神官ミリアは神の言うことしか聞きません 14

「なるほどね。それであんたらユータロウって転生者から逃れるためにここに来たってわけかい」


 ユーヴァ教の神官ラーニャは、嘆息まじりにそう言った。


 カウンターの向こうでグラスをふいているラーニャはバーテンダーにしか見えないが、歴とした神官である。


 そしてここは、バーにしか見えないがユーヴァ教の教会であった。


『クーラ』の街に戻った俺とミリアは、ユーヴァ教の教会に保護を求めたのだ。

 

 ユータロウは女神クィーラがこの世界に送り込んだ転生者で、もちろんクィーラ教徒。

 だからユータロウはユーヴァ教の教会には近寄り難いだろう――そういう理屈だ。


「ごめんなさいラーニャさん……ずうずうしく押しかけてしまって。嫌ですよね、クィーラ教の神官の私にいられるなんて……。私はすぐに出ていきます……でもどうか、この子だけはここにかくまってあげて下さい! この子をユータロウさんに殺されたくないんです……!」

 

 ミリアは必死にラーニャに懇願する。


「ったくしょうがないね。いいよ、厄介ごとだけがアタシの人生さ。その子はアタシが預かる――それからミリアちゃん、あんたもしばらくここにいな。ユータロウってのが次の遠征に出るまでここで過ごすといい。なにするかわかんないからね、そいつ」


「私までいいのですか……信仰する女神が違うのに」

 不安そうなミリア。


「いいのいいの、うちの教団はそのへんゆるくてね。だいたい主神のユーヴァ様からして超適当だからね。天に召された人の魂でテニス始めてツイストサーブ決めるような女神だよ?」

 冗談めかしていうラーニャ。


 しかし本当にろくな女神じゃねえな……。


「あらあらユーヴァ様ったら……おかしな女神さまだわ。じゃあ、本当に私もお世話になっても……?」


「もちろんだよ。だいたいね、必死に子供守ろうとしてるミリアちゃん見捨てられるかって話さ。――頑張ってる子にはそっとカクテルを出してやる、それが神官の役目ってもんだろう?」


「神官はカクテルとかつくらないと思う……」

 一応、つっこみを入れておく俺である。


「ラーニャさん……なんだかお姉さんみたいだわ……」


「アタシもなんだかあんたが妹に見えてきたよ」

 ラーニャはカウンターごしにミリアの頬を両手で包み、自分の胸に抱きよせた。

「よーしよーし、怖かったろうに。アタシが守ってやるからね」


「……ラーニャさん……」

 ミリアは手なずけられた子猫みたいになっていた。


 ……俺のミリアなのに、と若干嫉妬心が湧き上がる。


 寝取りとか最低だと思います!

 

**


「それじゃあ、アタシの特製カクテルでも飲んで落ち着きな。坊やにはミルクだよ」


「わあ、お酒なんて初めてだわ……」

 ミリアはショットグラスのそれを口に含む。


 ……よし、飲んだな。


 俺はラーニャとそっと視線を交わした。


 ――ここまでは計画通り。


「ところでミリアちゃん、疲れたろう? なんだか眠そうな顔してるよあんた。奥に客人用のベッドがある。休みなよ」


「たしかに、ちょっと疲れたかもしれないわ……なんだか頭がくらくらする……――子羊さん、ベッドをお借りして一緒に眠りましょうか」


 ミリアからのせっかくのベッドのお誘いだったが、俺は首を振った。

「ううん、僕はいいや。もう少しラーニャさんとお話したいし」


「なっ!? ……あらあら子羊さんたら……ついさっきまで私にべったりだったくせに……今度はラーニャさんなのね! あ、あなた節操なしだわ……! もうおっぱいしゃぶらせてあげませんからね!」


「落ち着いてよお姉さん。そうじゃなくてさ、僕ユーヴァ教団に入ろうかなって。それでラーニャさんに相談を。保護してもらうんならそこの教団に入るのが筋でしょう?」


「あっ……」

 ミリアは目を伏せた。


 本来であれば一緒にかくまわれるミリアも、クィーラ教からユーヴァ教にコンバートするべきだ。


 しかし、生まれてからずっとクィーラ教徒として育ったミリアには抵抗があるのだろう。


 ミリアはそれ以上何も言わず、ふらつく足取りで客室へと向かった。



「ふう……」

 ミリアがいなくなったので、俺は『ミラー』をとき、モトキとしての姿に戻った。


「なかなかミリアちゃん、うちの教団にくら替えするって言ってくれないね。やっぱり信仰変えるのは難しいのかもねえ」


 呟きながら、グラスの水滴を指でつぶすラーニャ。

 かっこいいのだが、本当に一つも神官要素のない女である。もうバーテンダー名乗れや。


「そりゃあ、簡単じゃない。でも不可能でもない。ミリアには必ず信仰をててもらう」

 俺は言った。


 ミリアをユータロウの物語から解放し、完全に俺のものにするには――クィーラ教を棄てさせる必要がある。


 女神クィーラの監視下からミリアを引き離すため、そしてミリアに自分の物語を歩ませるため、それは絶対条件だ。

 

 俺はずっと、ミリアに信仰を捨てさせるために動いてきた。


 ミリアを孤独から解放し、神への依存を弱めた。

 クィーラ教の聖人シルヴァに化けて『子供を殺せ』とひどい命令を出すことで、ミリアがクィーラ教に失望するように仕向けた。

 ユータロウに化けて『俺は女神の命令なら子供も殺すぜ!』と発言することで、ミリアにクィーラ教徒の異常性を印象付けた。


 幼い頃から信仰している宗教とはいえ、ここまでされれば愛着はだいぶ薄れているはずだろう。


「あと一押しだ。ミリアをクィーラ教に縛り付けている鎖は残りたった一本。それを今から破壊する」


「ふうん……よくわからないけど、悪だくみしてる時のあんたの顔つき悪くないよ。つまんねえ合コン破壊しようと画策してる時のアタシとおんなじ顔してる」


「ユーヴァ教ってほんとろくなのいねえのな……」


**


 客室で眠るミリアは、浅い眠りの中にいた。


 ベッドと枕が変わったからだろうか、意識は覚醒と入眠のはざまを波のように漂っている。


 しかし体はまるで石のように重い。

 お酒がよくなかったのかしら……、とミリアは朦朧もうろうとした意識の中で思う。


 ミリアは考えていた。

 自分の今後の信仰について。


 自分がこのままクィーラ教にいては、トロルの王子である『子羊さん』と一緒にいることはできない。


 だいたい『子羊さん』を殺せと聖人シルヴァに命令された時点で、クィーラ教への愛着はほとんどなくなっている。

 トロルだからといって子供を殺すなんて、そんなのは許せない。

 

 ユータロウも、まさかあんな男だとは思わなかった。

 女神の命令とはいえ、子供を殺そうとするなんて……! 思い出すだけで怒りと恐怖に身が震える。


 ミリアにクィーラ教にとどまる理由はなかった。

 ユーヴァ教にコンバートして、ふところの深いラーニャと一緒に今後の人生を送っていきたいと思ってる。

 

 だけどミリアはその一歩を踏み出す決断ができない。


 大きな大きな懸念があった。


 自分がクィーラ教からユーヴァ教にコンバートしたら、天にいるあの人はなんと――。


 と。 

 

『ミリアよ、聞こえるか』


 耳元で聞こえた声に、ミリアの意識は一気に鮮明になった。


 この声は……!


 体は鉛のように重いが、必死に寝返りをうった。

 

 そこには、ずっと会いたかった人の姿があった。


 もう会えないと思っていた人の姿が――。



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