!』って、教えてくれたじゃないですか」


「ああ、あれはな、最初から寝てるような奴に、魔法なんか教えられると思うか?

 ……そりゃ、どんなことだって物を教わろうって時の最低条件だ。

 魔法がどうのこうのは、関係ないんだよ」


「確かに、そうですが…………」




「寝て無いやつだって、明日は別会場になってない者もいるんだぜ」


「じゃあ、何を基に選別しているんでしょう?」




「そんなことはどうでもいいんだ。

 兎に角、お前さんは1日目をクリアしたんだよ。もう、それだけで、お祝いじゃないか」


「でも、先輩は、毎年クリアしているんですよね」


「いいや、俺がクリアしたのは、今から8年前の1回だけだよ……」


「そ、そうなんですか?」



 学校でも生徒指導のベテラン、この会場でも落ち着いているから、てっきり常連者かと思いきや1回しか最終段階まで行っていないんだ。



「それじゃ、今回の参加者は、どんな人が集まっているんですか?魔法使いのベテランって居ないんですか?」


 僕は、少し戸惑いながら、矢継ぎ早に疑問に思っていることをぶつけてしまった。






 片桐先生は、「まあ、落ち着け」と、言ってから、運ばれて来たサラダを食べ、パンの欠片にスープを湿らし始めた。

 僕も、見習ってサラダを食べたが、ドレッシングが薄くて、あまり美味しいという感じはしなかった。





 メインディッシュのステーキの牛肉をフォークで切りながら、片桐先生は小さな声で呟いた。


「俺は、ほとんど知らないんだ……いや、きっと知ってるんだろうけど、知ってちゃいけないんだと思う」


 美味しそうに肉を頬張りながらも、必死に自分の記憶を探ろうとしていることが分かった。




 たぶん、今、片桐先生に課せられた課題は、この研修会の存在のみを後輩に伝え、後継者を見つけ出すことなんだと、僕は理解した。


 そうでもなければ、この片桐先生が、10年も通い続けている研修会について、こんなにも魅力的に語るのに、まるっきり空白地帯のような感じなのは、何かの力が働いているとしか思えなかった。



 僕は、もうそれ以上研修会についての質問はしなかった。

 

 それよりも、この美味しい料理をデザートのアイスクリームとコーヒーまで堪能することに努めた。


 ただ、明日のこともあるので、お酒には手を出さず、今夜も早めに切り上げて休むことにしたのだった。


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