領主の娘はひろい世界に憧れているようです 2

 街から南東に4キロほど離れた場所に、『シャクナの森』という名のフィールドがある。


 弱めの魔獣が多数生息してるので、初級の冒険者がよく狩り場にするのだが――時々、『初心者殺し』と呼ばれるたぐいの強敵が現れ、若い冒険者の命を刈り取っていく。


 人死にの多い、曰く付きの場所である。


 なので、『クーラ』の街の者はあまり近づこうとしない。


「はあ……」

 俺はそんな『シャクナの森』の手前で息を吐いた。


 これから俺は、この森に踏み入るのだ。


 こんな気味の悪いところに来たくはなかったのだが、どうしてもここに入らなくてはいけなかった。


 だってここには、今回の俺の攻略対象であるキリシャがいるらしいのだ。

 

 キリシャは貴族の娘のくせに、毎日この森で遊んでいるとか。


「こんなとこ遊び場にしなくてもいいだろうに……」


 俺はぼやきながら『ミラー』を使い、とある老兵の姿に化けた。


 60近い男なのだが、体全体に屈強な筋肉がついており、腰もまるで曲がっていない。

 元の俺の体より動きやすいくらいである。


 老兵の姿で、俺は森の中へ入っていく。


 そうしてしばらく歩くと――。


「いたいた……」

 森の中央のひらけた場所に、美しい少女の姿があった。


 明るい陽のさすそこで、少女キリシャは遊んでいた。


 仕立てのいい、黄色いドレス。

 頭にはひまわりを模したかわいい髪飾りがついている。


 どこから持ち込んだのか、キリシャは黒いモフモフのソファーに座っていた。


 足をぷらぷらさせながら、楽しそうに小鳥をはべらせている。


「なんて無邪気そうな……」

 俺はその姿にほっこり息をついた。


 なんだか、あの子を見てるとなごむ……。

 

 遠目に見ているだけで俺の心が癒されていく。


 ねじの飛んだハイ・オークとか、

 めんどくさい爆乳文学少女とか、

 唯我独尊の神官さんとか、


 あいつらにはない魅力がキリシャにはあった。


「ま、いつまでも眺めているわけにはいかないか……」


 老兵に化けている俺は、偶然を装ってキリシャに近づいていった。


「おや! お嬢さん、こんなところでいったい……親御さんとはぐれてしまわれたのですか?」

 俺がそう声をかけると、キリシャはこちらに目を向けた。


「いいえ、キリシャは迷子ではないのです。キリシャはキリシャの意志でここにいるですよ。ここはキリシャの遊び場なのです!」


 にこーっと笑うキリシャ。

 なに、このかわいい生物……。


「おお、そうでしたか……しかしお嬢さん、危ないですぞ。ここには怖い魔獣がでますから」


「心配ご無用なのです! その怖い魔獣はキリシャのお尻の下にいるですから!」


「お尻の……? おお、なんと……!」

 キリシャが座っていたのはソファーではなかった。


 黒い、犬型の魔獣。

 ゴドッフという名の、このあたりで最強の魔獣である。


 魔獣ゴドッフの首には、赤い光の首輪がはまっていた――これがキリシャの力だ。


「お嬢さんは『調伏テイム』の力をお持ちでしたか! なるほど、ならば安全ですな」


「はい、魔獣の友達がみんなで守ってくれるですから、キリシャは安全快適にここで遊ぶことができるのですよ!」


「そうでしたか、いやお友達がいっぱいで羨ましい。遊びたい放題ですな!」


「はい、キリシャはこの森が大好きなのです! おじいさんはこの森で徘徊はいかいを?」


「あの、できれば『散歩』と表現して欲しいのですが……」


「これは失礼したですよ! キリシャは豊富な語彙をまだつかいこなせていないのです!」

 にこー、っと笑うキリシャ。 


 うん、もうなんでも許しちゃうよね。

 もし刺されても、この顔でテヘペロされたら余裕で許せてしまいそう。


「ところでお嬢さん、ここで会ったのもなのかの縁。よろしければ、私の話相手になってはくれませんかな? このところ、少し寂しくて」

 俺は寂しげに笑う。


「寂しいのでしたらキリシャといっぱいお話するといいですよ! キリシャは知識が豊富ですから、どんな人ともお話することができるのです! そうですね、では今回の話題は『介護』などでいかがでしょうか?」


「あの、できればもう少し明るい話題の方が……」


「おっと、チョイスをミスってしまったですよ! そうですね、では『葬儀』ではいかかです?」


「もう少しだけ明るい話題が……そうだ、よかったらお嬢さんの夢を聞かせてはいただけませんか? 私は若い人の夢を聞くのが大好きなのです」


 そういうことでしたら、とキリシャは楽しそうに話し出す。


「キリシャは将来、冒険者になって『ファーラの谷』に行くのです。そして谷の底にいる巨竜たちを調伏するのです! 世界初のドラゴンテイムを実現するですよ!」


「おお、なんと! 夢がいっぱいでいいですな!」


「そしてドラゴンたちをつかって安全快適な高速輸送事業を始めるです! それによって資本をためたら今度は香辛料貿易に手を出し、40歳で若手に会社を譲ってアーリーリタイヤなのです! 株だけ確保しといて院政をしくですよ!」


「現実的ですな……」


「資産はもちろん値崩れしにくい鉱石にかえておくです!」


「本当に現実的ですな……」


 その後も、俺はキリシャの夢を聞き続けた。


 キリシャはとにかく遠くへ行きたいようだった。


 しかし、キリシャの夢は壮大なのに、どこか現実感がつきまとっていた。



「いやあ、お嬢さんとお話するのはとっても楽しかったです。こんな爺とお話をしてくれてどうもありがとうございました」


「いいえ、キリシャのパパもおじいさんと同じくらいの年齢なので、とってもお話しやすかったですよ!」


「おお、そうでしたか!」まあ、知ってたけど。「ところでお嬢さん、お嬢さんは冒険者になるのが夢とのことでしたが……親御さんはそれをお許し下さるのでしょうか?」


 そう聞くと、キリシャの笑顔に少しだけ影がさした。


 キリシャの父は、娘を政略結婚の道具にしようとしている。


 キリシャを、モンターヴォという男に嫁がせようとしているのだ。


 それに異を唱えたのがユータロウ。


 ユータロウがモンターヴォに勝てば、キリシャは晴れて自由の身。


 もしもユータロウがモンターヴォとの決闘に負ければ――キリシャはモンターヴォと即婚姻である。


「パパはキリシャに結婚を望んでいるですが……でも、ユータロウがキリシャを助け出してくれるですから、何の問題もないのです!」


 キリシャは満面の笑みを浮かべて、空を見上げた。


「キリシャはもうすぐ『クーラ』を離れ、ひろいひろーい世界を見にいくですよ!」


 キリシャの瞳には青空と白い雲が映りこんでいた。


 彼女の心にあるのはまだ見ぬ世界への期待だろうか。

 

 それとも――。


「お嬢さん、よろしければまたここへ来てもよろしいですかな?」


「はい、もちろんなのですよ! キリシャは毎日ここでお友達と遊んでいるですから、いつでもおこし下さい!」



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