領主の娘はひろい世界に憧れているようです 5

「こないですねえ」


「こないなあ……」


 深夜、俺とリューは街の路地裏に身をひそめていた。

 もう一時間以上もこうして通りを見張り、ある人物が夜道を歩いてくるのを待ち続けていた。


 暇だ……。

 しかし、これを見越してちゃんと暇つぶしにリューを連れてきておいたので、問題はなかった。


「なあセフレ1号、じゃなかった、リュー」


「普段なら今の呼び間違えは処刑に値しますが今日は指輪に免じて許してあげますね――なんですかモトキさん?」


「暇だからちょっとお前、すっげえおもしろい爆笑トークでも披露してくれ」


棒高ぼうたかでも飛び越えられないようなハードル設定するのはご遠慮下さい。その振られ方から爆笑とるのはだいぶ厳しいものがあります。芸人殺しのチートスキルでも持ってるんですかあなた」


「へえ、逃げるのか。キリシャは前、俺からきっちり爆笑をとったぞ(嘘)」


「おっとぉ……ずいぶんあおってくるじゃないですか。五人目フィフスの名前だすたぁいい度胸です。いいでしょう、ロリ枠のガキんちょなんかよりわたしの方がおもしろいってところを見せて――っとモトキさん、きましたよ」


「ん? あ、ほんとだ」


 路地から顔を出すと、通りを悠然と歩く男の姿。


 フレームレスのメガネをかけて、いかにもエリート然とした嫌味な笑みを浮かべている――彼の名前はモンターヴォ。


 ユータロウの決闘相手である。

 そして今夜の俺のターゲット。


「んじゃ、ちょっと闇討ちしてくる」


 俺は『ミラー』を使ってかつての盟友カイの姿に化けた。


「モトキさんも一応転生者ですからあのネタ枠男に負けるってことはないと思いますが、やばそうだったら助太刀入りますね」

 リューはチャッとナイフをかまえる。


「まあ、大丈夫大丈夫。心配するな」

 心配してくれるリューがかわいかったので、久しぶりにまじめにキスをした。

 

 とろけた顔になったリューの頭を撫でてから、俺は通りに飛び出した。


 刀狩りにのぞむ弁慶のように、俺はモンターヴォの前に立ちはだかかる。


「モンターヴォだな」

 俺は剣を抜いた。


「おやおや高貴にしてミラクルエリートなこの僕になぁんのご用でしょうねえ。まさか剣の勝負をご所望ですか。仕方ない、ではあなたに剣技をレクチャーしてあげましょう」


 モンターヴォは慌てるでもなく、にやけた笑みを浮かべて剣を抜いた。


 そして、静かな夜の中、闘いが始まる。


 俺はモンターヴォを殺さないよう、超手加減して斬りかかった。


「おやおやなかなか筋がいいではありませんか。高貴にしてウルトラエリートなこの僕に挑むだけのことはあります」


 モンターヴォはつば迫り合いからの展開を得意としていた。


 両者の刃が重なり合うと、モンターヴォはすかさず手首を返して刀身をくるっと回す。

 そうやって、蛇のように俺の剣を巻き取ろうとする。


 たしかこれ、『巻き』とか『返し』という技術だ。


 なるほど、戦法としては嫌らしいが、たしかに強い。


「おやおや高貴にしてハイパーエリートのこの僕の剣技に手も足も出ないようですねえ!!」

 調子こくモンターヴォ。


 しかし、所詮モンターヴォは小者。


 剣のチート持ちのカイに化けてる俺にかなうレベルではまったくない。

 俺は戦闘力まで完コピできるわけではないが、それでもモンターヴォくらいなら余裕である。


「おりゃっ」


「んなっ!?」


 俺が適当に力を込めると、モンターヴォの剣はへし折れた。

 バカだな、チートキャラとまともに競おうとするから……。


「せいっ」

 俺は続けざまに、モンターヴォの顎に掌底しょうていを叩き込んだ。


 脳が揺れ、気絶するモンターヴォ。


 はい終わり、と。


「おっ終わりましたか」

 路地から顔を出すリュー。


「ああ、思ったより弱かったな。まあ、対ユータロウに特化してるってだけで、しょせん小者だからなこいつ」

 俺はそういいながら、気絶したモンターヴォを抱き起こす。


 そしてリューと協力して、モンターヴォのネックレスを取り外した。


 モンターヴォのネックレス――金の鎖につながれた金属の小箱。

 

 秘蹟籠ひろうせきという名の希少マジックアイテムだ。


 これがモンターヴォの魔法無効化能力の出所である。


「おい起きろ、モンターヴォ」


 ぺしぺしと頬を叩いてやると、モンターヴォは意識を取り戻した。


 俺は秘蹟籠をモンターヴォの目の前に掲げる。


「お前のネックレス、もーらった」


「な!? 返して下さい! それは高貴にしてグレートエリートなこの僕の大切な……! それがないとユータロウとの決闘に負け……」


「返して欲しいか? なら条件がある」


「条件……? 君のような卑しい庶民風情が高貴にして極北エリートのこの僕に条件を……あ、すいません剣を向けるのはお止め下さい……条件とはどのような?」


「モンターヴォ、明日から毎晩この時間にここに来い。俺がお前を鍛えてやる。ちゃんと毎晩来たのなら、このネックレスはいずれお前に返そう」


「鍛える……? この高貴にしてロイヤルエリートなこの僕を、君が?」


 ああ、と俺は頷く。


「俺はお前を鍛え――ユータロウに勝たせてやる」


**


 翌朝、俺は起きるなりユーヴァ教会へと向かった。


 子供の姿に化けた俺は、外観がバーにしか見えない教会の扉を開け、中に入る。


「あ、まだ開店時間じゃ……子羊さん!?」


 カウンターを拭いていた神官ミリアは、俺の姿に驚喜した。


 駆け寄ってきて、ひしっと子供に化けてる俺の体を抱きしめてくる。


「子羊さん……私寂しかったのよ。ええ、えぇ……おかしくなってしまいそうだったわ」


「ごめんねお姉さん、ちょっと修行が忙しくて……」


 ちなみに俺は、ユーヴァ教団の地下アジトを転々としながら神官修行中という設定である。

 修行の合間をぬってたまにミリアに会いに来てる――ということになっている。


「子羊さん、それじゃあ早速吸う? 私そろそろミルクを出せそうな気がするの!」

 

 ごそごそと服をたくし上げ、乳を露出するミリア。

 また大きくなってる……!


 さあどうぞ、と乳に片手を添えて促してくるミリア。


「お姉さん、嬉しいけど待って。先に聞きたいことがあるんだ」


「あらあら……私のおっぱいに優先するものがあるなんて……子羊さんも大人になってしまったものだわ。あ、でも大人になったらなったで結婚できるわね。楽しみだわ。――それで、聞きたいこととはなぁに?」


「うん、この街のクィーラ教団についてなんだけど、今どんな感じかな?」


 俺がクィーラ教団の名前を出すと、ミリアはちょっと寂しそうな表情を浮かべた。

 

 まあ、自分の古巣だからな。


「そうね……今はかなりひどいみたいよ。噂によると、私が放棄した教会に女神ユーヴァ様が出現したらしいの。だからといってあの教会がユーヴァ教団のものになったわけではないのだけれど、クィーラ教団としては、他の女神が出現した教会をそのまま使うわけにはいかないでしょう? だから、拠点がない状態だとか」


「ふうん、そうなんだ」

 よかった、俺の行動はちゃんとクィーラ教団にダメージを与えているらしい。


「ところで子羊さん、今ね、ラーニャさんが朝風呂に入っているのよ」


「え?」

 なぜ、その情報を俺に伝えるのか。

 

「二人でお風呂場に突撃してみない? 三人でお風呂に入って、そのまま夜まで……ね? 私しばらくあなたに会えなかったものだから、今体がうずいて……」


「ああ、そういうこと」

 俺はにやぁ、と口端を上げた。


 そういうことなら仕方ない。


 俺とミリアはいそいそと服を脱ぐ。

 

 髪を結うミリア――うなじ綺麗……。



 ミリアの全裸を眺めながら、俺はユータロウのことを考えていた。


 女神クィーラの影響力が弱まっているのなら、ユータロウの奇跡の時間は、もう終わりが近い。


 中二病の子は決して嫌いではないが――しかしユータロウ、お前はちょっと殺しすぎた。


 結局、転生者のやっていることとはテラフォーミングなのだ。


 ここを、地球人にとって快適な場所に変えようとしている。


 無双系のやつらがやってることは、人助けという名の人殺しだ。


 内政ものの転生者がやっていることは、啓蒙けいもうという名の文化侵略だ。


 この世界から多様性を損なう者は、全員きっちり排除させてもらう。


「さあ子羊さん、私とラーニャさんをいっぱいかわいがってね……?」


「うん!」


 まあ、今はミリアとラーニャを楽しみますが。



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